あなたが遺した花の名は

きまま

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しばらく、故郷で過ごしていて分かったことがある。
華やかな社交界から身を離れ、朝露の匂いを吸いこみ、風に揺れる木々の音に耳を澄ませる。
そうすれば、自ずと張りつめていた身体がゆっくりと休まっていく——そんな当たり前のことを、今更ながら思い知った。

椅子に腰をかけ、外を眺める。
日差しは柔らかく、草花は素直に色づき、世界はどこまでも穏やかだった。
それらは全部、子どものころに見慣れた景色だというのに、今はまるで初めて触れるもののように優しく感じられる。
そして、ふいに思う。
グレイブはどういう気持ちで外を眺めていたのだろうか、と。

彼の部屋の窓から見える景色は今の私が見ているものとは違う。
けれど、風の音や季節の移り変わりは彼の場所にも同じように訪れていたはずだ。

茶会にも公務にも出ずに、外を眺めるばかりで——、寂しくはなかったのだろうか。
私と同じように肩の力を抜けていたのだろうか。

そう考えるたびに、胸の奥で何かがちりり、と焦げるように疼き、私はハッと息を呑む。
彼を忘れるために穏やかな故郷へ戻ったはずなのに、気づけば考えていることは彼のことばかりだった。

「……どうして考えてしまうんだろうなあ」

呟いた声は庭に溶けていくほど小さくて。
ぼんやりと庭を眺めながら、私は自分の心の奥にしぶとく残った輪郭を指でなぞる。それはどうにも、落ちそうになく。どうやら、彼のことを忘れられないらしい。

そう悲観的に外を眺めていれば、ふいに背後から控えめなノックの音がした。

「お嬢様、奥様がお呼びでございます」

扉越しの声はいつもと変わらないはずなのに、どこか遠く聞こえた。ほんの少しだけ胸の奥がざわつく。

深呼吸をし、私は椅子から立ち上がり、スカートの端を整えながら廊下へ向かった。
足取りは軽くもなく重くもなく、ただ、ここで暮らしていた頃の私が自然と戻ってくるようだった。

客間に入ると、母が窓辺に立っていて、春の光が薄いレースのカーテンを透かして、彼女の横顔をほのかに照らしている。

「リシェル。今日ね、ご近所の奥様方が小さなお茶会を開くらしいの。あなたが戻ってきたことを聞いて、よければと招待をくださったの」

そう告げる母の声は穏やかでいて、しかし、どこか慎重だった。
普段なら朗らかに勧めてくる母が言葉を選んでいる。それだけ私に気を遣っているのだ。それが酷く胸の奥を痛めつけた。

「もちろん、無理にとは言わないわ。でも……
人と少し話すのも、気が紛れるかもしれないでしょう?」

母の目が、まるで大きな羽根のようにやわらかく私を包む。たしかに拒む気持ちがあったはずなのに、その温度に触れた途端、その気持ちが薄れていく。——いや、最初から拒む気などなかったのかもしれない。そう胸の奥の痛みが囁いている。

「……ええ、行ってみたいです」

そう告げ、笑みを見せる。
それは決意とは呼べないほど静かで、微かな成長に過ぎないけれど。
たしかに、前に進むためのひとつの節目だった。
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