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本編
第五十話 今回の事象に関する対応方針検討ミーティングを実施いたします。
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夜が明けた。
「……四番隊、五番隊、六番隊は優勢ね」
味方優勢の戦況報告を受けても紅月隊総長クローディアの表情は晴れない。
ロスワの元首都グジンにある中央評議会塔に設置された作戦室では、音術の使い手である八番隊隊長イシュファラを通し、サトシたちおよび軍幹部たちが戦況を把握していた。
前線にいる三つの隊が相当な数を倒しているとはいえギガン軍はその数が多い。
百万人を超えるギガンの超大軍は国境を越え、元ロスワ首都であるグジンを目指している。
ロスワ地域とギガン国の間は荒れた平野が広がっており、防衛は非常に難しい。
かろうじて三つの町でヌージィガの精鋭部隊「紅月隊」がギガン軍に万単位の被害を与えてその進軍を食い止めているが、指の間からこぼれる砂のようにギガン軍は侵攻を続けている。
「リマ、壁の状況はどうだ?」
ロスワ地域の管理責任者に任命された七番隊隊長のヴェアーが尋ねる。
「壁は先ほど展開済み、グジンからの目視限界点に展開しています」
ここで言う「壁」というのはつまりは人だ。
ヌージィガ軍は、敵大軍に対し薄く長い壁状に部隊を配置し拠点を防衛する作戦をとった。
一人百殺とまではいかないにせよ、一人十殺すれば敵の戦力を大きく削ぐとともに、進軍を大きく遅らせることができる。
壁は一時的なしのぎに過ぎず、時間を稼いでいる間に敵大将首をあげることで戦闘の早期決着を図る作戦だ。
壁と呼ばれる防衛軍の指揮はロスワ管轄部隊である七番隊副長のリマが執ることになっている。
トントントンと、作戦室のドアをノックする音がし、兵士が入ってくる。
「ヴェアー隊長に報告します。戦場地域の首長たちが来ています」
「入るように伝えてくれ」
ヴェアーは首長たちを作戦室に通した。
首長たちの服装は壮麗ではあるが、ここまで荒野を急ぎ走ってきたのだろう、その衣服には砂で汚れていた。
「どのような用件だ?」
口数少なく、無表情なヴェアーの言葉は相手に威圧感を与える。ましてや戦勝国の将軍だ。首長たちは怯えた表情を浮かべる。
「大丈夫です。何でもおっしゃってください」
すかさず副長のリマが女性ならではの柔らかい物腰でフォローを入れる。
「……では申し上げます……」
一人の首長が口を開く。
「ギガンの軍による略奪、殺戮はひどいものです。多くの住民が命を落としました。願わくばグジンへの避難を認めてもらえませんでしょうか」
「わかった、認めよう。住人たちは今どこに?」
ヴェアーは即答した。
「今、グジン目指して移動しております」
「間に合うのか?」
「……わかりません、ここにたどり着くまでにどれほどの被害が出るものか……」
首長はうなだれる。
ヴェアーはリマに尋ねた。
「リマ、防衛陣の間隔はどこまで広げられる?」
「あと百歩分程度が限界かと思われます」
「では、百歩前進するように指示を出してくれ」
「承知しました」
サトシはそれらのやり取りをぼんやりと眺めていた。
ユカに別れ話を切り出された一件以来、何も考えることができていないし、まだ寝ることができていなかった。
軍議は一旦休憩に入る。
「皆、俺は少し席を外すから、次の軍議の時に呼びに来てくれ」
サトシは必死であくびをこらえながら、焼け落ちた屋敷の代わりに中央塔内に用意された自室へと戻った。
◇
サトシに用意された部屋は、元々議長室として使われていた部屋だ。その部屋の中に新木で作られた急造のベッドが置かれている。
古木のベッドとは違い、横になると継ぎ目から大きくきしむ音がする。装飾のないシンプルな作りをしていて、サトシは「自分の世界」にある、自分のベッドを思い出した。
新しいベッドは大きく、サトシは強い眠気を感じつつも、冷たい緊張感と孤独感の中で眠れずにいた。
――ユカ……。
サトシの目に涙がたまる。
恋人の存在の大きさは恋愛経験の量と、その恋愛の質によって変わる。
サトシはユカと交際するまで、男女交際をしてこなかった。もっとも、タケルとの入れ替わりによって性行為の経験はあったが。
初めての恋人というものは特別なものだ。初めての興奮に理性を失う者も多い。サトシもそのような状態であった。
理性を失うほどに入れ込んだ相手に別れを告げられるというのは、自分の気持ちの半身を失うようなもので、正常な精神を取り戻すには時間、あるいは別の興奮が必要だ。
どれくらいの時間がたっただろうか、サトシは眠りと覚醒の間を漂っていた。
目の前に白くぼんやりと浮かび上がる人影がある。
胸元に手を伸ばす。
柔らかな感触に安心する。と、ともに突起を求めて指を這わせる。
先端の硬い部分をつまみ、口に含む。
「ユカ、離れないで……」
優しい手がサトシの頭を撫でる。
「ユカ……」
サトシはその人影の腰を抱き寄せた。
いつも抱く腰よりも細い。
少し驚き、サトシは目を開く。ぼやけた視界に知った顔が見えた。
「……クローディア……」
「目を覚ましたみたいね」
クローディアは上体を起こし、サトシの額にキスした。
額から口、口から胸、胸の次に硬くなった部分に唇は動く。
「あぁ、いいぞ……」
サトシは腰を浮かせる。
そこでクローディアは唇を離した。
「え? なんで?」
クローディアは微笑む。
「続きはこの戦いが終わってからね」
そういうとクローディアは裸にマントを羽織り、部屋を出て行った。
◇
男というものは単純で流されやすいものだ。
寸止めされたことでサトシはクローディアを強く意識するようになり、「続き」を期待するようになった。
無論ユカのことを忘れたわけではないが、欲は男の心を「この世界」に引き留める。
「さぁ、軍議を再開しようか」
サトシは軍議の再開を宣言した。
「今回の作戦について、再度確認を行います」
作戦の概要をクローディアが説明する。
「簡単に述べますと、『壁』に敵軍が接触したところで壁の内側に待機している精鋭部隊で敵大将に向かい一点突破。壁が敵を抑えているうちに敵の頭を叩きます」
「で、大将の位置は分かっているのか?」
「大体の位置は把握できております」
「勝算は?」
「五分五分といったところです」
クローディアはためらいもなく言った。
一瞬場内に沈黙の空気が流れる。
沈黙を破ったのはソウコウだ。
「五分五分とのことだが……今回の作戦の成否を分ける最大の要素は?」
「敵大将の場所の把握と、そこまで到着できるかがすべてね」
「つまり、敵大将の居場所までたどり着ければなんとかなる、と」
「そういうことになるわ」
サトシが追加で尋ねる。
「仮に……敵大将の居場所へ直接部隊を送り込めるとすれば、何人送り込めば敵を仕留められる?」
「仮に……ですか?」
クローディアは一息程度考えて答えを述べる。
「あくまで、仮に、ですけど。それが可能なのであれば……」
「隊長クラス二名で十分です」
「よし、分かった……」
サトシは立ち上がる。
「王の名のもとに作戦を変更する! 一点突破部隊は解散し、壁部隊に合流。壁部隊は街の防衛と避難民の受け入れに専念せよ」
場内がどよめく。当然のことだ。
クローディアも目を白黒させている。
「敵大将への突撃は俺と他二名で行う」
場内がさらに大きくざわつく。
王の発言は、自ら死にに行こうとしているようにしか聞こえない。
「王様、血迷っておいでか?」
最初クローディアにはサトシが血迷ったとしか思えなかったが、その眼光を見てそうではないと認識した。
王の目は冷静に計算している男のそれだ。
「敵大将への突撃は空から行う。クローディア、敵大将を討つ二名を選抜してくれ」
「であれば、私、それに……ソウコウが適任かと」
そう言ってクローディアはソウコウに目配せした。
