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番外編【全8話】
Side:エリシア②
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「お父様にはなんと言おうか」
シャンデリアの灯りの下、回廊をゆったりと歩いていると、エルンは気難しそうな顔でそう呟いた。
「素直に言えば、良いのではないでしょうか」
「確かに、お父様は優しいから許してくれると思う。ただ……」
言葉を途切れさせ、眉間に深い皺を寄せる。
「領の跡取りが医師と婚約を結んでもいいものなのだろうか」
エルンはそう酷く悩んでいるように頭を掻いた。
それにああ、と妙に納得する。彼の跡継ぎとしての不安も焦りも十分知っているし、彼のその鈍感さも理解している。
けれど、それが彼らしい。どうやら、彼はまだ私をただの医師だと思っているらしい。
本当のことを言うべきなのだろうか。
言えば、彼は戸惑うのだろうか。それとも、私受け入れてくれるのだろうか。……どちらもありそうだ。
頭を悩ませている彼の端正な横顔を見ながら、そう悩み、本当のことを言いかけて——やはり、止めた。
それは、なにか策謀があるとかそういうのではなく、単に彼の悩む横顔が可愛く映ったからだ。
「……まさか浮気をなさるおつもりですか?」
「そ、そんなわけが!」
そればかりか、いたずらに笑みを返した。そうすれば、エルンはたちまち慌てふためいて、私の機嫌を取り繕おうとしてくる。それすらも可愛く映って、思わずまた笑みがこぼれた。
「あら、お取り込み中だったかしら」
二人で違う表情を見せていれば、不意に後ろから女性の声がした。それは深く聞き馴染みのある声で、甘い香水の匂いが鼻をくすぐる。
振り返ると、豪華なドレスに身を包んだセレーネが、意味ありげに唇を歪めていた。
私がそれに他人行儀に一つ礼を返せば、彼女は不機嫌そうに唇を尖らせたが、視線を逸らした。
こういう場で会うのは少し気恥しいし、何より、そのからかってやろうという表情から察するものがある。とかく、彼女には深く踏み込まない方が良さそうだった。
セレーネの隣にはオルディンがいた。彼はいつものように朗らかな笑みを浮かべてはいるが、どこかエルンに立ちはだかる壁のようにも思えた。
「お、お父様」
緩やかな表情を浮かべるオルディンとは対照に、エルンは酷く目を泳がせていた。いきなり悩みの壁に当たって、声も震えていて、怯えた小動物みたいだ。
その首根っこを掴んで離さないようにオルディンは口を開く。
「こんなところにいたのか。令嬢方ともっと話をしてきたらどうだ?そしたら、縁談話も貰えるかもしれないだろう」
オルディンの声音は穏やかだが、その裏には父としての圧が滲んでいた。
シャンデリアの光が金糸の装飾に反射して、エルンの頬を照らす。
彼はわずかに視線を落とし、唇を噛んだ。まるで、自分の中で言葉を探しているかのように。
「ふむ……。王都に来るなんて、滅多にない機会だ。今宵に決めるのが懸命なのは分かっているだろう。……それで、相手は見つけられたのか」
エルンの沈黙を嫌ったように先走ったオルディンの問いに、エルンは一瞬だけ息を詰めた。
ふと、彼の視線がほんの僅かに私へと向けられる。それは一言では言えない想いを宿した、短くも確かな視線だった。
そういう視線に胸が高鳴る。まるで、長い夢がようやく現実の音に変わったようで––—
「……はい。見つけました。私は——」
エルンは一つ喉を鳴らした。息を吸う音がやけに大きく響く。
「私は、エリシアを好きになりました。立場も身分も関係なく、彼女を愛すと心に決めたのです」
意を決したようにエルンは言う。やはり、何度聞いても好きだとか愛してるとか、そういう言葉の数々はくすぐったい。
「そうか。いい人を選んだな」
オルディンはそう余裕そうな笑みを見せた。
思ったより、驚いていなさそうな彼の姿にエルンは豆鉄砲を食らったように呆然とした表情を見せていた。
「そ、それだけですか。お父様」
「それだけ、とはなんだ。……こういうのを面と向かって言うのは恥ずかしいが、お前が選んだのなら、それが正解のはずだ。——私の息子なんだからな」
笑みを少し崩しながら、オルディンはそう恥ずかしそうに言う。そればかりか、その恥ずかしさを隠すように、「それに、セレーネ様が見ている時に叱れるわけがないだろう」と、冗談めかして苦笑いした。
「私は、そういう修羅場も嫌いじゃないのだけれど……。ともあれ、あなたの選択を祝福するわ」
セレーネはそう言うと、握手を求めるように手を差し出した。
その薬指の装飾がシャンデリアの光を受けて、一瞬だけ光を反射させた。
そして、彼女はこの場の誰にでも聞こえる声で言う。
「私の妹を宜しくね」
と。
