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第一章 終わりと始まり
6.祖父の遺産
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僕たちは執務室へは行かずに階段を上り、豪華なシャンデリアを見上げるように進んでから他の部屋よりもひときわ豪華な扉を開けてその中へと入った。するとそこは片側が全面ガラス張りの広すぎる洗面所、いやこういうのは化粧室と言うのか?
とにかくそこはドデカい美容院みたいな部屋で、鏡とテーブルと椅子以外何もなく広すぎて落ち着かない。
「すごー! お城の中みたいでマコってばお姫様になった気分だよ。
ここでメイクとかしていいの?」
「もちろん! ここがもう一つの遺産で真琴の分、ドレッシングルームよ。
そこの扉がクローゼットだから開けてみて」
「わかった!
クローゼットって憧れてたんだー
マコが使ってたのはお母さんのお下がりだったし……」
お下がりと言ってもクローゼットなんてものは築数十年だった我が家には無く、使っていたのは貧乏くさい粗末なビニールだんすだった。それでも文句も言わず僕と同じ部屋で、やはりお下がりの学習机に向って一生懸命勉強をしていた姿をこの先も忘れることはないだろう。
「あれ? なにも入ってない?
ああそっか、これから揃えていけばいいってことだよね!」
「NoNo、このクローゼットを使うといくつもの服が選べるの。
そこに衣装が描いてあるカードがあるでしょ?
好きなものを選んでからここへ差し込んで、目の前に立つと着替えられるのよ。
カワイイフリフリドレスとかもあるわよ?
それでね、そのドレスとかに防具の効果を付与できる優れものってわけよ!」
「…… えっと……
お兄ちゃんわかる?」
「ああ、もちろんわかるけどさ。
自動で着替えるならこんなに広いウォークインクローゼットいらないよね。
まあ普通の服もかけておけばいいのかな。
防具の効果ってのも見た目は可愛く、でも鎧同等の防御力が得られるってだけなんでしょ?」
「まあ端的に行ってしまうとそうね。
でもこの世界の、というかどこでも同じだけど丈夫な金属鎧はすごく重いのよ?
屈強な戦士でも全身着こんだら身軽には動けないわけ。
それがドレスのように動けるとしたらどう?」
「そんな物理法則に反したようなこと、こっちではありなんですか!?
ちなみにこの世界の鎧ってありがちな感じのやつですか?
全身金属甲冑のフルプレートみたいな?」
「そりゃそうよ、さっき通った玄関ホールに飾ってあったでしょ?
後で重さを確認したらいいわ。
ちなみに革鎧とか軽いものもあるけど付与できる物に制限はないからね。
重さは気にせずできるだけ丈夫な物がいいわ、持てなくたって構わないんだから。
全身着こんだら熊にかじられてもなんともないはずよ?」
「えっ? 熊なんているんですか? その辺に?
やっぱり危ないじゃないですか!」
まだ家の中から出ていないので危険は感じていなかったが、熊がその辺にいるなんて聞いたらやはり焦ってしまう。まさか家の中まで入ってくることはないと思いたい。だがドーンはその質問には答えてくれずそそくさとドレッシングルームを出て行った。
「それじゃ次に雷人の分ね。
下へ戻りましょ」
「上ったり下りたり忙しいですね……
先に下から見て行けばよかったのに」
「もう雷人ったら、レディーファーストって知らないの?
そんなんじゃモテないわよ?」
「こんな角生やしてたらもうモテませんって……
そもそもこの辺に人は住んでいるんですか?」
「そりゃ村だから人は住んでるわよ。
近い歳の女の子がいるといいわね。
そんなことよりも雷人の分を見に行きましょう、こっちよ」
思春期男子にとって結構大切だと思われる異性関係のことをそんなこととあっさり流されたが、今は確かに爺ちゃんの遺産を受け取る方が重要だ。僕はドーンの後について一階へ降りて執務室の先へと向かった。
「この先に置いてあるわよ、心の準備はいいかしら?
ちょっとびっくりすると思うのよねぇ」
「なんで僕の時だけ勿体付けるんですか……
実はガッカリでしたーとかありませんよね?」
「えっ? え、ええ、驚くとは思うわ……
喜ぶとも思うんだけど……」
どうやら何か裏がありそうで鼓動が早くなってきた。ドーンに促された僕は、大きな鉄の扉をゆっくりと引いて中を覗いた。するとそこには――
「な、なんでこれがこんなところに!?
どうやって? いやそれもそうだけど動かせるのか、これ?」
「お兄ちゃん、これがどうしたの?
なんか古そうなバイクだね」
「う、うん、これは爺ちゃんが乗ってたバイクだよ。
確か亡くなった後に売り払ったはずなのに……
僕が免許取る歳になったら貰う約束してたんだよ」
今目の前にあるのは、爺ちゃんが産まれたころに作られたと聞いていたすごく古い空冷のバイクだ。物心着いたばかりで幼なかった僕の目に映ったその車体は、まるでアニメから飛び出して来た非現実的な乗り物だと感じたことを思い出す。ただ一つ気になったのは、リアシートのところに出前器とおかもちが取り付けてあることだ。
僕は中学の頃ようやく買ってもらった自分の自転車に出前器を付けられて親父と大ゲンカしたことを思い出した。結局押し切られてどこへ遊びに行くにも出前器をぶらぶらさせるしかなく、いつも恥ずかしい思いをしていたのだ。だからできればこっちに来てまで出前には行きたくない。
「やっぱり驚いたでしょ?
実際は同じ物じゃなくてこっちに来てから復元したって聞いてるわ。
今回みたいに荷物を持ちこんだりしなかったからね」
「めちゃくちゃ驚きましたよ、色々な意味で……
でもこっちの世界にガソリンあるんですかね?
そもそもどうやって作ったんだろう」
「その辺りも君たちへ残していった説明書に載っているんじゃない?
私は読んでないから知らないけれど、ダイキならヒントくらいは載せてるわよ。
少なくともダイキはこれに乗ってあちこち出かけていたことは教えておくわ」
「そっか、そうですよね!
いつか乗れるよう調べてみます!
でも約束を守ってくれてただけですごく嬉しいなぁ。
ドーンさん、ありがとうございます!」
「あら? 初めてお礼言われたわ。
今まで文句ばかりだったものね。
色々と戸惑うことがあると思うけど、基本的には安全で楽しいところよ?
文明的にはそれほど栄えていないかもしれないけど、楽しさってそれだけじゃないでしょ?」
「うんうん、お兄ちゃんが楽しくなくてもマコは楽しいし嬉しいよ。
ドーンさんありがとね、連れて来てくれてさ。
あと髪の色、すっごく気に入ってるからね!
角だって見慣れたらかわいいし!」
角がかわいいと言うところには異論があるが、真琴がこんなにご機嫌なのは久しぶりで、それが純粋に嬉しかった。きっと本当に元の世界とは完全に切り離されたみたいで、今まで親がいたなんて感覚すらなくなっていた。真琴にとっては自分を棄てた母親と、酔って暴力を振るっていた父親の両方の呪縛から逃れられてホッとしている事だろう。
「それじゃ執務室へ行ってみようかしらね。
真琴はちょっと退屈しちゃうかもしれないから、着替えに行ってもいいわよ?」
「ううん、マコも一緒がいい。
これからはお兄ちゃんとずっと一緒なの!」
あまりにべったりも困るが、こちらの様子がわからないうちは離れずにいた方がいいだろう。万一でも熊に遭遇したらたまらない。土地勘もないわけだから迷子になる可能性も考える必要があるだろう。まずは爺ちゃんが残してくれた説明書とやらを読んでこの世界を知ることから始めるのだ。
ドーンは執務室まで来るとそのまま扉を開けてズカズカと入っていった。まるで何度も来ているように屋敷の中を歩き回っている。とうことはここで爺ちゃんと何らかの仕事をしていたのかもしれない。
「ここにはダイキが記録したものや集めた書物が収蔵されているの。
隣の書斎にはさらに沢山の書物があるから見てみるといいわ。
それでこれがトラスで体験したことや調べたことを記した説明書、ダイキの著書よ」
机の上には日本語で書かれた一冊の本が置かれていた。表紙には日本語で『トラスについて』漢字で『小村 大樹 著』と記されていて、僕たちがここに来る日のために長年置いてあったことが伺える。それにしてもついさっき書かれたように綺麗な本だし、建物も家具も全てピカピカなのが気になった。地球の一年がトラスの百年だとすると約八百年経っているはずなのに。
「ねえドーンさん、色々と聞きたいことがあるんだけど、それもこれを読めばわかるの?
爺ちゃんが記録してない事や知らないことだってあるよね?」
「そうね、きっとあるんじゃないかしら。
もしそう言うことに出会ったら、こんどは君たちが謎を解き明かすといいんじゃない?
ダイキがそうしてきたようにね」
僕はその言葉を聞いてどうしたらいいかわからなかったが、隣で袖口を引っ張る真琴はやる気満々のようだった。妹にそんな目で見られたら仕方がない、僕も笑顔を見せて強くうなずいた。
とにかくそこはドデカい美容院みたいな部屋で、鏡とテーブルと椅子以外何もなく広すぎて落ち着かない。
「すごー! お城の中みたいでマコってばお姫様になった気分だよ。
ここでメイクとかしていいの?」
「もちろん! ここがもう一つの遺産で真琴の分、ドレッシングルームよ。
そこの扉がクローゼットだから開けてみて」
「わかった!
クローゼットって憧れてたんだー
マコが使ってたのはお母さんのお下がりだったし……」
お下がりと言ってもクローゼットなんてものは築数十年だった我が家には無く、使っていたのは貧乏くさい粗末なビニールだんすだった。それでも文句も言わず僕と同じ部屋で、やはりお下がりの学習机に向って一生懸命勉強をしていた姿をこの先も忘れることはないだろう。
「あれ? なにも入ってない?
ああそっか、これから揃えていけばいいってことだよね!」
「NoNo、このクローゼットを使うといくつもの服が選べるの。
そこに衣装が描いてあるカードがあるでしょ?
好きなものを選んでからここへ差し込んで、目の前に立つと着替えられるのよ。
カワイイフリフリドレスとかもあるわよ?
それでね、そのドレスとかに防具の効果を付与できる優れものってわけよ!」
「…… えっと……
お兄ちゃんわかる?」
「ああ、もちろんわかるけどさ。
自動で着替えるならこんなに広いウォークインクローゼットいらないよね。
まあ普通の服もかけておけばいいのかな。
防具の効果ってのも見た目は可愛く、でも鎧同等の防御力が得られるってだけなんでしょ?」
「まあ端的に行ってしまうとそうね。
でもこの世界の、というかどこでも同じだけど丈夫な金属鎧はすごく重いのよ?
屈強な戦士でも全身着こんだら身軽には動けないわけ。
それがドレスのように動けるとしたらどう?」
「そんな物理法則に反したようなこと、こっちではありなんですか!?
ちなみにこの世界の鎧ってありがちな感じのやつですか?
全身金属甲冑のフルプレートみたいな?」
「そりゃそうよ、さっき通った玄関ホールに飾ってあったでしょ?
後で重さを確認したらいいわ。
ちなみに革鎧とか軽いものもあるけど付与できる物に制限はないからね。
重さは気にせずできるだけ丈夫な物がいいわ、持てなくたって構わないんだから。
全身着こんだら熊にかじられてもなんともないはずよ?」
「えっ? 熊なんているんですか? その辺に?
やっぱり危ないじゃないですか!」
まだ家の中から出ていないので危険は感じていなかったが、熊がその辺にいるなんて聞いたらやはり焦ってしまう。まさか家の中まで入ってくることはないと思いたい。だがドーンはその質問には答えてくれずそそくさとドレッシングルームを出て行った。
「それじゃ次に雷人の分ね。
下へ戻りましょ」
「上ったり下りたり忙しいですね……
先に下から見て行けばよかったのに」
「もう雷人ったら、レディーファーストって知らないの?
そんなんじゃモテないわよ?」
「こんな角生やしてたらもうモテませんって……
そもそもこの辺に人は住んでいるんですか?」
「そりゃ村だから人は住んでるわよ。
近い歳の女の子がいるといいわね。
そんなことよりも雷人の分を見に行きましょう、こっちよ」
思春期男子にとって結構大切だと思われる異性関係のことをそんなこととあっさり流されたが、今は確かに爺ちゃんの遺産を受け取る方が重要だ。僕はドーンの後について一階へ降りて執務室の先へと向かった。
「この先に置いてあるわよ、心の準備はいいかしら?
ちょっとびっくりすると思うのよねぇ」
「なんで僕の時だけ勿体付けるんですか……
実はガッカリでしたーとかありませんよね?」
「えっ? え、ええ、驚くとは思うわ……
喜ぶとも思うんだけど……」
どうやら何か裏がありそうで鼓動が早くなってきた。ドーンに促された僕は、大きな鉄の扉をゆっくりと引いて中を覗いた。するとそこには――
「な、なんでこれがこんなところに!?
どうやって? いやそれもそうだけど動かせるのか、これ?」
「お兄ちゃん、これがどうしたの?
