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第79話.動キ出シタ車輪
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戦闘は、全く穂高の想定通りに推移した。
正確で素早い砲撃はルシヤ兵を混乱に陥れ、短期間のうちに効率的に打撃を与えた。
これは明而陸軍砲兵隊の技術力が証明されたと言って良いだろう。予算が無いので金も無く、演習用の実弾装薬など望むべくもない。それで、良くここまで仕上げられたものだと感心する。
畳の上で水練するような環境であったが、勤勉な民族性がそれを成させたのか。それとも私の他にも居るという、識者の存在(ぎじゅつ)がこれを後押ししたのだろうか。
何にせよ準備砲撃は成功し、兵は突撃を敢行した。
当然、ルシヤによる激しい抵抗があった。機関銃による迎撃。白兵戦による攻撃を受けつつも、日本兵は第一塹壕を突破。
予備隊のみならず第二線の兵も投入し、数で押しこみ、甚大な被害の上にその奪還を成功させた。
この戦闘では、日本兵とルシヤ兵の死傷者の割合はおおよそ三対一であり、人的損害だけで考えると日本側の消耗が大きかった。
しかし被害の数とは裏腹に、将兵の士気というのはルシヤより明而陸軍が高い。
敵は渡河まで行って、多くの犠牲を払い手に入れた陣地を数日の内に奪還されたのだ。落胆は大きい。
更に大国ルシヤの彼らの見識からすると、北部雑居地などは極東の、訳の分からぬ一つの島である。
少し威圧でもすれば極東の猿は大人しくなるだろうと、それくらいの感覚であった。それがどうか、怒り狂った猿が噛み付いて来た。
「こんな土地に」というルシヤと、「この土地を」という日本側の認識の違いが根っこの部分にある。
日本とルシヤ。
面積は四十五倍、人口に生産力、兵力を鑑みた国力は日本の二十倍と見られている。そんな大国に勝てるはずがない。勝てるはずがないが、勝たねばならない。
軍人というのは戦争が始まる前から、終わり方を考えている。
戦争というのは何も、どちらかの本土が焼け野原になるまで続けるというようなものじゃない。
むしろそうならないような終わらせ方を目指すのが本当だろう。
北部雑居地に本腰を入れて兵員を送り込まれる前に、雑居地内に駐屯している兵数でルシヤを上回っている今のうちに。
迅速に攻め寄せ、雑居地内の敵を排撃する。そうすれば、極東での戦争の長期化と消耗を嫌がるルシヤに対して有利な条件での講和に持ち込むことができる。
それが浅間中将の、我々明而陸軍の目指す勝利である。
犠牲を踏み越えてでも、今まさにやり切らねば。
オールオアナッシングだ。雑居地の敵を撃滅し勝利を得るか、もしくは敵に本腰を入れて動員され、こちらが雑居地から引き上げるか。国力に差がある彼我には、そのどちらかしか未来は無い。
この地をルシヤに占領されれば、男は殺され女は犯され子供は売られる。雑居地からは日本人というものは消えてなくなるだろう。
さらに本土への脅威も、今の比では無くなる。確実にこれを足がかりに日本本土占領へと向かうのは間違い無い。
どうあってもここで、今やらねば。
……
第一線の奪還に成功したものの、我が軍内でもその後の作戦について意見が割れた。
前線の防備を固め、敵の攻撃に備えるか、それともこちらから攻勢作戦に打って出るのか。
参謀長、以下取り巻きの士官は防備を固める方針を提言している。私と数名の将校は攻勢に出るべきであるとの意見である。
「これ以上、兵を失うわけにはいかない」というのが彼らの言い分だ。
確かに今回の奪還作戦においても既に相当数の被害を出している。当然、このまま川を越えて敵地に侵攻するというのは大きな危険を伴うし、さらに兵を失うのは予測できる。
しかしだからといってこのまま守勢では、いずれ敵が増強され蹂躙されるのは目に見えている。
大博打になるのは承知の上で、攻勢に出てこのまま敵陣地を攻略して、セヴェスクにまで攻め上がる。
彼奴等の増援がある前にだ。現在雑居地の敵の総数を一万と見積もっても、日本軍はその倍以上の兵数をこの雑居地内に用意している。
「閣下より預かっている兵を、これ以上失うわけにはいかん。彼奴等も消耗しているはずだ、攻め手の無い今こそ防備を固めるべきであろう」
そう言った参謀長に、どこからか反論の声が上がる。
「……いや、ここで一挙に叩く。我が方の士気は高く、敵に数で上回っている。いかに強固な陣地を用意しておったところで突破しうる」
予想外の場所から聞こえてきた声に、その場の全員の視線が集まった。入り口に立った影は……。
「浅間中将閣下!」
「閣下!」
そこに居たのは浅間中将その人であった。彼は我々の声に静かに頷いた。杖代わりになればと、近くに寄って手を差し出すが、それは制された。
「お体は?」
「問題ない。国家の一大事というのに俺だけ寝ている訳にはいかんだろうよ」
何でも無いようにそう言ったが近くで見ると、その額には薄っすらと汗が滲んでいる。万全とはいかないようである。
しかし、それをおくびにも見せる事無く真っ直ぐとした姿勢で部屋中央の机の前まで歩いて、どかりと椅子に腰掛けた。
