10 / 14
10.
しおりを挟む
その後の茶会はあっという間に終わった。
誰かが終わろうと言った訳ではない。
なんとなく、終わるような雰囲気になって、皆が皆、気まずそうにそそくさとカップを片づけ始めていた。
そして、別れの挨拶もなく、ただ曖昧に笑いながら、それぞれの家へと散っていった。
その結果、私はこうして、反省とか羞恥とかで身を布団の中に隠している。
ただ、落ち着きたかっただけなのに、どうにもグレイブのことを忘れられない心がやはり内側から主張してくる。
そして、忘れたいと思えば思うほど、その輪郭が濃くなっていって、そればかりか、彼に会いたいと願ってしまう。
そうして布団の中でモゾモゾと後悔を温めていれば、部屋の静けさの中に、ふいに控えめなノックが落ちた。
「……リシェル。入ってもいい?」
母の声が扉越しに聞こえてくる。
返事をしようとしたけれど、自分の面目のなさに喉が詰まって言葉にならなかった。
しばらく布団の中に沈んだままでいれば、そっと扉が開く音がして、足音を出来るかぎり殺すように私の方へゆっくり近づいてくる。
そして、母はベッドの脇で膝をつき、ただ近くにいた。子どもの頃の慰め方とまるで一緒だった。
「つらかったでしょう?」
囁く声は軽く。
責めることはなく、ただ寄り添うだけの声は詰まった喉を解すには十分だった。
「……いえ、私が行きたいと言ったからです」
言葉を落とせば、しばらく沈黙が落ちる。
外では風が木々を揺らし、さらりと葉が鳴った。その音に背中を押されるように、私はそっと言葉を紡ぐ。
「それにわかりました」
布団から起き上がって、母の目を見る。そして、胸にこびり付いた執着をふと零す。
「まだ、私はグレイブ様のことが好きみたいです。……だから、もう一度彼に会いたい。会って、最後に形式的な言葉じゃなくて、ちゃんと別れの言葉を言いたいです」
——この執着を終わらせるためにも。
私の想いに母はしばらく沈黙を返していた。
言葉を探すようにする呼吸が細く震える。
「そのことなんだけどね……」
やっと絞り出された声はどこか遠くを見ているように静かで、深い迷いの色を含んでいた。
母の表情には痛みを帯びた影が差している。
その仕草だけで、胸の奥がざわりと揺れた。
視線を母の目から手にゆくゆく移していけば、ふとその手には手紙があって、中央には見慣れた紋章が力強く押されていた。
——グレイブの紋章だ。
母の視線がゆっくりと私へ向けられる。
その瞳はまるで、これから告げることが私の心を再び傷つけてしまうのを恐れているようだった。
風が窓辺をかすめ、薄いカーテンを揺らす。それは、母が次に紡ぐ言葉を知らせる合図のように、部屋の静けさに落ちていった。
そして、母は言う。
「グレイブ殿下が——」
誰かが終わろうと言った訳ではない。
なんとなく、終わるような雰囲気になって、皆が皆、気まずそうにそそくさとカップを片づけ始めていた。
そして、別れの挨拶もなく、ただ曖昧に笑いながら、それぞれの家へと散っていった。
その結果、私はこうして、反省とか羞恥とかで身を布団の中に隠している。
ただ、落ち着きたかっただけなのに、どうにもグレイブのことを忘れられない心がやはり内側から主張してくる。
そして、忘れたいと思えば思うほど、その輪郭が濃くなっていって、そればかりか、彼に会いたいと願ってしまう。
そうして布団の中でモゾモゾと後悔を温めていれば、部屋の静けさの中に、ふいに控えめなノックが落ちた。
「……リシェル。入ってもいい?」
母の声が扉越しに聞こえてくる。
返事をしようとしたけれど、自分の面目のなさに喉が詰まって言葉にならなかった。
しばらく布団の中に沈んだままでいれば、そっと扉が開く音がして、足音を出来るかぎり殺すように私の方へゆっくり近づいてくる。
そして、母はベッドの脇で膝をつき、ただ近くにいた。子どもの頃の慰め方とまるで一緒だった。
「つらかったでしょう?」
囁く声は軽く。
責めることはなく、ただ寄り添うだけの声は詰まった喉を解すには十分だった。
「……いえ、私が行きたいと言ったからです」
言葉を落とせば、しばらく沈黙が落ちる。
外では風が木々を揺らし、さらりと葉が鳴った。その音に背中を押されるように、私はそっと言葉を紡ぐ。
「それにわかりました」
布団から起き上がって、母の目を見る。そして、胸にこびり付いた執着をふと零す。
「まだ、私はグレイブ様のことが好きみたいです。……だから、もう一度彼に会いたい。会って、最後に形式的な言葉じゃなくて、ちゃんと別れの言葉を言いたいです」
——この執着を終わらせるためにも。
私の想いに母はしばらく沈黙を返していた。
言葉を探すようにする呼吸が細く震える。
「そのことなんだけどね……」
やっと絞り出された声はどこか遠くを見ているように静かで、深い迷いの色を含んでいた。
母の表情には痛みを帯びた影が差している。
その仕草だけで、胸の奥がざわりと揺れた。
視線を母の目から手にゆくゆく移していけば、ふとその手には手紙があって、中央には見慣れた紋章が力強く押されていた。
——グレイブの紋章だ。
母の視線がゆっくりと私へ向けられる。
その瞳はまるで、これから告げることが私の心を再び傷つけてしまうのを恐れているようだった。
風が窓辺をかすめ、薄いカーテンを揺らす。それは、母が次に紡ぐ言葉を知らせる合図のように、部屋の静けさに落ちていった。
そして、母は言う。
「グレイブ殿下が——」
86
あなたにおすすめの小説
最近彼氏の様子がおかしい!私を溺愛し大切にしてくれる幼馴染の彼氏が急に冷たくなった衝撃の理由。
佐藤 美奈
恋愛
ソフィア・フランチェスカ男爵令嬢はロナウド・オスバッカス子爵令息に結婚を申し込まれた。
幼馴染で恋人の二人は学園を卒業したら夫婦になる永遠の愛を誓う。超名門校のフォージャー学園に入学し恋愛と楽しい学園生活を送っていたが、学年が上がると愛する彼女の様子がおかしい事に気がつきました。
