「地味でつまらない」と追放された令嬢、いつのまにか故郷で無双していました

きまま

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辺境の戦いからほどなくして、王都にもその報せが届いた。
——辺境伯令嬢アリシア・フォン・グランツの采配により、南方の魔物の大群、撃退。
その数、およそ百を超える。
もし砦が破られていれば、被害は国境を越え、王都にさえ及んでいたであろう——。

それはまさしく、国を救った一報だった。

けれど、王都の空はどこか冷たく、花の香りに満ちた街路には、信じがたいという囁きが満ちていた。

「まさか……あの辺境伯令嬢が?」

「殿下に婚約を破棄された、あの冴えない娘だろう?」

「誰かの手柄を奪ったに違いない」

最初のうちは、そんな声ばかりが飛び交った。
誰もが自分たちの値踏みした美と価値が覆されることを恐れていたのだ。

だが、日が経つにつれ、報告は次々と届いた。
討伐に参加した兵士の証言。
砦から運ばれた記録書。
辺境の民が語る、彼女の采配と奮戦の姿。

やがて、否定の声はしだいに小さくなり、代わりに沈黙が広がった。誰もが悟り始めたのだ。

王太子が切り捨てたのは、ただの令嬢ではなかった、と。
国を救い得る知と勇を備えた、“盾”そのものを追放したのだ、と。

豪奢な晩餐の席でも、舞踏会でも、その名は囁かれた。

「アリシア様がいてくだされば、国境は安泰だったろう」

「殿下は何を見ていたのだ……」

笑いと噂が絶えなかった王都が、今は口を結んでいた。その沈黙の中には、嫉妬と後悔と、わずかな畏怖が混じっている。

かつて茶会で嘲笑を浴びた令嬢の名が、今や王国全土に響き渡る。
その姿を見ることのないまま、貴族たちはようやく知るのだった。
——誰が本当にこの国を支えていたのかを。

そして、王の玉座にも、その報せは届いていた。
「『辺境伯令嬢、アリシア。百を超える魔物を討伐し、国境を防衛』……か」

王は長い沈黙ののち、重く息を吐いた。その吐息は、怒りと恥と、深い悔恨を孕んでいた。

「……アルベルトは、何ということをしたのだ」



「私は……、私はリリアーナを愛していたのです! アリシアなど不要と——」

王宮の大広間に、言い訳に似た情けない叫びが響いた。
純白の大理石に覆われた空間には、重苦しい沈黙が満ち、王族や重臣たちの視線が一斉に王太子へと注がれていた。

玉座の上、国王レオルド三世は静かに立ち上がった。その姿だけで、場の空気が一変した。

「——愚か者め」

低く唸るような一言が落ちた。続く怒声は、雷鳴のようだった。

「国を救った功臣を切り捨て、己の欲に溺れ、無力な娘に国を傾けるとは! お前に王冠を継ぐ資格はない!」

その声に、広間の空気が震えた。
臣下たちは息を呑み、リリアーナは震えながらアルベルトの腕に縋った。

「お、お父上……!私は、ただ……愛を——!」

「愛だと?その浅薄な情を愛と呼ぶか!」

王の声が鋭く響く。

「アリシアがいなければ、この国は滅んでいた。お前が捨てたのは、ただの女ではない。国の盾であり、誇りそのものだ!」

アルベルトの膝が砕けた。
彼は上擦った息を吐きながら、なおも何かを言おうとしたが、もはや誰もその声を聞こうとはしなかった。
重臣たちは沈黙のまま視線を逸らし、彼の味方をする者は一人もいなかった。

その瞬間、王の手が静かに振り下ろされる。

「アルベルト。お前の名は今日をもって王家の記録より抹消される。明朝、王都より追放とする」

広間の奥で、兵士が扉を開けた。
アルベルトは虚ろな目でその光景を見つめる。
泣き叫ぶリリアーナが彼の腕を掴んだ。

「いやです、アルベルト様!こんなのおかしい!全部、全部……アリシアのせいです!」

その叫びは、誰にも届かなかった。
王の視線が一閃し、衛兵たちが二人を取り囲む。

「連れて行け」

金属の鎖の音が静かに鳴り、二人はみじめに引きずり出されていった。重い扉が閉まると、広間には深い静寂が残った。

——人々は思い出していた。
あの華やかな茶会の午後。
アリシアを侮辱し、笑いの渦の中心で得意げに微笑んでいた王太子の姿を。

いま、その笑顔はどこにもない。
王都の誰もが知っていた。
かつて喝采を浴びたその男こそが、今や王国最大の笑いものとなったのだと。

白い大理石の床に、彼が脱ぎ捨てた赤い外套だけが取り残されていた。その色は、まるで過ぎ去った栄光の血潮のように、静かに冷めていった。



 
一方その頃、辺境の砦では、魔物討伐の祝宴が開かれていた。
篝火がいくつも焚かれ、夜風に揺れる光が人々の笑顔を照らしている。
兵士は歌い、子どもたちは踊り、農民たちは手にした木杯を掲げていた。
あの恐怖の夜を乗り越えた者たちの、心からの笑いだった。

「殿下が捨てたのは、宝そのものだったな」

老兵の一人がしみじみと呟くと、周りが笑い声を上げた。

アリシアは、焚き火のそばで杯を手にしていた。
炎の明かりに照らされる横顔は穏やかで、どこか遠い場所を見ているようでもあった。

「私はただ、自由を得ただけです」

彼女は静かに言葉を返した。

「王都の柵から抜けて、ただ故郷のためにこの身体を使える。……私は幸せものですね」

その言葉に、周囲が一瞬静まり、やがて「アリシア様に栄光を!」という声が上がった。杯がぶつかり合い、再び笑いが砦を満たす。

レオルドが娘の杯に自らの酒を注ぎながら、誇らしげに笑った。

「お前がここに戻ってくれて本当に良かった。お前のような娘を持てたことを、父として誇りに思う」

「……ありがとう、父上」

アリシアは微笑み、杯を軽く傾けた。
火の粉が夜空へと舞い上がる。彼女はふと顔を上げ、遠く北——王都の方角を見やった。

そこにはもう、かつての自分を縛る鎖柵、誰かの期待に怯える少女の影もなかった。
容姿と愛嬌こそが価値を決める王都の暮らしは、遠い記憶の底に沈んでいる。
今の彼女には、剣と知恵、そして仲間がいる。

「どうやら、武と知しか取り柄のない私には、この地の風がよく似合うようですね」

焚き火の明かりに照らされたその笑みは、かつての王都の華やかな光よりも、ずっと温かく、力強かった。

——かくして、辺境伯令嬢アリシアは、「地味でつまらない女」から「国を救った英雄」へと姿を変えた。
彼女の名は、辺境の風と共に語られ、人々の誇りとなっていった。

その夜、砦の上空には無数の星が瞬いていた。
まるで国境の地そのものが、彼女の未来を祝福しているかのように。
アリシアは杯を空へ掲げ、そっと呟いた。

「——この地に、安らぎがありますように」

星が一つ流れ、夜は静かに更けていった。
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