ソウコウをそれを受けて不敵に口だけで笑顔を作る。
「よし分かった、作戦開始は日没後だ」
「……四番隊、五番隊、六番隊は優勢ね」
味方優勢の戦況報告を受けても紅月隊総長クローディアの表情は晴れない。
ロスワの元首都グジンにある中央評議会塔に設置された作戦室では、音術の使い手である八番隊隊長イシュファラを通し、サトシたちおよび軍幹部たちが戦況を把握していた。
前線にいる三つの隊が相当な数を倒しているとはいえギガン軍はその数が多い。
百万人を超えるギガンの超大軍は国境を越え、元ロスワ首都であるグジンを目指している。
ロスワ地域とギガン国の間は荒れた平野が広がっており、防衛は非常に難しい。
かろうじて三つの町でヌージィガの精鋭部隊「紅月隊」がギガン軍に万単位の被害を与えてその進軍を食い止めているが、指の間からこぼれる砂のようにギガン軍は侵攻を続けている。
「リマ、壁の状況はどうだ?」
ロスワ地域の管理責任者に任命された七番隊隊長のヴェアーが尋ねる。
「壁は先ほど展開済み、グジンからの目視限界点に展開しています」
ここで言う「壁」というのはつまりは人だ。
ヌージィガ軍は、敵大軍に対し薄く長い壁状に部隊を配置し拠点を防衛する作戦をとった。
一人百殺とまではいかないにせよ、一人十殺すれば敵の戦力を大きく削ぐとともに、進軍を大きく遅らせることができる。
壁は一時的なしのぎに過ぎず、時間を稼いでいる間に敵大将首をあげることで戦闘の早期決着を図る作戦だ。
壁と呼ばれる防衛軍の指揮はロスワ管轄部隊である七番隊副長のリマが執ることになっている。
トントントンと、作戦室のドアをノックする音がし、兵士が入ってくる。
「ヴェアー隊長に報告します。戦場地域の首長たちが来ています」
「入るように伝えてくれ」
ヴェアーは首長たちを作戦室に通した。
首長たちの服装は壮麗ではあるが、ここまで荒野を急ぎ走ってきたのだろう、その衣服には砂で汚れていた。
「どのような用件だ?」
口数少なく、無表情なヴェアーの言葉は相手に威圧感を与える。ましてや戦勝国の将軍だ。首長たちは怯えた表情を浮かべる。
「大丈夫です。何でもおっしゃってください」
すかさず副長のリマが女性ならではの柔らかい物腰でフォローを入れる。
「……では申し上げます……」
一人の首長が口を開く。
「ギガンの軍による略奪、殺戮はひどいものです。多くの住民が命を落としました。願わくばグジンへの避難を認めてもらえませんでしょうか」
「わかった、認めよう。住人たちは今どこに?」
ヴェアーは即答した。
「今、グジン目指して移動しております」
「間に合うのか?」
「……わかりません、ここにたどり着くまでにどれほどの被害が出るものか……」
首長はうなだれる。
ヴェアーはリマに尋ねた。
「リマ、防衛陣の間隔はどこまで広げられる?」
「あと百歩分程度が限界かと思われます」
「では、百歩前進するように指示を出してくれ」
「承知しました」
サトシはそれらのやり取りをぼんやりと眺めていた。
ユカに別れ話を切り出された一件以来、何も考えることができていないし、まだ寝ることができていなかった。
軍議は一旦休憩に入る。
「皆、俺は少し席を外すから、次の軍議の時に呼びに来てくれ」
サトシは必死であくびをこらえながら、焼け落ちた屋敷の代わりに中央塔内に用意された自室へと戻った。
◇
サトシに用意された部屋は、元々議長室として使われていた部屋だ。その部屋の中に新木で作られた急造のベッドが置かれている。
古木のベッドとは違い、横になると継ぎ目から大きくきしむ音がする。装飾のないシンプルな作りをしていて、サトシは「自分の世界」にある、自分のベッドを思い出した。
新しいベッドは大きく、サトシは強い眠気を感じつつも、冷たい緊張感と孤独感の中で眠れずにいた。
――ユカ……。
サトシの目に涙がたまる。
恋人の存在の大きさは恋愛経験の量と、その恋愛の質によって変わる。
サトシはユカと交際するまで、男女交際をしてこなかった。もっとも、タケルとの入れ替わりによって性行為の経験はあったが。
初めての恋人というものは特別なものだ。初めての興奮に理性を失う者も多い。サトシもそのような状態であった。
理性を失うほどに入れ込んだ相手に別れを告げられるというのは、自分の気持ちの半身を失うようなもので、正常な精神を取り戻すには時間、あるいは別の興奮が必要だ。
どれくらいの時間がたっただろうか、サトシは眠りと覚醒の間を漂っていた。
目の前に白くぼんやりと浮かび上がる人影がある。
胸元に手を伸ばす。
柔らかな感触に安心する。と、ともに突起を求めて指を這わせる。
先端の硬い部分をつまみ、口に含む。
「ユカ、離れないで……」
優しい手がサトシの頭を撫でる。
「ユカ……」
サトシはその人影の腰を抱き寄せた。
いつも抱く腰よりも細い。
少し驚き、サトシは目を開く。ぼやけた視界に知った顔が見えた。
「……クローディア……」
「目を覚ましたみたいね」
クローディアは上体を起こし、サトシの額にキスした。
額から口、口から胸、胸の次に硬くなった部分に唇は動く。
「あぁ、いいぞ……」
サトシは腰を浮かせる。
そこでクローディアは唇を離した。
「え? なんで?」
クローディアは微笑む。
「続きはこの戦いが終わってからね」
そういうとクローディアは裸にマントを羽織り、部屋を出て行った。
◇
男というものは単純で流されやすいものだ。
寸止めされたことでサトシはクローディアを強く意識するようになり、「続き」を期待するようになった。
無論ユカのことを忘れたわけではないが、欲は男の心を「この世界」に引き留める。
「さぁ、軍議を再開しようか」
サトシは軍議の再開を宣言した。
「今回の作戦について、再度確認を行います」
作戦の概要をクローディアが説明する。
「簡単に述べますと、『壁』に敵軍が接触したところで壁の内側に待機している精鋭部隊で敵大将に向かい一点突破。壁が敵を抑えているうちに敵の頭を叩きます」
「で、大将の位置は分かっているのか?」
「大体の位置は把握できております」
「勝算は?」
「五分五分といったところです」
クローディアはためらいもなく言った。
一瞬場内に沈黙の空気が流れる。
沈黙を破ったのはソウコウだ。
「五分五分とのことだが……今回の作戦の成否を分ける最大の要素は?」
「敵大将の場所の把握と、そこまで到着できるかがすべてね」
「つまり、敵大将の居場所までたどり着ければなんとかなる、と」
「そういうことになるわ」
サトシが追加で尋ねる。
「仮に……敵大将の居場所へ直接部隊を送り込めるとすれば、何人送り込めば敵を仕留められる?」
「仮に……ですか?」
クローディアは一息程度考えて答えを述べる。
「あくまで、仮に、ですけど。それが可能なのであれば……」
「隊長クラス二名で十分です」
「よし、分かった……」
サトシは立ち上がる。
「王の名のもとに作戦を変更する! 一点突破部隊は解散し、壁部隊に合流。壁部隊は街の防衛と避難民の受け入れに専念せよ」
場内がどよめく。当然のことだ。
クローディアも目を白黒させている。
「敵大将への突撃は俺と他二名で行う」
場内がさらに大きくざわつく。
王の発言は、自ら死にに行こうとしているようにしか聞こえない。
「王様、血迷っておいでか?」
最初クローディアにはサトシが血迷ったとしか思えなかったが、その眼光を見てそうではないと認識した。
王の目は冷静に計算している男のそれだ。
「敵大将への突撃は空から行う。クローディア、敵大将を討つ二名を選抜してくれ」
「であれば、私、それに……ソウコウが適任かと」
そう言ってクローディアはソウコウに目配せした。
ソウコウをそれを受けて不敵に口だけで笑顔を作る。
「よし分かった、作戦開始は日没後だ」
応援ありがとうございます!
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