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三話 悪役令嬢はいらない

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 ーー鉄格子を挟んで対峙する二人の間に、恐ろしい沈黙が横たわっていた。

 ゴルデルゼはいつまでも口を開かない。
 茫然と座り込んでいたキャロラインが、やっと震える唇を開いた。


「……何、言ってるの?あんたが悪役令嬢なのが……?」


「そうよ。あれは、わたくしとあなたが関わらない為の措置」

 何でもない事のように、ゴルデルゼは頷く。

「わたくしを“悪役”にしておけば、あなたの方からわたくしを避けるだろうと考えたの。現実で虐められなくとも、転生悪役令嬢物を想像して自重するかと思ったのに……見事にヒドイン道を突き進んでくれたわね、まったく」

 呆れた。とぼやくゴルデルゼだが、キャロラインはピンクの髪を振り乱して、ただただ首を横に振る。

「違う、違う、だって、ちゃんとやってるのに、全然好感度が上がらなくて……だから、それは、悪役令嬢のイベントがない所為で……」
「よく思い出しなさい。あのゲームの悪役令嬢イベントは、単なる婚約破棄の布石。攻略対象が助けにくる訳でもなく、好感度がアップする訳でもないーー寧ろ、攻略対象とのイベントを減らす、本当にただの邪魔にしかならないものだった。……そうでしょう?」

 愕然として、キャロラインはゴルデルゼを振り仰ぐ。
 その顔は、もうよく見なくてもわかる程に真っ青だった。

「じゃあ……どうして……?」

 消え入りそうな声で問われ、ゴルデルゼは可哀想なものを見るように眉を下げた。

「ステータス上げ」

「え?」
「あのゲームを通じて、教えたはずよ?攻略対象は、ヒロインの姿に惹かれるーーステータスを上げる事で、好感度がアップする仕組みだったのに。忘れてしまったの?」
「そ、それならちゃんとやったじゃない!!」

 ぴょんと、勇んで立ち上がるキャロラインに、ゴルデルゼは広げた扇子で顔を覆った。

「次期宰相と次期大魔導師にまとわり付いて、勉強の邪魔をした事を言ってる?あれなら、二人から苦情が来ていたけれど」
「苦情!?なんで!?」
「母親の為に勉強したいと熱心に頼むから教えてあげる事にしたのに、基本を知らない・同じ間違いを繰り返す・挙げ句に勉強中も無駄話しかしない。勉強する気があるとは到底思えないから、自分達の勉強の邪魔をされたくない……こんなの、苦情を入れられて当然でしょう?」

 ぱくぱくと、声を失ったように口を開閉するキャロライン。
 扇子の端からその様子を覗って、ゴルデルゼは、ゆったりと頭を振った。

「あなた……予習は?復習は?二人に教わって、何がわかった?どこがわからなかった?何について、もっと学びたいと思ったの?」
「……そんな……そんなの、知らない。だって、イベントをこなせば、ステータスが上がるはずで……」

 キャロラインが自らに言い聞かせるように呟くのを、ゴルデルゼはばっさり切り捨てた。

「へえ。男の方と好きな食べ物の話をしているだけで勉強した事になると、本気でそう信じていたの?」

 ぐっと言葉に詰まって唇をかみしめるキャロラインに、ゴルデルゼは容赦なく追い打ちをかける。

のヒロインが、母を救う為の勉強で、自習の一つもしない訳がないでしょう?一体何を考えていたの?」
「だって、そんなの、ゲームになかったから……」
「あらそう。ならあなた、排泄もしないし、月経もこないのね?そんなの、ゲームにないもの」

 あんまりな返しに、目を白黒させるキャロライン。
 さすがに少し恥じたように、ゴルデルゼが目を逸らした。

 ーーその視線の先で、松明の炎がゆらめく。

 伸びる影が先の闇をくすぐるのを眺めながら、ゴルデルゼはゆっくりと瞼を下ろした。

「……言い方を変えましょうか。今この世界に、“キャロライン”はあなた一人しかいないのよ」

 キャロラインの肩がビクッと震える。

「な、何言って……!」
「ゲームなんて所詮、いいとこ取りのダイジェストよ。プレーヤーがタップ一つで済ませている陰で、実際に努力したり、面白みのない雑事だらけの日常生活を代わりに送ってくれている、が、ゲームの中にいるの」

 ざあっとキャロラインの顔から血の気がひいて、彼女は鉄格子にすがり付く。

「……わかったかしら?この世界に、あなたに代わって地道に努力してくれる、別のヒロインはいない。が努力しなければ結果は出ないのよ?プレーヤーさん」

「ち、違う……違う、あたしは……」

 ずるずるとへたり込みながら呻くキャロラインを完全に無視して、ゴルデルゼは投げやりに続けた。

「まあ、貴重なご意見アリガトウ。次からは、予習復習の選択肢も入れておくわ。“しない”を選らんだら、ステータスが上がらないようにしてね」
「…………なによ……」

 頭を掻きむしり、キャロラインが絶叫する。


「何よ何よ何よ!!!あんた、一体なんなのよ!!!」


 絶望と怨嗟の怒号。
 しかし、それを受けたゴルデルゼの口元は、ようやくその質問がきたと言うようにほころぶ。

「わたくしは“託宣者”。この世界の神と、繋がる者よ」
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