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灰猫ベル

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本編

第四十一話 紅月隊七番隊隊長、鋼のヴェアー

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「全ての残存兵及び国民に伝えよ。命を賭して敵に当たれとな」

 タルフは幹部に命令した。
 直ちに幹部たちは伝達魔法の詠唱を始める。


 ゴソ……
 かすかな音を立て、積み上がった灰が動いた。

 タルフは右目だけでそちらを見る。
 灰はふわりと崩れ落ち、あたりに舞う。その中には二つの影があった。

「ほゥ……私の火炎竜巻魔法を受けて生きておったか」

万物固定マルチフィクス……周囲の空気を固定しました」

 リマが特殊能力「万物固定マルチフィクス」でタルフの魔法攻撃を防御したのだ。

「なんと! まだ生きていただと!」

 ロスワ幹部がどよめく。幹部たちは伝達魔法の詠唱をやめ、攻撃魔法の詠唱に切り替える。それぞれ両手をヴェアーたちにかざした。
 その様子を確認しヴェアーが呟く。

「多勢に無勢、敵は攻撃行動に移行済み……」

 幹部たちの手のひらからそれぞれ火炎、氷の刃、真空波が放たれ、ヴェアーたちに襲いかかる。

「だが」

 ヴェアーは古びた大剣を左肩に背負うように構え、足を肩幅より広めに開きながらすっと体重を移動する。
 敵の放った魔法攻撃が体に触れるか否かのタイミング、古びた大剣が腰の回転に合わせ大きく振られる。大剣の先端の速さはもはや目視できない。斬撃は凄まじい衝撃波を伴いながらその軌道上の魔法攻撃をかき消した。
 形を失った魔法が光を放ちながら宙に散る。

「な……馬鹿な……」

 幹部たちはいずれも驚きの表情を浮かべる。
 無理もない、ロスワの幹部層はこの世界でも屈指の魔道士であり、その魔法攻撃は超強力なものである。
 それが剣の一振りでかき消されるなどとは想像すらできなかった。

「……星の数をも超えるほどに振った剣だ」

 その言葉を裏付けるように、ヴェアーの両腕は丸太のように太く逞しい。

「えぇい! 敵は高々二人、臆してなるものか」

 ロスワ幹部は再度攻撃魔法の詠唱を始める。魔法光がそれぞれの手のひらに集う。

「行くぞ、リマ」
「承知しました」

 二人は素早く敵の左右に分かれた。
 幹部たちの幾人かは自分が狙うべき相手を把握するのに一瞬の戸惑いを見せる。その隙が命取りとなる。
 スライディングで床を滑るリマが横投げでナイフを投げる。投げたナイフは敵の体に刺さり、悲鳴が上がる。横投げで開いた腕はそのまま背中の矢筒に伸び、矢を取る。地に這う格好で大きく足を開いてリマは弓を構え、次々に矢を放った。放った矢は敵の眉間を貫く。

 一方ヴェアーは敵の右方から直線的に敵集団に向かって走った。幹部たちの手から攻撃魔法が再び放たれる。魔法はヴェアーに直撃したが、ヴェアーは僅かな怯みも見せず直進し、敵集団の一歩前で前のめりに転げた。その直進と回転運動で大剣が上方から振り下ろされる。直撃を受けた敵はもちろん、その側にいた者も大剣が生み出す衝撃波の圧で吹き飛ばされた。

 十数秒程度の交戦で十名ほどいたロスワ幹部たちは全滅した。
 その様子をタルフは見下ろしている。

 ヴェアーはタルフに向かって弓を構え、立て続けに三本の矢を放ち叫ぶ。

「リマ!」
「はい! 万物固定マルチフィクス

 矢が空中に固定され、それをヴェアーは足場にして、塔外部の空中にいるタルフに斬りかかった。
 タルフは攻撃を避けようと試みるが、ヴェアーの攻撃範囲外にいると油断していたためその突拍子もない攻撃に反応が遅れる。
 ヴェアーの斬撃は光の如く速く、タルフの左脛を粉砕した。その反動でヴェアーは再び塔内部に跳ね戻る。
 タルフはダメージにより飛行魔法の集中が途切れ、姿勢を保てなくなり、塔内部に降り立った。

「ムゥっ……、ヌージィガには『九大将きゅうだいしょう』と呼ばれる猛者がおるとは聞いていたが……貴様が……」

 巨体のタルフは失った左脛を庇いながら呻いた。

「その通り。私は紅月隊七番隊隊長、鋼のヴェアー」

「……ヴェアーか……いかにも蛮族らしい粗暴な名だ……」

 ヴェアーの二の太刀がタルフの右肩に振り下ろされる。
 タルフはその一撃を待っていた。

 ドゥという低い轟音とともに閃光がタルフの右肩から放たれる。爆発魔法……衝撃魔法と火炎魔法を超圧縮して待機状態にしておき、外部からの物理刺激によって発動するカウンター魔法だ。
 ヴェアーの体は吹き飛ばされ、塔の外部方向に投げ出される。虚を突かれた一撃にヴェアーの視線は定まっていない。

「隊長!」

 リマはヴェアーが墜落しないように万物固定マルチフィクスをヴェアーに対して発動、ヴェアーの体は塔に大きく開いた窓まであと一歩程度の距離に固定され、墜落を免れた。
 その対応のためリマの敵への注意が逸れた。タルフはリマの集中が切れたことを見逃さず、腹部を一抱えほどもある拳で殴りつけた。

「うぅッ……!」

 強い衝撃、身体の中心から背中の方向と末端の方向に血や内臓や体液が寄っていくような感覚。リマの目は充血し、口から胃液が噴出し、股間からは糞尿が垂れ出る。リマはその場に崩れ落ちた。
 タルフはさらにリマに対し、拳を振り下ろす。リマにできることは薄い意識の中でうずくまることだけだった。そのの丸まった背中をタルフは殴りつぶす。リマの耳には自分の背骨が砕ける体内音が響いた。

 意識の薄れたリマを視界に入れつつ、ヴェアーは体勢を整え再度タルフに斬りかかる。
 立て続けに振るわれた三度の斬撃に対し、タルフは腕を交差させて防御した。その腕には防御魔法が施されているためダメージは軽微なものだ。

「二対一なら分からなかったが、一対一ならば何とかなろう……」

 タルフは多重に魔法の呪文を詠唱し始めた。

「先ほどはこの娘の能力で無事だったようだが、今度はそうはいかんぞ……火炎・疾風魔法ラピッドファイアァ!」

 タルフの両肩の上に火球が現れる。その火球から無数の炎の雨が降り注ぐ。
 避ける隙間もない炎の雨が全身を焦がす。ヴェアーは大剣を盾代わりに構えるが、炎は衣服に燃え移る。
 次の斬撃を放つため息を吸ったヴェアーだったが、顔付近の酸素は燃焼により失われており、酸欠を感じ一瞬頭がぼうとなる。それでも振りぬいた一撃は、タルフの顎をかすめ長い顎髭を散らしただけだった。
 斬り上げた剣の重みに体を持っていかれ、ヴェアーはのけぞる。その両脇腹をタルフが掴む。

「死ねぃ……小僧! 劫火焼却魔ヘルファイ……」

 掴まれた刹那、ヴェアーは渾身の腕力で大剣を水平方向に振った。跳ね車の要領でヴェアーの身体がスピンする。タルフの両手を巻き込みながら。

「あぁァァ!?」

 ギアに巻き込まれたようにタルフの両腕が砕けながらヴェアーに巻き付く。そして、その喉元に大剣の切っ先が触れ、抉り取ってゆく。

「いかん、真空斬撃魔法ヌルァブルカッター

 タルフは真空刃を生じさせ、自らの両腕を切り落とすことで首を落とさんとするヴェアーの斬撃から逃れた。
 両腕を失うことで、バランスを失ったタルフはその場に尻もちをつく。すかさずヴェアーは弓を引き、矢を放つ。矢はタルフに着弾すると爆発した。先程同様の爆発魔法が他にも仕掛けられていたのだ。

「同じ手は食わん」

 爆発魔法が発動済みであることを確認し、ヴェアーはタルフに斬りかかった。
 左足と両腕を失ったタルフは、必死に魔法を詠唱する。

火炎・疾風魔法ラピッドファイア
劫火焼却魔法ヘルファイア
疾風防壁魔法エアロバリア

 多重に発動する魔法がタルフの周囲を取り囲み、炎の雨となって降り注ぐ。しかしヴェアーは怯むことなくタルフの懐に飛び込むと思い切り体をひねった。

「ヌンっ!」

 足の踏ん張りが腰の回転を支え、腰の回転が腕の振りを大きくする。古びた大剣が弧を描き、タルフの喉に水平の切込みを入れる。
 魔法が実体を失い、光の粒になって宙に舞う。
 タルフは目を見開き、口を大きく開けたまま震わせる。呼吸を求めるが、その口鼻からの酸素供給は行われず、流れる血液が肺に流れ込んでゆく。 
 咳き込みながらタルフはその場に倒れた。



 ヴェアーは倒れているリマのもとへ歩んだ。リマは重傷を負い、今にも命が途切れそうになっている。

「た……隊長……」

「話すな。本陣に連れ帰る。今しばらく耐えよ」

 ヴェアーはリマを背負い、来た道を引き返す。
 王に任務失敗の報告をしなければならない。
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