カミサマカッコカリ

ミヤタ

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治癒

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「榛名先生はどうした」
「ごめん、近寄らないで。ドラゴンじゃないんだけれど、先生が追ってる敵からウイルス入れられてて、先生も正直死ぬ寸前の大怪我おってるから。まだ体の表面にくらいついてるやついっぱいいるからもしかしたら飛び火するかもしれない。先生の容態しだいだけれどしばらくはこのまま待機。しばらく先生は面会謝絶だから、執務室に入れないようにして。ごめんだけど。あと、田村先輩。コン、それからノース師匠、野郎どもはちょっと先生寝かせるために執務室のソファーとかテーブルとかどかしてください!」
 白い包帯にしか見えないその隙間から時折赤黒いプログラムが顔をのぞかせる。それは白いプログラムに食い尽くされて消えた。頭からつま先までぐるぐると白い包帯に巻かれているようにしか見えない。小人族の女の子たちが悲鳴を上げた。榛名のキャラバンはてんやわんやの大騒ぎだ。男たちがあわててソファーやテーブルを片付け、悲鳴を上げていた女の子たちが手早く掃除をする。
「回復、治癒、対抗ウイルス」
 退かされた場所に、プログラムを展開させる。ローテーブルの高さぐらいに榛名を横たえると治癒プログラムの青、回復の緑、対抗ウイルスの白が榛名の体を包み込んでいく。体に巻いていた対抗ウイルスは体から解け、白に帰っていく。榛名の体は全身を赤黒いウイルスプログラムが取り巻いていた。
「だ、大丈夫なんですか」
「大丈夫なようにするから。先生は絶対に助ける」
 榛名の生体スキャンを展開させて、プログラムを開く。ローテーブルに腰掛け、松宮はじっと数値をにらみつける。プログラムの繭の中に手を入れる。
「対抗ウイルス」
 表面を動き回るウイルスを払い落とせば、白いプログラムが瞬時にそれらを食いつくす。
「松宮、大丈夫か」
「大丈夫です。今攻撃対象が先生なので、このウイルスは俺には攻撃できないんだと思います」
 田村の言葉に返事をしながら作業を進めていく。赤黒いウイルスの内、一本が外へ向かってくる。隙間を縫って繭から出てきた一本に家事を担当する女の子たちが悲鳴を上げた。
「うぜぇ」
 その一本を掴むと引っこ抜く。生きていない筈なのにまるで意思を持っているかのように松宮に絡みつく。プログラムを読みながらぼうと発火する。
「ひっ」
「大丈夫。燃やした」
「おまっ、怪我は?」
「プログラムだけ燃やしたから、大丈夫。とりあえずみんなそこにいてもあれだし、狭いし。散って」
 苦笑しながら言う。
「馬鹿言え、みんな先生が心配だからいるんだろうが」
「そうだぞ、松宮さん!」
 口々にそうだそうだといわれてしまえば松宮は何もいえない。
「わぁったから、ちょっと静かにしててよね」
 苦笑しながら、もう一度榛名に向き直る。その手で榛名の顔を露出させて安心した。眠っている榛名に息を吐き出す。打ち抜かれたのは心臓の近く。心臓を打ち抜かないだけマシだったのだろうか。何の意図があって。と心臓付近のプログラムを払いのける。侵食の具合がわからないが傷口回りには何も無いようだ。止血が間に合ったのだろううっすらと穴は膜が張られている。臓器や筋肉、骨の修復を行う治癒プログラムを重ねて掛ける。
「対抗ウイルス」
 手のひらに生み出した白い針を胸の中心に打ち込む。後はただ祈るのみだ。ダメージの大きさは生体プログラムの数値を見ればわかる。スキャンが傷の状態を示し、そのそばに現在の体温や脈拍、ダメージ値、損傷などの値が並んでいく。
「やっぱこれ核があるっぽいな。侵食されてるっぽいけど、先生失礼しますよ」
 と、聞こえない彼に断りをひとつ入れて上を脱がせる。コートをぽいと捨て、シャツを脱がせて上半身裸にすると息を呑んだ。鳩尾から放射状に侵食していくプログラム。それは今、松宮が打ち込んだ対抗ウイルスと戦っている。表面を這い回っているプログラムは中に進入しようとして拒まれているものに過ぎない。松宮の対抗ウイルスでは侵食を榛名ほど食い止めることは出来ないようだ。
「ポケットから僧服装置ください。服は処分して。穴あいてるから」
 女の子がコートのポケットを探る。なかから出てきた赤い水晶を松宮に手渡した。
「増幅、対抗ウイルス」
 侵食していくスピードが速い。増幅装置である水晶を咥え、対抗ウイルスの力を倍増させる。榛名にそれを刺し、赤黒いウイルスの侵食が鈍る。止まったように見えるが拮抗しているのがわかり、安堵する。
「増幅、対抗ウイルス」
 繭として榛名の周りを取り巻いている対抗ウイルスのプログラムをさらに増幅させて展開させる。どうにかして榛名の中に侵食しようとする対抗ウイルスに白い帯が絡み付いていく。
「よし」
 増幅装置を使いながらの作業をひと段落させる。侵食したウイルスはともかく表面上のウイルスさえどうにかしてしまえばあとは治癒を待つだけだ。スキャンした画像は逐一情報の更新を行っている。ウイルスの侵食度も表示させるが六十パーセント超えたあたりでとどまっていてくれるのは助かる。これを減らしていかなければならず、核を取るにはもう少し表面にまとわりつくプログラムを落とさなければならないと思う。
「みんな、ちゃんと休んでてください。あと、外の様子とか。先生連れて帰ってきたのでできれば、ガウ大佐にドラゴン退治は終わっています。って伝えてほしい。先生が倒れているのでご挨拶できず失礼ではありますがって」
「俺が行ってこよう」
 田村が引き受けてくれて感謝する。
「ここだとただ待つだけだから。ちゃんと休んで。先生が起きたときに、みんながやつれてたら先生が怒るでしょう。ここは俺に任せておいてください」
「大丈夫なん?」
「大丈夫ですよ」
「坊の言うとおりにしましょう」
 それぞれが不安そうにつげ、出来ることが無い事に肩を落とす。彼らの姿を見送るとすとんとローテーブルに腰を下ろし、自分の太ももをたたいた。
「何が、神様だよ!!役にたたねえじゃねえかよ!」
 悲痛な叫びは、それでも誰にも聞かれることは無かった。ぎゅうとこぶしを強く握りながら、榛名の数値をにらみつけていた。

 雨の音がする。細やかな雨の優しい音に榛名は意識を浮上させた。
「起きたか?」
「ここは、第一か?」
「そう。私たちの生まれた場所」
「天野」
「なんだい。榛名」
「死んだわけじゃないよなぁ。なぜここに」
「第一の彼らからは私たちのことは見えないよ。それに、みんなちゃんとわかっているだろう。私の精霊もすべて死に絶えている。なのに、お前の精霊ときたら」
 くすりと笑う。ドアが開いて榛名の精霊たちが中に入ってくる。天井や壁をはたき、部屋を掃除していく。隅々まで掃除をする彼らは当たり前のようにこなしている。
「ああ。私は生きているのか」
「ぎりぎりね。君のワンワンががんばってくれた結果だが」
 寝室に入り、榛名の目の前を掃除していく。ベッドに寝かされている榛名は思わず体を起こした。ベッドに腰を下ろしている天野も居心地が悪いのか、腰を上げる。
「私たちはいわゆる霊体のようなものだ。プログラムを薄い膜で覆っただけの。彼らは私たちを知覚できない。触れない見れない。聞こえない」
「ああ。ホログラムににてるのか」
「そうだな」
 寝室の掃除を終えて、最後に彼らは今日の一輪を窓辺に置く。
「時々、こちらに帰ってやったらどうだ」
「お前が、帰せなくしててだろうが」
