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第2章 フェルミ通商条約機構の一員として
第24話 パシィの英雄
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中型の惑星パシィ。
人口50億人の中型文明、宇宙開発の黎明期にあるこの星の民は「マインドトランス」という精神共有技術を持つ。この技術は距離、障害物を無視して互いの意識を共有できるというものだ。
傍受不能な通信技術は戦局を大きく変える。
フェルミ通商条約機構の加盟要件は「星団において単一文明による統治がなされていること」であるが、この星は加盟要件を満たす。
しかし、フェルミより先にジェミが軍事同盟マインドトランスに目をつけた。
ジェミはパシィに自軍営への加盟を打診。近日中に惑星パシィにて会談が行われるとみられる。
◇
プレアデスは今、惑星パシィの近辺を通常航行中だ。
「どうしましょう! パシィがジェミに付いたら大ピンチですよぅ」
ウサが手を振って騒ぐ。高い位置でまとめたポニーテールが揺れ、アルデの顔に触れる。
「ウサ、前から思ってたんじゃが、お前はムーハ人らしくないのう。落ち着きがないというかなんというか……」
「エエエエェェ……」
ウサはショックを受け項垂れる。
「……では、これで引き継ぎは以上だ」
ソウコウからサトシへ、シフトの引き継ぎが行われる。
警戒時、戦闘時は全乗務員が任務に当たるが、通常航行中は3交代のシフト制を採用している。
なお、指揮官シフトはソウコウ、サトシ、ユカの順だ。
「マァル、話がある。艦長室に来てくれ」
◇
艦長室。ソウコウの執務室であると同時に居室でもある。ソウコウにはこれと言った趣味はない。故に机と椅子、目隠しの壁の向こうにはシャワーとベッド。飾りの一切ない質素な部屋となっている。
「で、話とは?」
マァルが切り出す。
「マァル、任務を一つ頼みたい」
ソウコウの表情はいつものような微笑みではない。冷たい顔をしている。
「……ジェミの大使暗殺か……」
「察しが良いな」
「表沙汰には出来ない任務だ」
マァルがニヤリと笑う。
「敵の大使を乗せた艦が数時間後にここを通過する。その船に乗り込み、大使を暗殺。船を制圧しパシィを攻撃させろ」
「敵の信用を失わせる訳だな」
「なお……」
ソウコウが言いかけた続きをマァルが代弁する。
「けして痕跡を残すな……だろう?」
◇
数時間後、ソウコウはマァルとともに1号機のコックピットにいた。
簡易組成魔法で作った宇宙服をマァルは身に着けている。
ソウコウは敵艦の方向に熱源追尾魔法でマァルを射出すると艦に戻った。
◇
マァルは宇宙空間を宇宙服のみで移動した。
その二つ名にもなっている大鎌は今回持ってきていない。
敵の巡洋艦が見える。その熱を感知し、熱追尾魔法が敵艦の方向へマァルを推し進める。
この接触のタイミングで見つかれば、生身で艦砲射撃を受けることになる。そうなればマァルといえども死ぬだろう。
マァルはそんな自分の命の危機を楽しんでいた。
やがてマァルは見つかることなく敵に着艦した。
手動ハッチを開き放置する。
艦内では減圧の警告音が響き騒然とする。
しばらくすると対象のブロックは隔壁で封鎖されたようだ。
封鎖されたブロックに入り込み、整備用ダクトの入口を探す。
入口は天井にあった。
入口の扉を慎重に開け、整備用ダクトの中に滑り込むと渾身の力で即座に閉じる。
艦内への侵入に成功した。
整備用ダクトを歩くと作戦室の天井に続いていた。作戦室には艦長、操舵士、戦闘士官、通信士官の4名がいる。マァルは作戦室の天井にある隙間から中の様子を伺う。
コンソールに映される艦内地図を記憶する。
作戦室の人数、艦内地図から敵の数はおよそ50名と予想した。
引き続き整備用ダクトを歩く。兵員の居室にはそれぞれ4名が生活しているようだ。
そのうちの一つに降り立つ。一人の兵が気づいたが声をあげるより早く首の骨を折られた。
くぐもった声で倒れる同僚の気配に他の兵も気づく。
振り返るとともに頭を砕かれ、背骨を折られる。残る一人は絞殺された。
死んだ敵兵から装備を確保する。幸運なことに敵兵はそれぞれナイフを携行していた。
ナイフを入手したマァルは再び作戦室の天井へと向かう。
操舵士、戦闘士官、通信士官は艦長に対し、背を向ける形で座っている。
マァルは音もなく作戦室に降り、艦長の後頭部を一突きした。ナイフは延髄をえぐった。瞬時に意識を失う艦長。
すぐさま走り、通信士官、戦闘士官、操舵士の順に首を掻き切る。
