醜貌の聖女と呼ばれ、婚約破棄されましたが、実は本物の聖女でした

きまま

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王都はもはや平静を装うことすらできなくなっていた。
昼であっても霧は晴れず、空気は重く湿っている。結界の内側であるはずの市街地にまで瘴気が滲み込み、壁沿いの石畳には黒ずんだ染みが広がっていた。商人たちは店を閉じ、人々は不安を隠すこともなく空を仰ぐ。

聖女の加護が完全に途絶えかけている。
その現実を誰もが否応なく理解し始めていた。

もちろんのこと、王城では連日のように緊急会議が開かれていた。だが、議論は堂々巡りだった。

「結界が耐えきれません!」

「神殿の祝福がほとんど反応しません!」

「このままでは王都そのものが……」

怒号と悲鳴が飛び交う中、玉座の前に立つレオンハルトの顔色は日に日に悪くなっていた。かつての自信に満ちた表情は消え、焦燥と苛立ちが滲んでいた。

「……静まれ。聖女はいる」

声はかろうじて王子の威厳を保っていたが、誰もがそれを空虚だと知っていた。だからこそ、強い言葉で反発する。

「殿下……これ以上はもはや誤魔化せませぬ」

「何を言う」

「祝福の徴が完全に失われております。聖水は濁り、祈祷は応えず……聖女の力が、王城から去ったとしか考えられません」

「去った、だと……?」

「はい。アルヴァリア公爵家の令嬢が王城にいた頃まではあったはずの聖女の力は今やもう虫の息です」

誰もが、その名を口にするのを避けていた。口にすれば、レオンハルトも怒りを買ってしまうから。だが、もはやそういう恐怖とか権威とかで怯んでいる状態ではなかった。

重臣の一人が苦々しく口を開く。

「……つまり、銀の仮面の令嬢こそが真の聖女だった、と」

「ふざけるな!」

重臣の声の何倍も大きな彼の怒声が石造りの会議室に叩きつけられた。
重厚な壁に反響したその声はまるで、王城そのものが軋む音のようで、居並ぶ重臣たちの肩を強張らせる。

「仮面で顔を隠す女が!あんな女が聖女だと……!」

レオンハルトの拳が会議卓を強く打つ。木材が低く唸り、積まれていた書類がわずかにずれた。

「ふざけるな……ふざけるな!」

しかし、それは否定というより、恐怖からくる拒絶だった。
もしそれが真実だと認めてしまえば、自分が何を失ったのかを直視せねばならないからだ。

「醜いと噂され、顔すら見せられぬ女が、王国を支えていた?そんな馬鹿な話があるものか!」

声は強く、しかし、やはり根拠は空虚だった。

「……」

「……」

「…………」

そればかりか、誰一人として、同意の声を上げる者はおらず、重臣たちは目を伏せ、その沈黙を共有している。
アルヴァリア公爵家の令嬢が聖女であることを誰一人として、否定できない。
その事実が会議室に重くのしかかっていた。

「……殿下」

その沈黙を破ったのは、これまで怒声を聞くばかりだったフリンズだった。
彼は静かに席を立ち、玉座の前へと歩み出る。その動きには一切の迷いがなく、視線はまっすぐにレオンハルトを捉えていた。

「事実を認めるべきです」

声音は低く、感情を抑えているからこそ、はっきりと彼の耳にも届く。

「国はすでに限界に近い」

「黙れ、フリンズ!」

レオンハルトは即座に怒鳴り返す。

「お前に何が分かる!王国を導くのは私だ!感情論で口を挟むな!」

「感情論ではありません」

フリンズは一歩も引かなかった。

「結界は弱まり、魔獣は王都近くまで侵入している。聖水は濁り、祈祷は応えない。これは数字と報告で裏付けられた現実、そのものです」

「そして、殿下が切り捨てたのは一人の令嬢ではありません。……王国の要です。彼女を呼び戻すしか、切り開く術がありません」

静かな声だった。
だが、その言葉は会議室全体を支配する力を持っていた。
重臣たちの視線は一斉に、玉座の前に立つレオンハルトへと集中する。期待、焦り、恐れ、そして、わずかな非難。そのすべてが混じった視線だった。

レオンハルトはそれを真正面から受け止めることができなかった。
喉がひどく乾く。
呼び戻す?
あの女を?
自分が皆の前で「不要だ」と切り捨てた相手を?

(……そんなことが、できるわけがない)

レオンハルトはしばらく言葉を失っていた。玉座の前に立ち、背後には王国の象徴たる紋章が掲げられている。それにもかかわらず、今の彼にはその重みが重石のように嫌な責任となってのしかかっていた。

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