「そうだな」
 心情的に掃除の邪魔になりそう、あとゴミが自分にかかりそうで二人は邪魔をしないように掃除の終わった場所へと移動していたリビングのテーブルに腰をかけた。榛名は窓辺に置かれた摘み取られたばかりの花を眺めている。
「いつもいつも、助けられてばかりだ。今回も、運よく死に際で助けたのはお前だろう」
「なんで」
「死ななかったから」
「買いかぶりすぎだろう。私はお前を憎んでいるというのに」
「何で助けたんだ」
 不服そうに言えば、後ろで笑う気配がする。振り向いて、窓枠に腕を置き、体をもたれさせる。
「お前だからだろ。たぶん、何度同じことを繰り返しても私はお前を助けるだろうってのはよぉくわかってる」
 ちょっと遠い目をしている天野が腕を組んで自分の肘を抱え、頬杖をついている。
「助けられてばかりでお前を助けることができなかったな」
「それな。ほんと、弱っちい癖に、強がってまー。この子は。お母さんはそんな子に育てた覚えはありませんよ」
「お前から生まれた記憶も無いけどな」
「正解」
 言い合って、一瞬の間。それから二人で笑う。あまりにも穏やかであまりにも平和で、だからこの時間がずっと続けばいいと榛名は思う。
「助けようと思うなら、次はしっかりと私を殺してくれ。私の自我はもう無いよ。お前がすりつぶしただろう。あれは私であってもう私自身ではないから、これ以上自分の肉体が使われるのは我慢ならない。第五次元のあいつらは中身を本格的にヤツら自身に入れ替えるだろう。わずかながらヤツらも介入できるようになってきた。時間は短いが私の外殻を回収するために無理はしたようだ。しばらくは大丈夫だと思うが、私の皮は下位階層に介入できるだろう。だから次はしっかりと私の皮を殺してくれ」
「天野」
「不安そうな顔しないでくださぁい。自分の潜在能力には気づいたんだろう。「無効化」という形で能力を使っているようだけれど。気づいただろう?」
「あらゆるプログラムのロックもガードもすり抜けてしまうんだろう。その上でそのプログラムを発動させたり、消したりできるのであれば「無効化」が近いのかなと。わりとチートだけど、使いどころに困る。ああ、そうか。肉体が目を覚ましてこっちに戻ればウイルス自体を除去できるな」
「榛名、すまんがそれは無理だと思う」
「なん」
 目を見開いて驚く榛名に天野は笑う。
「おおー。お前のそんな顔、久しぶりに見たわ」
「どーゆーことよ」
「簡単に説明すると、あいつらが第五からすでにお前の世界に介入可能だってこと。もうお前にかまわなくてもよくなった。お前がいてもいなくても時間をかければ進入できる。現にわずかの間だが、実体を伴って介入してきた。そしておそらく。私の体の外殻だけじゃない。お前の体も狙われている。お前は第三次元として生まれ変わっただろ。最後に落とされたウイルスはお前と第五をつなぐものだ。お前が二本目の橋になってしまう。しかもお前の体は第三。一方通行じゃなくて分岐点があるってことだ。第三に攻め入るのもゼロを壊すのも自由になる。そしておそらくそのウイルスをお前の能力で無効化したところで、もう遅い。なら、第五がこちらに打ち込んだ楔をはずせばいい。杭を。もうそろそろかな。目が覚めたらこちらに戻って来い。お前の無効化でウイルスは除去してもいいが、私の外殻がすでに第五次元をつなぐ楔を打ち込み始めている。で、その楔だが、お前の体に打ち込まれているものと一緒だ。それを逆手に取れ。核は除いてウイルスを自分のものにするんだ。第五次元のウイルスならお前でも扱えるはずだ。その辺はがんばれよ。