……その瞬間、時間が静かに止まったようだった。そのときのエルンの表情は一生忘れない思い出になるだろう。
シャンデリアの灯りの下、回廊をゆったりと歩いていると、エルンは気難しそうな顔でそう呟いた。
「素直に言えば、良いのではないでしょうか」
「確かに、お父様は優しいから許してくれると思う。ただ……」
言葉を途切れさせ、眉間に深い皺を寄せる。
「領の跡取りが医師と婚約を結んでもいいものなのだろうか」
エルンはそう酷く悩んでいるように頭を掻いた。
それにああ、と妙に納得する。彼の跡継ぎとしての不安も焦りも十分知っているし、彼のその鈍感さも理解している。
けれど、それが彼らしい。どうやら、彼はまだ私をただの医師だと思っているらしい。
本当のことを言うべきなのだろうか。
言えば、彼は戸惑うのだろうか。それとも、私受け入れてくれるのだろうか。……どちらもありそうだ。
頭を悩ませている彼の端正な横顔を見ながら、そう悩み、本当のことを言いかけて——やはり、止めた。
それは、なにか策謀があるとかそういうのではなく、単に彼の悩む横顔が可愛く映ったからだ。
「……まさか浮気をなさるおつもりですか?」
「そ、そんなわけが!」
そればかりか、いたずらに笑みを返した。そうすれば、エルンはたちまち慌てふためいて、私の機嫌を取り繕おうとしてくる。それすらも可愛く映って、思わずまた笑みがこぼれた。
「あら、お取り込み中だったかしら」
二人で違う表情を見せていれば、不意に後ろから女性の声がした。それは深く聞き馴染みのある声で、甘い香水の匂いが鼻をくすぐる。
振り返ると、豪華なドレスに身を包んだセレーネが、意味ありげに唇を歪めていた。
私がそれに他人行儀に一つ礼を返せば、彼女は不機嫌そうに唇を尖らせたが、視線を逸らした。
こういう場で会うのは少し気恥しいし、何より、そのからかってやろうという表情から察するものがある。とかく、彼女には深く踏み込まない方が良さそうだった。
セレーネの隣にはオルディンがいた。彼はいつものように朗らかな笑みを浮かべてはいるが、どこかエルンに立ちはだかる壁のようにも思えた。
「お、お父様」
緩やかな表情を浮かべるオルディンとは対照に、エルンは酷く目を泳がせていた。いきなり悩みの壁に当たって、声も震えていて、怯えた小動物みたいだ。
その首根っこを掴んで離さないようにオルディンは口を開く。
「こんなところにいたのか。令嬢方ともっと話をしてきたらどうだ?そしたら、縁談話も貰えるかもしれないだろう」
オルディンの声音は穏やかだが、その裏には父としての圧が滲んでいた。
シャンデリアの光が金糸の装飾に反射して、エルンの頬を照らす。
彼はわずかに視線を落とし、唇を噛んだ。まるで、自分の中で言葉を探しているかのように。
「ふむ……。王都に来るなんて、滅多にない機会だ。今宵に決めるのが懸命なのは分かっているだろう。……それで、相手は見つけられたのか」
エルンの沈黙を嫌ったように先走ったオルディンの問いに、エルンは一瞬だけ息を詰めた。
ふと、彼の視線がほんの僅かに私へと向けられる。それは一言では言えない想いを宿した、短くも確かな視線だった。
そういう視線に胸が高鳴る。まるで、長い夢がようやく現実の音に変わったようで––—
「……はい。見つけました。私は——」
エルンは一つ喉を鳴らした。息を吸う音がやけに大きく響く。
「私は、エリシアを好きになりました。立場も身分も関係なく、彼女を愛すと心に決めたのです」
意を決したようにエルンは言う。やはり、何度聞いても好きだとか愛してるとか、そういう言葉の数々はくすぐったい。
「そうか。いい人を選んだな」
オルディンはそう余裕そうな笑みを見せた。
思ったより、驚いていなさそうな彼の姿にエルンは豆鉄砲を食らったように呆然とした表情を見せていた。
「そ、それだけですか。お父様」
「それだけ、とはなんだ。……こういうのを面と向かって言うのは恥ずかしいが、お前が選んだのなら、それが正解のはずだ。——私の息子なんだからな」
笑みを少し崩しながら、オルディンはそう恥ずかしそうに言う。そればかりか、その恥ずかしさを隠すように、「それに、セレーネ様が見ている時に叱れるわけがないだろう」と、冗談めかして苦笑いした。
「私は、そういう修羅場も嫌いじゃないのだけれど……。ともあれ、あなたの選択を祝福するわ」
セレーネはそう言うと、握手を求めるように手を差し出した。
その薬指の装飾がシャンデリアの光を受けて、一瞬だけ光を反射させた。
そして、彼女はこの場の誰にでも聞こえる声で言う。
「私の妹を宜しくね」
と。
……その瞬間、時間が静かに止まったようだった。そのときのエルンの表情は一生忘れない思い出になるだろう。
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