2 / 10
2.
しおりを挟む
やがて、夜会のざわめきが消え、静まり返るまでほんの数秒しかかからなかった。
「婚約破棄、ですって……?」
「まさか、今この場で?」
「まあ……やはり噂は本当だったのね」
しかし、今度は醜い囁きが瞬く間に増幅し、悪意を孕んだ波となってリリエルを包囲した。
彼女は俯いたまま、何も言わなかった。こんな沢山の人が見ている状況で言い返すのはそれこそ醜い行いように思えたから。
「リリエル・アルヴァリア」
名を呼ばれ、ようやく顔を上げる。仮面越しに見えるレオンハルトの瞳は冷え切っていて、そこに、かつて一度たりとも向けられたことのない、明確な軽蔑が宿っていた。
「君には感謝しているよ。公爵家の後ろ盾としては、十分役に立ってくれた」
十分役に立った。
それはまるで人ではなく、道具のような言い草だった。
「だが、これ以上は無理だ。仮面を外すことさえできない女を王妃として国民に示すなど、悪夢以外の何ものでもない」
嘲笑がはっきりと混じる。
「君も自覚しているだろう?自分がどれほど醜い存在なのかを」
その言葉に貴族たちは口元を扇で隠しながら、楽しげに目を輝かせた。
それはまるで見世物を見るような、悪者が断罪される愉快な余興を見るような雰囲気だった。
「そして、私の隣に立つのに相応しいのはこちらの令嬢だ」
その雰囲気に押されたのか、レオンハルトは意気揚々と手を差し出すと、華やかなドレスを纏った令嬢が一歩前へと出た。艶やかな金髪に整った顔立ち。そして、宝石のように美しい瞳。
「美しい……」
「さすが第一王子殿下」
「これぞ王妃に相応しいお方だわ」
まだ、名前も知らない彼女に称賛の声が惜しみなく注がれる。
リリエルは比較され、切り捨てられる自分を、どこか遠くから眺めているような感覚にただ立ち尽くしていた。
そのときだった。
「殿下」
低く、しかし、よく通る声が響く。
ざわめきが再び静まり、今度は声の主に視線が集まった。
少し離れた場所に立つのは青年——第二王子のフリンズ・アルセイフ。
端正な顔立ちに、冷静沈着に観察するような瞳。華やかさでは兄に及ばないが、その存在感は不思議と人を惹きつけるものがある。
「この場での婚約破棄は王家の品位を著しく損なう行為です」
フリンズはレオンハルトに近づきながら、淡々と告げる。感情を抑えた声音だからこそ、その言葉はやけに重く響く。
「しかも理由が容姿とは。……公爵家ひいては国への侮辱に等しい」
一瞬、レオンハルトの表情が歪む。
「口を慎め、フリンズ。これは私の問題だ」
「いいえ。王家の名を冠した婚約である以上、他人事ではありません」
兄弟の視線が鋭く交差する。
だが、レオンハルトはすぐに薄笑いを浮かべた。
「……相変わらず理屈っぽいな。だが安心しろ、国はより良い選択をしただけだ」
そう彼は言い放ち、再びリリエルを見下ろす。
「リリエル・アルヴァリア。君は自由だ。——これ以上、王家に関わる必要はない」
それは解放ではなく、追放だった。
リリエルは深く一礼した。完璧な貴族令嬢としての所作で。これが最後なのだろう、と。
「……承知いたしました」
声は震えていなかった。
少なくとも、そう見えただろう。……そう見えていてほしかった。
「婚約破棄、ですって……?」
「まさか、今この場で?」
「まあ……やはり噂は本当だったのね」
しかし、今度は醜い囁きが瞬く間に増幅し、悪意を孕んだ波となってリリエルを包囲した。
彼女は俯いたまま、何も言わなかった。こんな沢山の人が見ている状況で言い返すのはそれこそ醜い行いように思えたから。
「リリエル・アルヴァリア」
名を呼ばれ、ようやく顔を上げる。仮面越しに見えるレオンハルトの瞳は冷え切っていて、そこに、かつて一度たりとも向けられたことのない、明確な軽蔑が宿っていた。
「君には感謝しているよ。公爵家の後ろ盾としては、十分役に立ってくれた」
十分役に立った。
それはまるで人ではなく、道具のような言い草だった。
「だが、これ以上は無理だ。仮面を外すことさえできない女を王妃として国民に示すなど、悪夢以外の何ものでもない」
嘲笑がはっきりと混じる。
「君も自覚しているだろう?自分がどれほど醜い存在なのかを」
その言葉に貴族たちは口元を扇で隠しながら、楽しげに目を輝かせた。
それはまるで見世物を見るような、悪者が断罪される愉快な余興を見るような雰囲気だった。
「そして、私の隣に立つのに相応しいのはこちらの令嬢だ」
その雰囲気に押されたのか、レオンハルトは意気揚々と手を差し出すと、華やかなドレスを纏った令嬢が一歩前へと出た。艶やかな金髪に整った顔立ち。そして、宝石のように美しい瞳。
「美しい……」
「さすが第一王子殿下」
「これぞ王妃に相応しいお方だわ」
まだ、名前も知らない彼女に称賛の声が惜しみなく注がれる。
リリエルは比較され、切り捨てられる自分を、どこか遠くから眺めているような感覚にただ立ち尽くしていた。
そのときだった。
「殿下」
低く、しかし、よく通る声が響く。
ざわめきが再び静まり、今度は声の主に視線が集まった。
少し離れた場所に立つのは青年——第二王子のフリンズ・アルセイフ。
端正な顔立ちに、冷静沈着に観察するような瞳。華やかさでは兄に及ばないが、その存在感は不思議と人を惹きつけるものがある。