 世界の改変プログラムウイルスを除去できれば、第五次元の本体がこちらに干渉するのに時間がかかる。私の外殻だけならなんとかうろうろさせられるだろう。その間に第五次元のウイルスを破壊し、うちこまれた楔を破壊すること。そしたらお前の世界は元に戻る。お前が作り上げた元に。第八にはおそらく第三から知らせが飛ぶだろう。上からのけん制がくれば第五の動きも鈍くなる。うまく第五次元に封じ込めるにはこちらが抵抗していなければならない。その最前線がお前の世界になる」
「おい、私でもキャパオーバーしてるぞ」
 一気に畳み掛けられ、机に手をついてうなだれる。何を言っているのだ、こいつは。という表情で天野を見るが笑ってはいなかった。
「やれ」
「そういうと思った。お前、ほんとそういう横暴なところあるよな!」
「わがままなお前に言われたくありません」
 つんと突っぱねる天野にこいつ一回殴ろうかと思わずこぶしを握る。
「結局、世界の外からじゃなく楔を中からはずせって事か」
「そういうこと。お前の体の中に打ち込まれた純粋な第五次元のウイルスプログラムを飲み込んで自分の中で消化して自分の力にする。第五次元のプログラムを利用してそれで楔を引き抜く。あと私の外殻を殺す。そしたら、穴が閉じる。とはいえ可視化されないからどこにあるとは言えない」
「くっ。結局は世界中を回れって事だな」
「そゆことね。チワワ君は「神様」として通常通りプログラムを運営させればいいんだから。っていってもお前もチワワ君も、なんつーかこう「強くなったけどレベルいちからの出発です」って感じだわな。お前のほうがまだましだけど、自分の力とか使いこなせるようにならないとあっという間に死ぬぞ。もう次私が助けることは無いから」
「天野」
「さて、そろそろかな。いや、長く引っ張ったしこれからの道しるべも示したし。私、本当にお前に甘いのな。それにしても、お前さ。なんでその格好なのよ」
 はぁとこれ見よがしにため息をついてひらひらと人差し指で榛名を指しながらいう。
「自分で言うのか。えっ?この格好?」
 全裸かとあわてて自分の服を確認するがちゃんと着ている。穴開いたようなきがする左胸もふさがっている。
「そりゃあ、お前に殺されてなおもお前を助けるぐらいだからな。ああ、その老いた姿。ここにいるときぐらい元の姿に戻ればいいのに。なんでまたそんな格好を」
「ぐう。あ、外見ね。これ、割と便利。あとこう地球人の神様イメージがね。年老いた髭のじいさんでさ。サンタクロースもそうだけど、なんかそれに引っ張られちゃって。結局この姿で固定してる。私の世界でもわりと爺さん扱いされるけど元気に動けますし」
 顔には皺をあまり乗せないようにしているが笑うと目じりに皺が寄る。手は確かに年老いて皺が寄っていたがそれでも不便に思うことは無い。
「ああー。それについてはすまんな!」
「反省もしてない口調で謝られてもな。別にいいんだよ。これはこれでいい。若造とののしられることもないしね」
「ののしられたのか」
「わりと」
「お前がいいならいいんだが」
 あちゃーといわんばかりに頭を振る天野がため息交じりに告げる。
「そりゃあこっちの姿に戻ったら人間年齢二十歳ぐらいでしょ。若造も若造でしょう」
「おまえ、本当、地球に適応しすぎ。ちょっと考えてください」
「チキュウタノシイダイスキ」
 ぷっと笑って噴出す。ひとしきり笑い終わると天野は目を細める。嬉しそうに微笑を浮かべる。
「榛名。お前が、私の地球を愛してくれてありがとう。私の、言いつけを守ってくれてありがとう。お前といるのが楽しかった」
「まて、まってくれ。地球はどうするんだよ。いなくなったら、神様がいないって事だぞ」
「お前がそれを言う?元より、私がいなくても発展できるようにプログラムは組んである。あの世界は理不尽と不平等がはびこる世界だ。すべての進化が行き詰ったり、あの世界が滅ぼされるときにたった一回だけ、私を光臨させることができる、そのプログラムを発動させたのはお前だよ。だから、もう神様の助けは無い。あの世界は滅びるなら滅びる。そういう風に確定されてしまった。私の手はもう届かない。お前はあの世界に干渉できない。しなくていい。助けなくていい。せいぜい、私の作った星が終わる様を眺めているがいいよ。「私がいた証」すら消えていくのを眺めろ。それが私がお前に対する復讐になるから。それで不問にしてやる」
「なんで」
「私の部屋は君のチワワ君にあげるよ。自由に使えって言っとけ。すっげぇ苦虫噛み潰したみたいな顔しそうだな。パスワードとキーボードは引き出し二段目の底板はずした下にある。で、全部つたえたかな。うん。それじゃあ、さようならだ。榛名」
「天野。まって、まって」
「だめだよ。十分お前を助けたからね。もうこれ以上は無理。私のガワに情をかけるなよ。お前、甘ちゃんだからな。中身に私はいない。私の思考をトレースし、私の声でしゃべっても。わかったな?返事は?」
「はい」
「よし、いい子でちゅね」
「お前ね、最後まで何扱いしたいんだよ!」
 思わず声を大きくするが、爆笑しながら彼は光の粒となって消えた。
「またな」
 最後に動いた唇の動きに頷く。うなずいて、口元を押さえた。嗚咽をかみ殺そうとして漏れ出す。涙があふれてとまらなかった。最後にさようならすら言わせてもらえていない。それでも別れの言葉を返すことができなかった。まだ覚悟なんて出来ていない。それでも強引にさようならを告げる天野に、消えてしまった彼に、震える声で告げた。
「またな、天野。またいつか」
 部屋が渦巻いていく。ゆっくりと解けて消えていく。落ちる感触に目を閉じる。結局何も謝らせてすらもらえなかったなと思う。落ちて、ストップする。その落差でびくりと体が跳ねた。目を開ければ一瞬どこかわからず戸惑う。自分を取り巻くプログラムに元に戻ってきたのだと知る。手を上げて、打ち込まれた核に手を触れて、上半身は脱がされているのだと気づいた。小さな石のような何か。それをつまみ上げ、抜く。痛みは無かった。抜かれた事でプログラムが暴れる。体を覆っているプログラムを体内にすべて納める。核は砕き、息をついた。穴の開いた左胸に触れれば皮膚の感触。どれほどの間眠っていたのか。
 繭の中から首を動かす。キャラバンの自分の執務室。ソファーやテーブルがどかされ、テーブルに突っ伏すように松宮が眠っている。生体チェックは良好を示しているがウイルス侵食度は六十パーセント。表皮にまとわりつくそれらを含めてなので、四十パーセントを削るために大変な思いをしただろう松宮のそばに砕け散った赤い水晶。破片の量から言って二本か三本。組織再生も血液も内臓も神経も骨も修復完了まであと二十パーセント。ほぼほぼ出来上がった体は動かしても大丈夫だろう。と判断をつける。室内は暗く、音は聞こえない。松宮の展開しているプログラムを解除すると繭から出た。立ち上がり、それでもよろけてじゅうたんの上に座り込む。なんとか立ち上がると、音を立てないように寝室へと入り着替えを片手にシャワーへと移動する。窓の外は暗い。それでも夜明けの色合いに似てきていると榛名は思う。まだ眠りに沈む世界の中で、やっと体を洗い、体の中を這いずり回る赤黒いプログラムを確認する。
「顔、真っ黒くなったら松宮君に怒られるな」
 体のほぼ全部が赤黒く変色している。指先まで黒い。服を着替えさっぱりとした顔で出る。もうふらつかずちゃんと立てた。自室に戻り、眠っている松宮の肩を揺さぶる。
「松宮君」
「うぅん」
「松宮君」
「うぅはぁっ?!」
 寝ていたことに驚いたのだろう勢いよく起きた松宮はそれでも脳が覚醒していないのか寝ぼけた顔をしている。苦笑しながら無理やり立たせると一緒に姿を消した。

「は?」
「ごめんね。起こしちゃって」
「は?」
「マスター!」
 黒い服から覗く黒い手が松宮に向けられるが何かしらのお化けだ。目の前にいる何かの塊はその塊が大合唱で号泣していることとその黒いものにしがみついているので見えない。
「なにこれ」
「私だ。私。ちょ、みんな離れて。久しぶりなのはわかるから。大丈夫元気だからまって離れて。松宮君がすさまじく混乱してるでしょう」
 塊の中から声が聞こえる。寝起きの開幕一番に混乱の極みに落とされた松宮はすべてを放棄した。
「よいしょ。待って。待って。みんな。まず松宮くんに説明が先でしょう」
「榛名ああああああ」
 勢い良くドアが開き、絶叫しながら飛び込んできたのは同じ第一次元に住まう者たちだ。榛名と親しい者たちが飛び込んできてぎゅうぎゅうに抱きしめる。
「おまえ、おまえ心配したんだぞ」
「よかった。よかった。めっちゃよかった」
「なにこれ」
 号泣しながらつぶされる榛名を見ながら、完全にこうしょっぱい顔をして松宮はもう一回同じ事をつぶやいた。
「精霊たち、ごめん。先に松宮君を綺麗に洗って。くさい」
 といわれれば精霊たちは張り切った。松宮君と指された松宮はぎょっと驚くが精霊たちは榛名の命令を喜び、松宮は連れ去られた。抵抗むなしく世話をやかれるのだろうそれだけははっきりとわかる。泣き叫ぶ仲間や友達の声で人だかりができ、結局榛名はもみくちゃにされた。
「よい格好じゃな」
 からかわれるように笑われて榛名は顔を赤くする。
「申し訳ありません」
「元の姿にもどったようだが、隣の子は」
「私の弟子です。長老」
 目をかっぴらいて驚き、そのまま固まってしまっている弟子の顔は榛名に固定されている。
「たくさんのことがありまして、この子のキャパ超えてしまったようで。すみません」
 第一次元の自分の部屋に戻った榛名はお帰りの歓迎を潜り抜け、つるつるに磨かれた上に彼らの標準服である長衣を身にまとっていた。なお、長衣の下は全裸で、妖精たちが大喜びで下着から何から全部洗濯したとなきそうな顔で戻ってきたのが長老の部屋であった。乳白色の石のような石ではないようなもので作られた部屋が並ぶこの場所はところどころ庭園が設えてあった。庭園にはベンチやテーブルがおかれ、晴れた日であれば誰もがそこでお茶をしたりおしゃべりをしたりする。憩いの場所だ。区画ごとに共同風呂が設えてある。トイレは部屋にある。一人一部屋。そして一人につき複数の精霊がついて世話を行う。長老はまさしく長く生きて居る者をさす。寿命が無いわけではないがそれでも長生きしすぎる。
 長老の部屋は足の長い絨毯の上にローテーブルが置かれている。入り口で靴を脱ぎ入る。友達からのお帰り攻撃を切り抜けて精霊たちに長老の部屋に松宮を案内するように伝言を頼み自分もそちらへと向かう。顔を合わせて、長老は榛名の姿を元に戻した。若々しい顔と体。
「わしより老けてどうする」
「失礼しました」
 と笑いながら言われれば従うよりほかは無い。髪の毛も長くなってしまい、ゆるく波を打つ。うっとおしいのでと組み紐で髪の毛を束ねれば、そこに松宮が入ってきた。
「お邪魔します」
 と礼儀正しく入り、榛名の隣に腰をおろして隣を見て仰天し、そのまま硬直している。松宮を連れてきた精霊たちは大喜びで榛名の髪の毛を綺麗に梳り、ポニーテールのように頭の上の方で結びなおす。
「すぐに短くするからいいのに」
 とため息をつくが好きなようにさせなさいといわれれば黙るしかなかった。そうして硬直したままの弟子と元来の姿に戻った榛名は長老の前にすわり、榛名が今までの出来事を語る。長老の精霊たちからお茶のもてなしを受け、自分の次元が変わった事、新しく弟子を第一次元に引き上げた事を告げた。
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