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第125話.兵站部隊「ルシヤ視点」
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ルシヤのとある兵站部隊。彼らは中隊に分かれて、それぞれの持分の荷を引き前線から前線へと渡り歩いていた。糧秣や弾薬、医療品や日用品。それに負傷者や情報、ゴミまでも運ぶのが仕事である。
日がな一日、荷物を持って。
あちらからこちらへとそれらを運んで回る。血管を流れる血液のように、彼らのような者達が働く事でルシヤの軍隊は一つの生き物のように動く事ができるのだ。
しかし時代もあり、皆がその職務に忠実な人間だけではなかった。
「おい、今日もやれるよな?」
「良いね。お前はどうだ」
「もちろんやるさ」
額に汗をにじませ歩きながら、黒い制服男たちが無駄話をしていた。彼らは誇り高きルシヤの輜重卒である。
先ほど雪解けの水でぬかるんだ地面に、荷車の車輪がはまってしまい予想以上に足止めを受けて辟易していたところであった。
ところで彼らが「やる」のは博打(ギャンブル)だ。大抵の場合カードを使って行われる。文字も書けないし本も読めないが、博打のルールは知っているという者も少なくない。
彼らの規則(ルール)ではそれは禁止されている筈だったが、かなりの数の人間がそういった娯楽から抜け出せずにいた。
「ところで二中隊では良いものを食ってるらしいぞ」
「なんで、配給は一緒だろう?」
「抜いてるんだってよ。積荷から」
「そんな事して、見つからんのか」
「まず中隊長が率先してやってるんだってよ。俺らも中隊長に言ってみるか?」
「馬鹿か。ウチの中隊長にこんな話聞かれてみろ、殺されるぞ」
「ちがいねえ」
けらけらと笑いながら、彼らはただ荷車を引いた。それらが何を積んでいるのか、誰がそれを受け取るのか、そんなことも一つも知らずただ言われたとおりに運ぶだけだ。
輜重兵に対する偏見というか、軽視する向きと言うのはルシヤにもあった。
将校は別にして、輜重兵卒は他の兵科に比べて教育もロクにされずに荷を引かされていた。それにしても彼らはまだ良い方で、本当に兵隊でも何でもなく、現地調達の人夫も多く混じっているのだからモラルの水準というのも推して知るべしだ。
雑多な人間を飯と暴力でまとめて、その人間をまた暴力で統制する。
一部の将校(エリート)の能力や、経済、兵力などはルシヤが圧倒的に優っている。しかし末端の一兵卒の練度や、意識などというのには日本皇国に分があるだろう。
……
「良し良し良し、さあこいよ」
「勝負だ」
「クッソ!また負けだ!お前イカサマしてるんじゃ無いだろうな!!」
「こんな場所で、そんな事できるかよ。言いがかりはやめてくれ」
予定通りの進度ではなかったが、彼らの中隊はとある場所に野営を決めた。森の中に入ってしまえば、どこからか狙われるという噂を聞いていたからだ。
そうして荷を下ろしたころ、月明かりを頼りに賭場が開かれていた。これが彼らの日常である。
「チッ!ちょっと小便行ってくる」
「道に迷うなよ」
仲良く三人でカードを囲んでいるなか、一人の兵卒が舌打ちして立ち上がった。はじめの二、三度は調子が良いのだが、結局最後になると大負けに負ける。それが何度も続いていた。
「ホントあいつカモだな」
「イカサマも何も、何もないわけがねえだろうよ!」
「尻の毛まで毟ってやるか」
「ハッ尻毛はいらねえけど、煙草の一本も残さずイってやろうぜ」
負けた男がいなくなったところで彼らは笑う。しばらく談笑した後、片割れが何の気なしに言った。
「何か、あいつ遅くないか」
小便にしては遅すぎる。
「そうだな……」
「なぁ。まさか中隊長に気づかれたのか?」
「まさか、いや分からんか。一応カードは隠しておけよ。見つかったらうるさいからな」
首筋にタトゥを入れた男が言った。彼らの中隊長(ボス)は職務に真面目な男で、それに大きくて強かった。
「うちの中隊長(ボス)は頭が硬いから。博打(ギャンブル)を見られたらケツ叩きですまんかも知れんしな」
「真っ赤な顔が思い浮かぶな。ああ恐ろしい」
一人の男が調子に乗って立ち上がり、怒った上官の真似事をし始めた。踊るような足取りで後ろを向いた後、ぴたりとその動きが止まった。
「ははは!何してんだ。こっち向けよ」
「……」
「おい、もう良いだろ。こっち向けって」
そういってタトゥの男も立ち上がって、同僚の肩を掴んだ。向かい合った男の顔を見たとき、彼は衝撃を受けた。彼の喉に木製の矢が、しっかりと突き刺さっていたのだ。
「……!?」
ドッ!という音と衝撃。男の鎖骨の間に矢が一本突き刺さった。
「……ガボッ」
声を上げようにも、出るのは赤黒い液体と、声にならない空気が抜ける音だけ。
気がつけば目の前に、弓矢を持った男が一人。兵隊というよりは狩人と言った方が良い出で立ちの男だ。
いや、一人ではない。
地面から次々と狩人が湧き出てくる。気がつけば五人、六人すっかりと囲まれていた。どういった手品か、地面からぬるりと人が現れるのだ。
彼らは死神なのか。
矢が首に突き刺さった男は足がもつれ、そのまま横倒しに倒れる。
日中、散々に引かされた台車に火が灯った。
ごうごうと炎と煙が上がる中、死神達は何も取らず、何事も発さず。速やかに夜の闇に消えていった。
地面に頭をつけて、男ははじめて理解した。
穴だ。人が一人、ようやく入れるくらいの縦穴が掘られてある。見事な偽装が施されており、彼らは全く気がつかなかった。
その縦穴に入っていた死神達は、数時間か、もしくは数日もルシヤの荷車が通るのを待ち構えていたのだ。薄羽蜉蝣(ウスバカゲロウ)の幼虫のように、ジッと獲物が来るのを待っていたというのだ!
噂は本当だった。
こんな事なら早く逃げ出せば良かった。夜の闇に紛れて、飯と煙草だけ抜いて山に落ち延びれば良かった。横倒しになった視界が暗くなっていく中、彼はそう思ったのだった。
日がな一日、荷物を持って。
あちらからこちらへとそれらを運んで回る。血管を流れる血液のように、彼らのような者達が働く事でルシヤの軍隊は一つの生き物のように動く事ができるのだ。
しかし時代もあり、皆がその職務に忠実な人間だけではなかった。
「おい、今日もやれるよな?」
「良いね。お前はどうだ」
「もちろんやるさ」
額に汗をにじませ歩きながら、黒い制服男たちが無駄話をしていた。彼らは誇り高きルシヤの輜重卒である。
先ほど雪解けの水でぬかるんだ地面に、荷車の車輪がはまってしまい予想以上に足止めを受けて辟易していたところであった。
ところで彼らが「やる」のは博打(ギャンブル)だ。大抵の場合カードを使って行われる。文字も書けないし本も読めないが、博打のルールは知っているという者も少なくない。
彼らの規則(ルール)ではそれは禁止されている筈だったが、かなりの数の人間がそういった娯楽から抜け出せずにいた。
「ところで二中隊では良いものを食ってるらしいぞ」
「なんで、配給は一緒だろう?」
「抜いてるんだってよ。積荷から」
「そんな事して、見つからんのか」
「まず中隊長が率先してやってるんだってよ。俺らも中隊長に言ってみるか?」
「馬鹿か。ウチの中隊長にこんな話聞かれてみろ、殺されるぞ」
「ちがいねえ」
けらけらと笑いながら、彼らはただ荷車を引いた。それらが何を積んでいるのか、誰がそれを受け取るのか、そんなことも一つも知らずただ言われたとおりに運ぶだけだ。
輜重兵に対する偏見というか、軽視する向きと言うのはルシヤにもあった。
将校は別にして、輜重兵卒は他の兵科に比べて教育もロクにされずに荷を引かされていた。それにしても彼らはまだ良い方で、本当に兵隊でも何でもなく、現地調達の人夫も多く混じっているのだからモラルの水準というのも推して知るべしだ。
雑多な人間を飯と暴力でまとめて、その人間をまた暴力で統制する。
一部の将校(エリート)の能力や、経済、兵力などはルシヤが圧倒的に優っている。しかし末端の一兵卒の練度や、意識などというのには日本皇国に分があるだろう。
……
「良し良し良し、さあこいよ」
「勝負だ」
「クッソ!また負けだ!お前イカサマしてるんじゃ無いだろうな!!」
「こんな場所で、そんな事できるかよ。言いがかりはやめてくれ」
予定通りの進度ではなかったが、彼らの中隊はとある場所に野営を決めた。森の中に入ってしまえば、どこからか狙われるという噂を聞いていたからだ。
そうして荷を下ろしたころ、月明かりを頼りに賭場が開かれていた。これが彼らの日常である。
「チッ!ちょっと小便行ってくる」
「道に迷うなよ」
仲良く三人でカードを囲んでいるなか、一人の兵卒が舌打ちして立ち上がった。はじめの二、三度は調子が良いのだが、結局最後になると大負けに負ける。それが何度も続いていた。
「ホントあいつカモだな」
「イカサマも何も、何もないわけがねえだろうよ!」
「尻の毛まで毟ってやるか」
「ハッ尻毛はいらねえけど、煙草の一本も残さずイってやろうぜ」
負けた男がいなくなったところで彼らは笑う。しばらく談笑した後、片割れが何の気なしに言った。
「何か、あいつ遅くないか」
小便にしては遅すぎる。
「そうだな……」
「なぁ。まさか中隊長に気づかれたのか?」
「まさか、いや分からんか。一応カードは隠しておけよ。見つかったらうるさいからな」
首筋にタトゥを入れた男が言った。彼らの中隊長(ボス)は職務に真面目な男で、それに大きくて強かった。
「うちの中隊長(ボス)は頭が硬いから。博打(ギャンブル)を見られたらケツ叩きですまんかも知れんしな」
「真っ赤な顔が思い浮かぶな。ああ恐ろしい」
一人の男が調子に乗って立ち上がり、怒った上官の真似事をし始めた。踊るような足取りで後ろを向いた後、ぴたりとその動きが止まった。
「ははは!何してんだ。こっち向けよ」
「……」
「おい、もう良いだろ。こっち向けって」
そういってタトゥの男も立ち上がって、同僚の肩を掴んだ。向かい合った男の顔を見たとき、彼は衝撃を受けた。彼の喉に木製の矢が、しっかりと突き刺さっていたのだ。
「……!?」
ドッ!という音と衝撃。男の鎖骨の間に矢が一本突き刺さった。
「……ガボッ」
声を上げようにも、出るのは赤黒い液体と、声にならない空気が抜ける音だけ。
気がつけば目の前に、弓矢を持った男が一人。兵隊というよりは狩人と言った方が良い出で立ちの男だ。
いや、一人ではない。
地面から次々と狩人が湧き出てくる。気がつけば五人、六人すっかりと囲まれていた。どういった手品か、地面からぬるりと人が現れるのだ。
彼らは死神なのか。
矢が首に突き刺さった男は足がもつれ、そのまま横倒しに倒れる。
日中、散々に引かされた台車に火が灯った。
ごうごうと炎と煙が上がる中、死神達は何も取らず、何事も発さず。速やかに夜の闇に消えていった。
地面に頭をつけて、男ははじめて理解した。
穴だ。人が一人、ようやく入れるくらいの縦穴が掘られてある。見事な偽装が施されており、彼らは全く気がつかなかった。
その縦穴に入っていた死神達は、数時間か、もしくは数日もルシヤの荷車が通るのを待ち構えていたのだ。薄羽蜉蝣(ウスバカゲロウ)の幼虫のように、ジッと獲物が来るのを待っていたというのだ!
噂は本当だった。
こんな事なら早く逃げ出せば良かった。夜の闇に紛れて、飯と煙草だけ抜いて山に落ち延びれば良かった。横倒しになった視界が暗くなっていく中、彼はそう思ったのだった。
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