「この場での婚約破棄は王家の品位を著しく損なう行為です」
フリンズはレオンハルトに近づきながら、淡々と告げる。感情を抑えた声音だからこそ、その言葉はやけに重く響く。
「しかも理由が容姿とは。……公爵家ひいては国への侮辱に等しい」
一瞬、レオンハルトの表情が歪む。
「口を慎め、フリンズ。これは私の問題だ」
「いいえ。王家の名を冠した婚約である以上、他人事ではありません」
兄弟の視線が鋭く交差する。
だが、レオンハルトはすぐに薄笑いを浮かべた。
「……相変わらず理屈っぽいな。だが安心しろ、国はより良い選択をしただけだ」
そう彼は言い放ち、再びリリエルを見下ろす。
「リリエル・アルヴァリア。君は自由だ。——これ以上、王家に関わる必要はない」
それは解放ではなく、追放だった。
リリエルは深く一礼した。完璧な貴族令嬢としての所作で。これが最後なのだろう、と。
「……承知いたしました」
声は震えていなかった。
少なくとも、そう見えただろう。……そう見えていてほしかった。
0
あなたにおすすめの小説
その婚約破棄喜んで
空月 若葉
恋愛
婚約者のエスコートなしに卒業パーティーにいる私は不思議がられていた。けれどなんとなく気がついている人もこの中に何人かは居るだろう。
そして、私も知っている。これから私がどうなるのか。私の婚約者がどこにいるのか。知っているのはそれだけじゃないわ。私、知っているの。この世界の秘密を、ね。
注意…主人公がちょっと怖いかも(笑)
4話で完結します。短いです。の割に詰め込んだので、かなりめちゃくちゃで読みにくいかもしれません。もし改善できるところを見つけてくださった方がいれば、教えていただけると嬉しいです。
完結後、番外編を付け足しました。
カクヨムにも掲載しています。
聖水を作り続ける聖女 〜 婚約破棄しておきながら、今さら欲しいと言われても困ります!〜
手嶋ゆき
恋愛
「ユリエ!! お前との婚約は破棄だ! 今すぐこの国から出て行け!」
バッド王太子殿下に突然婚約破棄されたユリエ。
さらにユリエの妹が、追い打ちをかける。
窮地に立たされるユリエだったが、彼女を救おうと抱きかかえる者がいた——。
※一万文字以内の短編です。
※小説家になろう様など他サイトにも投稿しています。
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
(完結)伯爵令嬢に婚約破棄した男性は、お目当ての彼女が着ている服の価値も分からないようです
泉花ゆき
恋愛
ある日のこと。
マリアンヌは婚約者であるビートから「派手に着飾ってばかりで財をひけらかす女はまっぴらだ」と婚約破棄をされた。
ビートは、マリアンヌに、ロコという娘を紹介する。
シンプルなワンピースをさらりと着ただけの豪商の娘だ。
ビートはロコへと結婚を申し込むのだそうだ。
しかし伯爵令嬢でありながら商品の目利きにも精通しているマリアンヌは首を傾げる。
ロコの着ているワンピース、それは仕立てこそシンプルなものの、生地と縫製は間違いなく極上で……つまりは、恐ろしく値の張っている服装だったからだ。
そうとも知らないビートは……
※ゆるゆる設定です
「君の回復魔法は痛い」と追放されたので、国を浄化するのをやめました
希羽
恋愛
「君の回復魔法は痛いから」と婚約破棄され、国外追放された聖女エレナ。しかし彼女の魔法は、呪いを根こそぎ消滅させる最強の聖なる焼却だった。国を見限って辺境で薬草カフェを開くと、その技術に惚れ込んだ伝説の竜王やフェンリルが常連になり、悠々自適なスローライフが始まる。
一方、エレナを追放した王国はパニックに陥っていた。新しく迎えた聖女の魔法は、ただ痛みを麻痺させるだけの「痛み止め」に過ぎず、国中に蔓延する呪いを防ぐことができなかったのだ。
原因不明の奇病、腐り落ちる騎士の腕、そして復活する魔王の封印。
「頼む、戻ってきてくれ!」と泣きつかれても、もう遅い。
私の店は世界最強の竜王様が警備しているので、王家の使いだろうと門前払いです。
※本作は「小説家になろう」でも投稿しています。
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
修道女エンドの悪役令嬢が実は聖女だったわけですが今更助けてなんて言わないですよね
星井ゆの花
恋愛
『お久しぶりですわ、バッカス王太子。ルイーゼの名は捨てて今は洗礼名のセシリアで暮らしております。そちらには聖女ミカエラさんがいるのだから、私がいなくても安心ね。ご機嫌よう……』
悪役令嬢ルイーゼは聖女ミカエラへの嫌がらせという濡れ衣を着せられて、辺境の修道院へ追放されてしまう。2年後、魔族の襲撃により王都はピンチに陥り、真の聖女はミカエラではなくルイーゼだったことが判明する。
地母神との誓いにより祖国の土地だけは踏めないルイーゼに、今更助けを求めることは不可能。さらに、ルイーゼには別の国の王子から求婚話が来ていて……?
* この作品は、アルファポリスさんと小説家になろうさんに投稿しています。
* 2025年12月06日、番外編の投稿開始しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる