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第二章 変動
30話 悪夢から
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紫の焔が街を覆いつくす。逃げるように崩れる瓦礫の中を必死に走る男女。瓦礫の森を抜けた先、そこには逃げる姿を嘲笑うような笑みを見せた魔族の女。
『我が君に刃を向ける愚か者には似合いの最期ね』
『っ……逃げろっ』
『嫌よ! 私もっ』
『逃がさないわ……誰一人ね』
魔族の女の瞳が赤く輝く。魔力によって産み出された数多の手。切っ先が鋭い刃となっている。
『死になさいっ!』
『ちぃ……させるかぁ!』
全てが赤く染まった瞬間、バッと身体を起こす。
「シアリィルド様っ!?」
「っはぁ、はぁはぁ……っ」
誰かが肩を支えてくれている。しかし、シアリィルドは気にできる状態ではなかった。心臓は激しく動き、呼吸は乱れている。全身からは汗が噴き出していた。
「はぁはぁっ……ぐっ」
「シアリィルド様っ! しっかりしてください!」
頭と胸が痛みを訴えている。胸を服の上から鷲掴む。強く握りしめるように力を込めなければ、耐えられなかった。
騒ぎを聞き付けた者たちが部屋へと駆け込んできているが、シアリィルドは気づいていない。余裕がないからだ。
「オリヴァー、退きなさい」
「は、はいっ」
肩を支えていたのはオリヴァーだった。ルトギアスに言われるがまま、場所を空けるとその場にはルトギアスが代わる。未だに周囲の様子に気がつく様子のないシアリィルドの肩を強く掴んだ。
「シアリィルド、聞こえるか! シアリィルドっ!」
「っ……はぁ、はぁ」
「アルドっ!」
「っ!? あ……」
ルトギアスが強く叫ぶと、シアリィルドはハッと動きを止めた。呆然としながら、顔をあげる。
「ち、ちうえ……?」
「そうだ。わかるな、シアリィルド」
「お、れ……」
何かを呟いたかと思うと、ガクンと倒れルトギアスが支える。そのままシアリィルドは意識を失った。ルトギアスはその身体をゆっくりと横たわらせる。額には汗のため、髪が張り付いており、どれ程の苦しみだったのかを物語っていた。
「苦しみ始めたのはいつ頃だ?」
「……つい、先ほどです。突然、何事かを呟いたかと思うと、苦しそうにされていて……いきなり起き上がったので」
「そうか……」
ルトギアスは、そっとシアリィルドの頬に触れる。震えて色をなくしていたそこには、色づき始めている。本人は気がついていないだろうが、シアリィルドは震えていたのだ。焦点が定まらずにいる様子はただ事ではない。そっと見れば、クレーネも言葉を失っていた。
「クレーネ」
「ルト……シアは、まさか」
「わからん。だが、この子はディルケルドの血を引く。公主殿に男児がいないとなれば、この子が唯一となる。あり得ない話ではない……いや、そうである可能性の方が高いだろうな」
「シア……」
ルトギアスはそっと手を離して頭を撫でると、シアリィルドから離れる。
「今はこの子に教える必要はない。クレーネ、いいな」
「……えぇ、わかっているわ。でも、ルト……貴方は知っていてシアを王都から離れさせたの?」
「無論だ」
何を当たり前の事をとでも言うように、ルトギアスはため息をつくと、そのまま部屋を出ていった。クレーネは空いたその場所に車椅子を近づける。
先ほどまでの荒い呼吸ではなく、落ち着いた呼吸へと変わっている。
「シア……」
投げ出されているその手をそっと取る。少しだけ熱をもっているのは、苦しんでいた影響かもしれない。今の表情を見る限りは、落ち着いているようだが、同じことが起きないとも限らない。
「……どうしてなのかしらね」
「クレーネ様?」
「ねぇ、どうしてこの子が……どうして、今、彼らが現れてしまうの? せめて、もう少し後の時代なら良かったのに……」
公爵家の妻としての働きは出来ないものの、クレーネとて世界の状況は理解していた。法国で行われていることも知っている。それは、公女である身分としても、知っておかなければならないことだからだ。同じように、シアリィルドも知らなければならない立場だろう。だが、ルトギアスは知らせるなという。
「……でもきっとこの子は知るでしょう。きっと……」
「奥様……」
「大丈夫よ、アン。私は、母親だもの……皆も、どうかこの子の様子を案じてあげてくれる?」
「奥様……勿論でございます!」
「言われるまでもありません」
口々に了承の言を唱える使用人たちに、クレーネは柔らかく微笑むと、シアリィルドの側で困惑している二人の侍女に声をかけた。
「オリヴァー、ナタリア」
「っ……」
「は、はいっ」
オリヴァーは動揺したまま顔を向け、ナタリアは上ずりながらも返事をした。この二人は、クレーネの指示の下にはない。あくまで、主人はシアリィルドだ。
「シアをお願いね。私よりもこの子をよく知っている貴女たちだからこそ、話せることもあるでしょうから」
「クレーネ様……過分なるお言葉でございます。使用人としても、幼馴染としてもシアリィルド様のお側にいる所存です」
「オリヴァーさん……わ、私もオリヴァーさんほどではありませんが、これからもお側に仕えさせて頂きたいと思っておりますので」
一息をついて落ち着いてからオリヴァーは、クレーネにそう宣言する。第二邸の生活の中で、シアリィルドが窮屈に思っていることを吐いているのは、オリヴァーとナタリアに対してのみだ。クレーネもわかっているのだろう。