敵は叫び声をあげる間もなく、息絶えた。
動くものがいなくなった作戦室でマァルは通信機を破壊。これで艦は外部から完全に孤立した。
「ククク……狩りの始まりだ……」
両手にナイフを携え、マァルは作戦室を出る。
艦内に響く怒号と銃声。
人間離れした反応速度で次々に敵兵を殺害するマァル。
大使の部屋とみられる客室に到着した。
乱暴にドアを開ける。
「なんだ!? 貴様は?」
「……」
「私は民間人だぞ! 攻撃対象ではな……」
相手が言葉を発しきる前に、マァルは大使の体を正中線に沿って斬りつけた。驚きと痛みで声を失う大使の首にナイフを添え、そのまま喉を切る。
大使は絶命した。
◇
しばらくしてジェミの巡洋艦は動き出した。
マァルは作戦室で巡洋艦の操縦を始めたのだ。
サーシャが巡洋艦の存在を把握する。
「艦の後方、水平6時、垂直6時の方向に敵艦発見しました。1隻です」
「さて、恨みはないが派手にやらせてもらうぞ……」
ジェミの巡洋艦は惑星パシィに接近。地表の都市に向けて砲撃を行う。
「敵艦、惑星に向かって砲撃を開始!」
「わわわわわわ……なんて酷い!」
サトシはサーシャに指示を出す。
「敵艦に接近、艦載ロボで対応する!」
「分かった、俺が行こう」
ソウコウが出撃の意志を表す。
サトシは少し不自然に感じたが、ソウコウを出撃させた。
「1号機マイア、ソウコウ出る!」
カタパルトが唸り、マイアが敵艦に向けてまっすぐに射出される。
マイアは地表攻撃に集中している敵艦に難なく接近、これを撃沈した。
◇
数日後――。
惑星パシィの首都では、フェルミ通商条約機構の調印式が行われている。
これによって、パシィは第13番目の加盟文明となった。
あの日、ジェミによる騙し討ちから星を守った事をパシィ国民は感謝し、プレアデスの面々を英雄として扱った。
「ソウコウ、さすが俺の見込んだ男よ! すべてお前の手柄だ」
エンディア大使のゴッツがソウコウの手を握る。
「とんでもない、俺たちは当然のことをしたまでだ」
◇
艦長室。ソウコウとマァルが向かい合って座っている。
マァルは、沈む敵艦から自力で脱出ポッドに搭乗。
宇宙に漂っているところをソウコウが救出した。
「ククク……我もろとも落とす気だったな……」
マァルは笑ったが、その眼は笑ってはいない。
「まぁな」
ソウコウは隠す気もないといった風に答えた。
「まぁいい。今回は楽しませてもらった」
マァルは艦長室を後にした。
人口50億人の中型文明、宇宙開発の黎明期にあるこの星の民は「マインドトランス」という精神共有技術を持つ。この技術は距離、障害物を無視して互いの意識を共有できるというものだ。
傍受不能な通信技術は戦局を大きく変える。
フェルミ通商条約機構の加盟要件は「星団において単一文明による統治がなされていること」であるが、この星は加盟要件を満たす。
しかし、フェルミより先にジェミが軍事同盟マインドトランスに目をつけた。
ジェミはパシィに自軍営への加盟を打診。近日中に惑星パシィにて会談が行われるとみられる。
◇
プレアデスは今、惑星パシィの近辺を通常航行中だ。
「どうしましょう! パシィがジェミに付いたら大ピンチですよぅ」
ウサが手を振って騒ぐ。高い位置でまとめたポニーテールが揺れ、アルデの顔に触れる。
「ウサ、前から思ってたんじゃが、お前はムーハ人らしくないのう。落ち着きがないというかなんというか……」
「エエエエェェ……」
ウサはショックを受け項垂れる。
「……では、これで引き継ぎは以上だ」
ソウコウからサトシへ、シフトの引き継ぎが行われる。
警戒時、戦闘時は全乗務員が任務に当たるが、通常航行中は3交代のシフト制を採用している。
なお、指揮官シフトはソウコウ、サトシ、ユカの順だ。
「マァル、話がある。艦長室に来てくれ」
◇
艦長室。ソウコウの執務室であると同時に居室でもある。ソウコウにはこれと言った趣味はない。故に机と椅子、目隠しの壁の向こうにはシャワーとベッド。飾りの一切ない質素な部屋となっている。
「で、話とは?」
マァルが切り出す。
「マァル、任務を一つ頼みたい」
ソウコウの表情はいつものような微笑みではない。冷たい顔をしている。
「……ジェミの大使暗殺か……」
「察しが良いな」
「表沙汰には出来ない任務だ」
マァルがニヤリと笑う。
「敵の大使を乗せた艦が数時間後にここを通過する。その船に乗り込み、大使を暗殺。船を制圧しパシィを攻撃させろ」
「敵の信用を失わせる訳だな」
「なお……」
ソウコウが言いかけた続きをマァルが代弁する。
「けして痕跡を残すな……だろう?」
◇
数時間後、ソウコウはマァルとともに1号機のコックピットにいた。