なんか古そうなバイクだね」
「う、うん、これは爺ちゃんが乗ってたバイクだよ。
確か亡くなった後に売り払ったはずなのに……
僕が免許取る歳になったら貰う約束してたんだよ」
今目の前にあるのは、爺ちゃんが産まれたころに作られたと聞いていたすごく古い空冷のバイクだ。物心着いたばかりで幼なかった僕の目に映ったその車体は、まるでアニメから飛び出して来た非現実的な乗り物だと感じたことを思い出す。ただ一つ気になったのは、リアシートのところに出前器とおかもちが取り付けてあることだ。
僕は中学の頃ようやく買ってもらった自分の自転車に出前器を付けられて親父と大ゲンカしたことを思い出した。結局押し切られてどこへ遊びに行くにも出前器をぶらぶらさせるしかなく、いつも恥ずかしい思いをしていたのだ。だからできればこっちに来てまで出前には行きたくない。
「やっぱり驚いたでしょ?
実際は同じ物じゃなくてこっちに来てから復元したって聞いてるわ。
今回みたいに荷物を持ちこんだりしなかったからね」
「めちゃくちゃ驚きましたよ、色々な意味で……
でもこっちの世界にガソリンあるんですかね?
そもそもどうやって作ったんだろう」
「その辺りも君たちへ残していった説明書に載っているんじゃない?
私は読んでないから知らないけれど、ダイキならヒントくらいは載せてるわよ。
少なくともダイキはこれに乗ってあちこち出かけていたことは教えておくわ」
「そっか、そうですよね!
いつか乗れるよう調べてみます!
でも約束を守ってくれてただけですごく嬉しいなぁ。
ドーンさん、ありがとうございます!」
「あら? 初めてお礼言われたわ。
今まで文句ばかりだったものね。
色々と戸惑うことがあると思うけど、基本的には安全で楽しいところよ?
文明的にはそれほど栄えていないかもしれないけど、楽しさってそれだけじゃないでしょ?」
「うんうん、お兄ちゃんが楽しくなくてもマコは楽しいし嬉しいよ。
ドーンさんありがとね、連れて来てくれてさ。
あと髪の色、すっごく気に入ってるからね!
角だって見慣れたらかわいいし!」
角がかわいいと言うところには異論があるが、真琴がこんなにご機嫌なのは久しぶりで、それが純粋に嬉しかった。きっと本当に元の世界とは完全に切り離されたみたいで、今まで親がいたなんて感覚すらなくなっていた。真琴にとっては自分を棄てた母親と、酔って暴力を振るっていた父親の両方の呪縛から逃れられてホッとしている事だろう。
「それじゃ執務室へ行ってみようかしらね。
真琴はちょっと退屈しちゃうかもしれないから、着替えに行ってもいいわよ?」
「ううん、マコも一緒がいい。
これからはお兄ちゃんとずっと一緒なの!」
あまりにべったりも困るが、こちらの様子がわからないうちは離れずにいた方がいいだろう。万一でも熊に遭遇したらたまらない。土地勘もないわけだから迷子になる可能性も考える必要があるだろう。まずは爺ちゃんが残してくれた説明書とやらを読んでこの世界を知ることから始めるのだ。
ドーンは執務室まで来るとそのまま扉を開けてズカズカと入っていった。まるで何度も来ているように屋敷の中を歩き回っている。とうことはここで爺ちゃんと何らかの仕事をしていたのかもしれない。
「ここにはダイキが記録したものや集めた書物が収蔵されているの。
隣の書斎にはさらに沢山の書物があるから見てみるといいわ。
それでこれがトラスで体験したことや調べたことを記した説明書、ダイキの著書よ」
机の上には日本語で書かれた一冊の本が置かれていた。表紙には日本語で『トラスについて』漢字で『小村 大樹 著』と記されていて、僕たちがここに来る日のために長年置いてあったことが伺える。それにしてもついさっき書かれたように綺麗な本だし、建物も家具も全てピカピカなのが気になった。地球の一年がトラスの百年だとすると約八百年経っているはずなのに。
「ねえドーンさん、色々と聞きたいことがあるんだけど、それもこれを読めばわかるの?
爺ちゃんが記録してない事や知らないことだってあるよね?」
「そうね、きっとあるんじゃないかしら。
もしそう言うことに出会ったら、こんどは君たちが謎を解き明かすといいんじゃない?
ダイキがそうしてきたようにね」
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