二人の言葉に満足して、クレーネは任せると部屋を出ていった。オリヴァーとナタリアを残して。
『我が君に刃を向ける愚か者には似合いの最期ね』
『っ……逃げろっ』
『嫌よ! 私もっ』
『逃がさないわ……誰一人ね』
魔族の女の瞳が赤く輝く。魔力によって産み出された数多の手。切っ先が鋭い刃となっている。
『死になさいっ!』
『ちぃ……させるかぁ!』
全てが赤く染まった瞬間、バッと身体を起こす。
「シアリィルド様っ!?」
「っはぁ、はぁはぁ……っ」
誰かが肩を支えてくれている。しかし、シアリィルドは気にできる状態ではなかった。心臓は激しく動き、呼吸は乱れている。全身からは汗が噴き出していた。
「はぁはぁっ……ぐっ」
「シアリィルド様っ! しっかりしてください!」
頭と胸が痛みを訴えている。胸を服の上から鷲掴む。強く握りしめるように力を込めなければ、耐えられなかった。
騒ぎを聞き付けた者たちが部屋へと駆け込んできているが、シアリィルドは気づいていない。余裕がないからだ。
「オリヴァー、退きなさい」
「は、はいっ」
肩を支えていたのはオリヴァーだった。ルトギアスに言われるがまま、場所を空けるとその場にはルトギアスが代わる。未だに周囲の様子に気がつく様子のないシアリィルドの肩を強く掴んだ。
「シアリィルド、聞こえるか! シアリィルドっ!」
「っ……はぁ、はぁ」
「アルドっ!」
「っ!? あ……」
ルトギアスが強く叫ぶと、シアリィルドはハッと動きを止めた。呆然としながら、顔をあげる。
「ち、ちうえ……?」
「そうだ。わかるな、シアリィルド」
「お、れ……」
何かを呟いたかと思うと、ガクンと倒れルトギアスが支える。そのままシアリィルドは意識を失った。ルトギアスはその身体をゆっくりと横たわらせる。額には汗のため、髪が張り付いており、どれ程の苦しみだったのかを物語っていた。
「苦しみ始めたのはいつ頃だ?」
「……つい、先ほどです。突然、何事かを呟いたかと思うと、苦しそうにされていて……いきなり起き上がったので」
「そうか……」
ルトギアスは、そっとシアリィルドの頬に触れる。震えて色をなくしていたそこには、色づき始めている。本人は気がついていないだろうが、シアリィルドは震えていたのだ。焦点が定まらずにいる様子はただ事ではない。そっと見れば、クレーネも言葉を失っていた。
「クレーネ」
「ルト……シアは、まさか」
「わからん。だが、この子はディルケルドの血を引く。公主殿に男児がいないとなれば、この子が唯一となる。あり得ない話ではない……いや、そうである可能性の方が高いだろうな」
「シア……」
ルトギアスはそっと手を離して頭を撫でると、シアリィルドから離れる。
「今はこの子に教える必要はない。クレーネ、いいな」
「……えぇ、わかっているわ。でも、ルト……貴方は知っていてシアを王都から離れさせたの?」
「無論だ」
何を当たり前の事をとでも言うように、ルトギアスはため息をつくと、そのまま部屋を出ていった。クレーネは空いたその場所に車椅子を近づける。
先ほどまでの荒い呼吸ではなく、落ち着いた呼吸へと変わっている。
「シア……」
投げ出されているその手をそっと取る。少しだけ熱をもっているのは、苦しんでいた影響かもしれない。今の表情を見る限りは、落ち着いているようだが、同じことが起きないとも限らない。
「……どうしてなのかしらね」
「クレーネ様?」
「ねぇ、どうしてこの子が……どうして、今、彼らが現れてしまうの? せめて、もう少し後の時代なら良かったのに……」
公爵家の妻としての働きは出来ないものの、クレーネとて世界の状況は理解していた。法国で行われていることも知っている。それは、公女である身分としても、知っておかなければならないことだからだ。同じように、シアリィルドも知らなければならない立場だろう。だが、ルトギアスは知らせるなという。
「……でもきっとこの子は知るでしょう。きっと……」
「奥様……」
「大丈夫よ、アン。私は、母親だもの……皆も、どうかこの子の様子を案じてあげてくれる?」
「奥様……勿論でございます!」
「言われるまでもありません」
口々に了承の言を唱える使用人たちに、クレーネは柔らかく微笑むと、シアリィルドの側で困惑している二人の侍女に声をかけた。
「オリヴァー、ナタリア」
「っ……」
「は、はいっ」
オリヴァーは動揺したまま顔を向け、ナタリアは上ずりながらも返事をした。この二人は、クレーネの指示の下にはない。あくまで、主人はシアリィルドだ。
「シアをお願いね。私よりもこの子をよく知っている貴女たちだからこそ、話せることもあるでしょうから」
「クレーネ様……過分なるお言葉でございます。使用人としても、幼馴染としてもシアリィルド様のお側にいる所存です」
「オリヴァーさん……わ、私もオリヴァーさんほどではありませんが、これからもお側に仕えさせて頂きたいと思っておりますので」
一息をついて落ち着いてからオリヴァーは、クレーネにそう宣言する。第二邸の生活の中で、シアリィルドが窮屈に思っていることを吐いているのは、オリヴァーとナタリアに対してのみだ。クレーネもわかっているのだろう。
二人の言葉に満足して、クレーネは任せると部屋を出ていった。オリヴァーとナタリアを残して。
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