簡易組成魔法で作った宇宙服をマァルは身に着けている。
ソウコウは敵艦の方向に熱源追尾魔法でマァルを射出すると艦に戻った。
◇
マァルは宇宙空間を宇宙服のみで移動した。
その二つ名にもなっている大鎌は今回持ってきていない。
敵の巡洋艦が見える。その熱を感知し、熱追尾魔法が敵艦の方向へマァルを推し進める。
この接触のタイミングで見つかれば、生身で艦砲射撃を受けることになる。そうなればマァルといえども死ぬだろう。
マァルはそんな自分の命の危機を楽しんでいた。
やがてマァルは見つかることなく敵に着艦した。
手動ハッチを開き放置する。
艦内では減圧の警告音が響き騒然とする。
しばらくすると対象のブロックは隔壁で封鎖されたようだ。
封鎖されたブロックに入り込み、整備用ダクトの入口を探す。
入口は天井にあった。
入口の扉を慎重に開け、整備用ダクトの中に滑り込むと渾身の力で即座に閉じる。
艦内への侵入に成功した。
整備用ダクトを歩くと作戦室の天井に続いていた。作戦室には艦長、操舵士、戦闘士官、通信士官の4名がいる。マァルは作戦室の天井にある隙間から中の様子を伺う。
コンソールに映される艦内地図を記憶する。
作戦室の人数、艦内地図から敵の数はおよそ50名と予想した。
引き続き整備用ダクトを歩く。兵員の居室にはそれぞれ4名が生活しているようだ。
そのうちの一つに降り立つ。一人の兵が気づいたが声をあげるより早く首の骨を折られた。
くぐもった声で倒れる同僚の気配に他の兵も気づく。
振り返るとともに頭を砕かれ、背骨を折られる。残る一人は絞殺された。
死んだ敵兵から装備を確保する。幸運なことに敵兵はそれぞれナイフを携行していた。
ナイフを入手したマァルは再び作戦室の天井へと向かう。
操舵士、戦闘士官、通信士官は艦長に対し、背を向ける形で座っている。
マァルは音もなく作戦室に降り、艦長の後頭部を一突きした。ナイフは延髄をえぐった。瞬時に意識を失う艦長。
すぐさま走り、通信士官、戦闘士官、操舵士の順に首を掻き切る。
敵は叫び声をあげる間もなく、息絶えた。
動くものがいなくなった作戦室でマァルは通信機を破壊。これで艦は外部から完全に孤立した。
「ククク……狩りの始まりだ……」
両手にナイフを携え、マァルは作戦室を出る。
艦内に響く怒号と銃声。
人間離れした反応速度で次々に敵兵を殺害するマァル。
大使の部屋とみられる客室に到着した。
乱暴にドアを開ける。
「なんだ!? 貴様は?」
「……」
「私は民間人だぞ! 攻撃対象ではな……」
相手が言葉を発しきる前に、マァルは大使の体を正中線に沿って斬りつけた。驚きと痛みで声を失う大使の首にナイフを添え、そのまま喉を切る。
大使は絶命した。
◇
しばらくしてジェミの巡洋艦は動き出した。
マァルは作戦室で巡洋艦の操縦を始めたのだ。
サーシャが巡洋艦の存在を把握する。
「艦の後方、水平6時、垂直6時の方向に敵艦発見しました。1隻です」
「さて、恨みはないが派手にやらせてもらうぞ……」
ジェミの巡洋艦は惑星パシィに接近。地表の都市に向けて砲撃を行う。
「敵艦、惑星に向かって砲撃を開始!」
「わわわわわわ……なんて酷い!」
サトシはサーシャに指示を出す。
「敵艦に接近、艦載ロボで対応する!」
「分かった、俺が行こう」
ソウコウが出撃の意志を表す。
サトシは少し不自然に感じたが、ソウコウを出撃させた。
「1号機マイア、ソウコウ出る!」
カタパルトが唸り、マイアが敵艦に向けてまっすぐに射出される。
マイアは地表攻撃に集中している敵艦に難なく接近、これを撃沈した。
◇
数日後――。
惑星パシィの首都では、フェルミ通商条約機構の調印式が行われている。
これによって、パシィは第13番目の加盟文明となった。
あの日、ジェミによる騙し討ちから星を守った事をパシィ国民は感謝し、プレアデスの面々を英雄として扱った。
「ソウコウ、さすが俺の見込んだ男よ! すべてお前の手柄だ」
エンディア大使のゴッツがソウコウの手を握る。
「とんでもない、俺たちは当然のことをしたまでだ」
◇
艦長室。ソウコウとマァルが向かい合って座っている。
マァルは、沈む敵艦から自力で脱出ポッドに搭乗。
宇宙に漂っているところをソウコウが救出した。
「ククク……我もろとも落とす気だったな……」
マァルは笑ったが、その眼は笑ってはいない。
「まぁな」
ソウコウは隠す気もないといった風に答えた。
「まぁいい。今回は楽しませてもらった」
マァルは艦長室を後にした。
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