ネット民、異世界を行く

灰猫ベル

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魔界大作戦

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 酒井は死んだ。彼の事は好きにはなれなかったが、前向きな性格だったので居なくなると一行は静かになった。

 僧侶は酒井を治療できなかった件で国王の怒りを買い処断となり、僧侶の代替の回復要員として国王親衛隊の神官サーシャが派遣されてきた。

 サーシャは背は170センチくらいあるスラッとした女性で、歳は20代くらいに見える。僧侶を処断したのは彼女だ。サーシャの即死魔法を受けた僧侶は眠るように亡くなった。苦しまないように執行したのはサーシャの慈悲なのか、それとも面倒事が嫌いなだけなのか、まだわからない。

 サーシャの他に、指揮官として千人将軍スパイクと彼の部下1,000名が到着し、観光の町は軍の管理下に置かれた。


「作戦の説明をする。魔法使いは魔導部隊50名を指揮し転送魔法を担当、200人ずつ5回に分けて魔界王城に部隊を転送。任務完了後は部隊をケロハメの町に収用。スパイクは初回の転送で移動、転送後速やかに部隊を展開して出来る限り派手に城内を混乱させてくれ。アルデとサトシ、サーシャは半日後に俺と一緒に魔界王城深部に直接転送、そこで魔王の封印を解き魔王を説得する」

 勇者はよく通る声で作戦の説明を行った。彼の声には一切の迷いもない。この戦いで多くの者が命を落とすだろうが、兵の不安は勇者の声で払拭されたようだった。

「これが勇者の持つ能力、【人心掌握めいれいさせろ】じゃ。噂には聞いておったが相当のものじゃな。兵も勇者のためなら喜んで死ぬことじゃろう」
 アルデの解説に俺はうなずいた。

「とはいえ、儂らレアジョブの者には効き目は薄いし、魔族には全く無力じゃがの」

「ところでアルデ。サーシャはあの若さで特別な地位にいるみたいだが、彼女はレアジョブじゃないのか?」

「サーシャはレアジョブではないな。神官職はアンコモンではあるがの。本人の才能もあるが、訓練次第でその役割を担える職はレアジョブではない。それに対しレアジョブと言うのはその生まれに大きく左右される。勇者は生まれながらに勇者の才を持っていたと聞く。儂やサトシは異世界の血が流れておる」

「へぇ、そういうもんかぁ......」

「そういうもんじゃ」
アルデは可愛らしく微笑んだ。



 作戦が始まった。
 ケロハメの町の中央広場には無数の魔方陣が描かれ、それぞれの魔方陣の中央には兵士が四人ずつ立っている。広場の外周では町人や観光客が興味深そうにその様子を見ていた。

「作戦開始だ!!!」
「おおおおおおおお!!!」

 勇者が号令をかける。それに呼応し兵士たちが雄叫びをあげる。魔方陣が放つ青白い光は兵士たちを飲み込んでゆく。数十秒ほどの煌めきの後に魔方陣の人影は消えた。

 待機していた兵たちが魔方陣に乗り込む。その様子を見て俺は通勤で使う山手線を思い出していた。



 一時間ほどで兵の転送は完了した。魔法使いたちは魔力を使い果たしたのだろう、疲弊しきってその場に座り込んでいる。

「スパイクは国軍でも有数の指揮官だ、うまくやってくれる。
 ......あとは俺たちがうまくやらないとな」

 勇者は少し緊張しているようだった。


 半日後、俺たちは広場に向かった。

「魔法使い、俺が合図したら全軍収用してくれ。頼んだぞ」

「任せといてよ( ・`ω・´)」

 魔方陣に勇者、アルデ(&バラン)、サーシャ、俺が乗り込む。

「魔法使い、頼む」

 魔法使いが呪文を詠唱する。体が光に包まれた次の瞬間、光の中で深い穴に落ちるような感覚を覚えた。絶叫マシンに乗ったときのフワッとした感覚と同じだ。

 やがて光がおさまり、俺たちは映画館ほどの広さの天井の高い暗い部屋にいた。

「ここが魔界王城最深部、封印の間だ......」

 勇者が呟いたその時、闇の中で金属質の煌めきが見えた。

 ガギィッン!

 勇者は咄嗟に左手の盾でその煌めきを受け止め、体をねじるようにして目の前の空間を切り裂いた。同時にサーシャは光の玉を作り出し、高く放り投げる。

 明るく照らされた部屋の中には十数名の魔族がいた。

「勇者ァ!手前何しに来やがった!」
 全身を黒い鎧で覆った男が叫ぶ。一見人間に見えるが、肌の色は青く、耳はとがっている。白髪に赤い瞳、魔族だ。

「悪いな、もうここには来る気はなかったんだが、そこの指輪に用があってね」
 勇者の視線の先には光の檻に封じられた玉座があり、玉座の上には指輪が置かれていた。

「何の用かは知らねぇが、この魔将軍べリアルがいるからには指輪にゃ手を出させねぇ! お前たち!やっちまえ!!」

 そう言うとべリアルは同じく黒い鎧に身を包んだ大男たちと共に襲いかかってきた。やばい、この状況で生き残れる気がしない。

光の加護シャインガード!」
 サーシャが俺に魔法をかけてくれた。体が一気に軽くなる。と同時に相手の動きが遅く見えるようになった。これで逃げ回る他に生き残る術は無さそうだ。

「勇者ァァァ!死にやがれェェッ!」
 べリアルの両手の爪が伸び、金属の光沢を放つ。勇者に向かって高速の斬撃を繰り出す。

ギィンッ!ギィンッ!

 勇者も長剣で応戦する。両者の力量は拮抗しているようだ。息つく間もない斬撃の応酬、体勢も複雑に入り組むため、周りも手が出せない。

「覚悟ォっ!」
「死ねぇぇぇい!」
 敵がアルデに襲いかかった。

「アルデ!危ない!」

 俺が叫ぶとアルデはいたずらな笑みを浮かべ、バランの上に立った。

「バラン!ゆくぞ!合体じゃ!」

 アルデの掛け声に応え畳まれたバランの手足が展開され全長5メートルほどの大きさとなり胴体にコックピットが現れた。アルデがその中に滑り込むと重厚なハッチが閉じた。

「機人合体!アルデバラン!参上!」

「バルカンじゃァっ!」

 アルデバランの左手の指先の穴から一斉に銃弾が飛び出す。
 ダダダダダダダダダダ......!!!

「うぉおおぉ!?」
「いってぇぇ!」 

 大男たちが怯んだ。その隙にサーシャが追撃をかける。

光の矢シャインアロー!」

 サーシャの周囲の空間から無数の光の矢が生み出され放たれた。

「やらせん! 闇防壁魔法ダークウォール

 敵の一人が素早く印を切る。すると透明な壁が現れた。サーシャの放った矢は壁で遮られる。

「はははは!人間よ、貧相な魔法だな!」
「次はこちらの番だ!」

「やっぱり魔族はおバカさんね」
光爆発魔法シャインバースト!」

 壁に刺さった光の矢が爆発を起こす。壁の近くに立っていた敵が数人吹き飛ばされた。

「上級職の放つ矢がただの矢で済む訳がないでしょう?」

「おのれ!......ならばっ!」
闇の加護ダークガード

 敵が闇のオーラを纏いサーシャに襲いかかる......が、アルデバランがそれを阻止する。

「食らえぃアルデバランパンチ!」

 アルデバランはきれいな姿勢で全身のバネを使い正拳突きを敵の顔面にヒットさせた。敵は頭を木っ端微塵に粉砕されその場に倒れる。続けざまにアルデバランは高くジャンプした。

「こいつっ!速い!」

 サーシャの生み出した光球をバックに空中でアルデバランが足を突き出し、爪先からドリルが現れる。逆の足の裏にはスラスターが現れた。

「必殺!ドリルキィィーック!!」

 スラスターが唸りをあげる。アルデバランは高速回転しながら敵の中心に突っ込んだ。

ドオオォン!
 
 大轟音と共に青い血煙が舞う。すかさずサーシャが敵の集団に光の矢を放つ。

「おい!サーシャ!アルデに当たる!」
 俺の注意に応えたのはアルデだ。

「問題ない、バランの装甲には対魔法コーティングを施してある故、このアルデバランには物理攻撃以外は効かん」

「その装甲の輝きから判っていましたよ」

 サーシャは微笑むと光爆発魔法を唱えた。敵が吹き飛ぶ。アルデバランとサーシャの二人で敵の大多数を殲滅した。こちらの優勢は明らかだ。

「どうするべリアルっ!?まだ続けるかぁっ!」
「ちぃぃ!クソがァ!」

 勇者とべリアルが間合いをとった。

「はぁはぁ……おい手前ぇ……、何が目的だ!」

「俺たちの目的は……ダムーとの軍事同盟を結ぶことだ……」

「……軍事……同盟……だと?」

「近日中に赤い月の軍勢がこのヌージィガを侵攻する。その前に魔王軍と同盟を結びたい」

「あそこの連中が侵攻かけるにゃ星間転送魔法が必要なはずだぞ?」

「赤い月はすでに星間転送魔法の再現に成功していると言われている。現に青い月、白い月は赤い月の勢力下となった」

「マジか……」
 べリアルは愕然とした。

「いいだろう、ここを通してやる。その話、ダムー様にやってみろ。俺たちはダムー様の命に従うだけだ」


 勇者は玉座に近づくと、光の檻を開けた。……その時。部屋の扉が開かれ、突風が吹きこんできた。……そして。封印の指輪が切断された。

「ダムー様!?」

 指輪の切断面から青い血がとめどなく流れる。

「これで魔王の脅威から世界は救われましたとさ♪」
 扉の向こうにはケロハメの町で俺たちを収容するはずの魔法使いがいた。

「勇者!手前ェこれはどういう事だ!」
 べリアルが勇者に向かって叫ぶ。
「訳が分からない、サーシャ、指輪を修復可能か?」
「やってみます!」

「おい、魔法使い。これはどういう事だ?お前は町で待機しているはずだが」

「ごめんね勇者☆ あたし、赤い月の特命将軍なんだ☆ んで、ここでみんなとはさよならなんだ(笑)」

 そう言うと魔法使いは轟音で渦巻く炎の玉を生み出した。
「皆ごめんね。一緒に死のうね☆」

「自爆か!」

「アルデさんっ! 光の加護シャインガード!」
 アルデバランが光り輝き、スラスター全開する。炎の玉は今にもはじけ飛びそうな勢いだ。

 間一髪、アルデバランが魔法使いの首をはねる。炎の玉は勢いを失った。

「指輪が!!」
 べリアルが指輪に駆け寄る。が、そのまま指輪は崩れ去ってしまった。

「ちくしょう、マジかよ……」
 勇者は落胆している。彼が初めて見せた表情だった。
「これからの戦い、魔王なしじゃぁ俺たちに勝ち目はない……」

「いや、魔王ならまだいるぜ」
 べリアルが言った。
「魔王ダムーは死んだ。よって皇太子である俺が今から魔王だ。
 赤い月の連中は先代魔王の仇だ。魔族一同これより国王軍と協力し赤い月の侵略からこの星を守ろう」

 勇者とべリアルが握手した。

「べリアル、よろしく頼む」
「任せとけ。魔族を嘗めるなよ」
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