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番外編【全8話】
Side:ダイゼン①
しおりを挟むそれは昼下がりのこと。薬草をじっくりと煎じている間の待ち時間のことだった。
いつもこの時間、エリシアは本を読んだり、薬草の様子を見たりと静かに過ごしているというのに、今日は一段と違っていた。
彼女は薬草を手に取るどころか、ソワソワとした様子で私の周りを行ったり来たりしている。
……嫌な予感がする。
この落ち着きのなさは十中八九、私を巻き込む気だ。
厄介ごとに巻き込まれなければ良いのだが、とそう思いながらも、口を挟まずにはいられなかった。隠し事はしないと、互いにそういう約束をしたから。
「どうしたのでしょうか、エリシア嬢」
「数日後に、王都で祝賀会に出ますよね。そこで表彰されるのですが……。その役、ダイゼン様にして欲しいのです」
私が聞けば、エリシアは目を輝かせて言う。まるで見え透いた罠のようだった。
「……エリシア嬢の功績なのですから、私の出る幕などないでしょうに」
面倒くさい。
そう出かかった言葉を飲み込む。私はそういうタチだ。それはエリシアも十分に理解しているはずだが、今回はそれを差し置いているらしい。どうにも、今のエリシアには後に引かなさそうな頑固さがあった。
「愛弟子の頼みなのです。どうか、お願いします……」
「愛弟子にした覚えは無いのですがな」
そればかりか、打算的に懇願してくる。
それにキツく言葉をかければ、目に見えて彼女はしょぼくれた。それは、私の諦めを求めているように。
それはあまりにも見え透いた罠だ。——見え透いた罠のはずだった。
「——まさかこの歳で白衣以外に袖を通すことになるとは、複雑ですな」
「お似合いですよ、ダイゼン様」
結局、私は彼女の頼みを断れなかった。
決して、エリシアが可哀想に見えたとか、エリシアを騙していたことの赦しとかではないのだが、やはり、彼女には抗えない何かがあって、自分が折れてしまったことに、皮肉めいたため息がこぼれる。
重い腰を下ろし、鏡に映った自分の姿を見る。それは新鮮で、まるで自分とは違う誰かのように見えた。
……医師という立場はこの先、どうなるのだろうか、と想像する。
今の聖女のような重要な役割を担うようになるのだろうか。そうしたら、この功績が始まりにもなるはずで、当然、国王の名のように歴史に名を刻むことになる。それが誰かに譲られた席だとしても。
そう思えば、自分の立場は酷く曖昧で、滑稽で、鏡の中の自分さえ、私を嘲笑しているような気がした。
「それ……行きま……か」
「……どう……した……」
「実は……ういう場には慣れ……だ」
エリシアの話し声も、それに返す自分の声も、途切れ途切れに聞こえて曖昧に耳に残って、恐怖やら緊張やらで体が上手に動かせない。
そればかりか、それらに支配されて、自分の存在すらも曖昧になるような気がした。
動揺からか視界は掠れて、呼吸は忙しなく、鼓動の音だけが嫌に耳に残った。
そんな曖昧な世界の中で、ふいに名前を呼ぶ声がする。
「大丈夫ですよ、ダイゼン様。私が、愛弟子が着いていますから」
それは、励ましにしては簡単な言葉だった。誰にでも言えるような、そんな軽く、浅い言葉だ。
だから、これも見え透いた罠だ。そのはずだ。
けれど、張りつめていた糸がふっと解けて、呼吸が整う。
……結局、見え透いた罠であろうが、彼女にはいつだって敵わないらしい。
「……愛弟子がそう言うなら仕方ないですな」
そう笑みを見せた途端、エリシアも勝ち誇ったように笑った。どうやら老医師の尊厳とやら失われてしまったらしい。まあ、それでも悪くはない。——弟子の笑みが見られるなら。
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