「やるぞ、今撃つ。海軍も港の封鎖に出た。この瞬間に動かねば勝機はない」
正確で素早い砲撃はルシヤ兵を混乱に陥れ、短期間のうちに効率的に打撃を与えた。
これは明而陸軍砲兵隊の技術力が証明されたと言って良いだろう。予算が無いので金も無く、演習用の実弾装薬など望むべくもない。それで、良くここまで仕上げられたものだと感心する。
畳の上で水練するような環境であったが、勤勉な民族性がそれを成させたのか。それとも私の他にも居るという、識者の存在(ぎじゅつ)がこれを後押ししたのだろうか。
何にせよ準備砲撃は成功し、兵は突撃を敢行した。
当然、ルシヤによる激しい抵抗があった。機関銃による迎撃。白兵戦による攻撃を受けつつも、日本兵は第一塹壕を突破。
予備隊のみならず第二線の兵も投入し、数で押しこみ、甚大な被害の上にその奪還を成功させた。
この戦闘では、日本兵とルシヤ兵の死傷者の割合はおおよそ三対一であり、人的損害だけで考えると日本側の消耗が大きかった。
しかし被害の数とは裏腹に、将兵の士気というのはルシヤより明而陸軍が高い。
敵は渡河まで行って、多くの犠牲を払い手に入れた陣地を数日の内に奪還されたのだ。落胆は大きい。
更に大国ルシヤの彼らの見識からすると、北部雑居地などは極東の、訳の分からぬ一つの島である。
少し威圧でもすれば極東の猿は大人しくなるだろうと、それくらいの感覚であった。それがどうか、怒り狂った猿が噛み付いて来た。
「こんな土地に」というルシヤと、「この土地を」という日本側の認識の違いが根っこの部分にある。
日本とルシヤ。
面積は四十五倍、人口に生産力、兵力を鑑みた国力は日本の二十倍と見られている。そんな大国に勝てるはずがない。勝てるはずがないが、勝たねばならない。
軍人というのは戦争が始まる前から、終わり方を考えている。
戦争というのは何も、どちらかの本土が焼け野原になるまで続けるというようなものじゃない。
むしろそうならないような終わらせ方を目指すのが本当だろう。
北部雑居地に本腰を入れて兵員を送り込まれる前に、雑居地内に駐屯している兵数でルシヤを上回っている今のうちに。
迅速に攻め寄せ、雑居地内の敵を排撃する。そうすれば、極東での戦争の長期化と消耗を嫌がるルシヤに対して有利な条件での講和に持ち込むことができる。
それが浅間中将の、我々明而陸軍の目指す勝利である。
犠牲を踏み越えてでも、今まさにやり切らねば。
オールオアナッシングだ。雑居地の敵を撃滅し勝利を得るか、もしくは敵に本腰を入れて動員され、こちらが雑居地から引き上げるか。国力に差がある彼我には、そのどちらかしか未来は無い。
この地をルシヤに占領されれば、男は殺され女は犯され子供は売られる。雑居地からは日本人というものは消えてなくなるだろう。
さらに本土への脅威も、今の比では無くなる。確実にこれを足がかりに日本本土占領へと向かうのは間違い無い。
どうあってもここで、今やらねば。
……
第一線の奪還に成功したものの、我が軍内でもその後の作戦について意見が割れた。
前線の防備を固め、敵の攻撃に備えるか、それともこちらから攻勢作戦に打って出るのか。
参謀長、以下取り巻きの士官は防備を固める方針を提言している。私と数名の将校は攻勢に出るべきであるとの意見である。
「これ以上、兵を失うわけにはいかない」というのが彼らの言い分だ。
確かに今回の奪還作戦においても既に相当数の被害を出している。当然、このまま川を越えて敵地に侵攻するというのは大きな危険を伴うし、さらに兵を失うのは予測できる。
しかしだからといってこのまま守勢では、いずれ敵が増強され蹂躙されるのは目に見えている。
大博打になるのは承知の上で、攻勢に出てこのまま敵陣地を攻略して、セヴェスクにまで攻め上がる。
彼奴等の増援がある前にだ。現在雑居地の敵の総数を一万と見積もっても、日本軍はその倍以上の兵数をこの雑居地内に用意している。
「閣下より預かっている兵を、これ以上失うわけにはいかん。彼奴等も消耗しているはずだ、攻め手の無い今こそ防備を固めるべきであろう」
そう言った参謀長に、どこからか反論の声が上がる。
「……いや、ここで一挙に叩く。我が方の士気は高く、敵に数で上回っている。いかに強固な陣地を用意しておったところで突破しうる」
予想外の場所から聞こえてきた声に、その場の全員の視線が集まった。入り口に立った影は……。
「浅間中将閣下!」
「閣下!」
そこに居たのは浅間中将その人であった。彼は我々の声に静かに頷いた。杖代わりになればと、近くに寄って手を差し出すが、それは制された。
「お体は?」
「問題ない。国家の一大事というのに俺だけ寝ている訳にはいかんだろうよ」
何でも無いようにそう言ったが近くで見ると、その額には薄っすらと汗が滲んでいる。万全とはいかないようである。
しかし、それをおくびにも見せる事無く真っ直ぐとした姿勢で部屋中央の机の前まで歩いて、どかりと椅子に腰掛けた。
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