一緒に下校している時ロナウドにはソフィアが不安そうな顔をしているように見えて、心配そうな視線を向けて話しかけた。
ソフィアは彼を心配させないように無理に笑顔を作って、何でもないと答えますが本当は学園の経営者である理事長の娘アイリーン・クロフォード公爵令嬢に精神的に追い詰められていた。
伯爵令嬢の婚約解消理由
七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。
婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。
そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。
しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。
一体何があったのかというと、それは……
これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。
*本編は8話+番外編を載せる予定です。
*小説家になろうに同時掲載しております。
*なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。
彼女よりも幼馴染を溺愛して優先の彼と結婚するか悩む
佐藤 美奈
恋愛
公爵家の広大な庭園。その奥まった一角に佇む白いガゼボで、私はひとり思い悩んでいた。
私の名はニーナ・フォン・ローゼンベルク。名門ローゼンベルク家の令嬢として、若き騎士アンドレ・フォン・ヴァルシュタインとの婚約がすでに決まっている。けれど、その婚約に心からの喜びを感じることができずにいた。
理由はただ一つ。彼の幼馴染であるキャンディ・フォン・リエーヌ子爵令嬢の存在。
アンドレは、彼女がすべてであるかのように振る舞い、いついかなる時も彼女の望みを最優先にする。婚約者である私の気持ちなど、まるで見えていないかのように。
そして、アンドレはようやく自分の至らなさに気づくこととなった。
失われたニーナの心を取り戻すため、彼は様々なイベントであらゆる方法を試みることを決意する。その思いは、ただ一つ、彼女の笑顔を再び見ることに他ならなかった。
【完結】理想の人に恋をするとは限らない
miniko
恋愛
ナディアは、婚約者との初顔合わせの際に「容姿が好みじゃない」と明言されてしまう。
ほほぅ、そうですか。
「私も貴方は好みではありません」と言い返すと、この言い争いが逆に良かったのか、変な遠慮が無くなって、政略のパートナーとしては意外と良好な関係となる。
しかし、共に過ごす内に、少しづつ互いを異性として意識し始めた二人。
相手にとって自分が〝理想とは違う〟という事実が重くのしかかって・・・
(彼は私を好きにはならない)
(彼女は僕を好きにはならない)
そう思い込んでいる二人の仲はどう変化するのか。
※最後が男性側の視点で終わる、少し変則的な形式です。
※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしておりません。本編未読の方はご注意下さい。
片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜
橘しづき
恋愛
姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。
私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。
だが当日、姉は結婚式に来なかった。 パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。
「私が……蒼一さんと結婚します」
姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。
月夜に散る白百合は、君を想う
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢であるアメリアは、王太子殿下の護衛騎士を務める若き公爵、レオンハルトとの政略結婚により、幸せな結婚生活を送っていた。
彼は無口で家を空けることも多かったが、共に過ごす時間はアメリアにとってかけがえのないものだった。
しかし、ある日突然、夫に愛人がいるという噂が彼女の耳に入る。偶然街で目にした、夫と親しげに寄り添う女性の姿に、アメリアは絶望する。信じていた愛が偽りだったと思い込み、彼女は家を飛び出すことを決意する。
一方、レオンハルトには、アメリアに言えない秘密があった。彼の不自然な行動には、王国の未来を左右する重大な使命が関わっていたのだ。妻を守るため、愛する者を危険に晒さないため、彼は自らの心を偽り、冷徹な仮面を被り続けていた。
家出したアメリアは、身分を隠してとある街の孤児院で働き始める。そこでの新たな出会いと生活は、彼女の心を少しずつ癒していく。
しかし、運命は二人を再び引き合わせる。アメリアを探し、奔走するレオンハルト。誤解とすれ違いの中で、二人の愛の真実が試される。
偽りの愛人、王宮の陰謀、そして明かされる公爵の秘密。果たして二人は再び心を通わせ、真実の愛を取り戻すことができるのだろうか。
完結 愛される自信を失ったのは私の罪
音爽(ネソウ)
恋愛
顔も知らないまま婚約した二人。貴族では当たり前の出会いだった。
それでも互いを尊重して歩み寄るのである。幸いにも両人とも一目で気に入ってしまう。
ところが「従妹」称する少女が現れて「私が婚約するはずだった返せ」と宣戦布告してきた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる