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第三章 学校生活始めました

35.考え事の多い日常

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 翌日から数日かけて、僕はマイのところへアレコレ持ち込んで相談を繰り返した。マイはマイで温麺(うーめん)屋を古来のラーメン屋へと変貌させるために話し合いをしているらしい。こうしているうちに一週間くらいが過ぎ、どうせ村まで出て来ているのだからと、計算の講師もなんとなく再開していた。

「みんな大分理解して出来るようになってきたね。
 九九を覚えているかどうかはこの先の理解に影響してくるから、全員ちゃんと覚えるように。
 遅れてるとかそういうのは気にしなくていいから、確実に身につけようね」

「「はーい」」

 一日二時間週二回の約束で教えているが、クラスに今いる子たちは四則演算まではほぼできるようになっていた。ただ、やはり落ちこぼれた子は出てしまうので、その辺りは個別に見てあげる必要がある。習熟具合も年齢もばらばらなのでなかなか大変だし、そうこうしているうちに、いつの間にか言語を習得した一人が上がってきてしまった。

 飛び級を否定するつもりはないが、こうもばらばらに教えていては効率が悪いし、そもそも授業のほとんどは自習である。根本的に教師が足りていないのはどうにかできないだろうか。それにはまず収入の手段として教師を選んでもらえるようにする必要がある。

 とは言っても教師を雇う資金は村の予算なので無尽蔵ではない。それどころか万年不足気味だと聞かされている。収入源はわずかな税収と他の集落への魔道具販売、あとは観光でやってきた人たちに外貨を落としてもらうくらいらしい。

 村長になれば頭を悩ませることはこんな程度ではなくもっと盛りだくさんだろうに、たしかチハルと言うあのおっさんは、それでも一番上に立ちたいと欲を持てるのだからすごいエネルギーだ。このトラスに来て魔人と言う枠の中で生活してしばらく経ったが、あそこまで欲を持っている人を他に知らない。どちらかと言うと人間臭いと言うか現代的と言えばいいのか、そんな雰囲気を感じた。

「あーやだやだ、なんで僕まで避けなこと考えなきゃいけないんだ。
 もっと気楽に生きていきたいもんだ」

「雷人様? どうしたのですか突然に。
 なにかお悩み事でもございましたか?」

「いやあ、あのチハルって人はしつこいなぁと思ってね。
 なんでそんなに村長になりたがるのとか、金にこだわる理由とかさ。
 敵意のむき出し方ももはや異常でしょ」

「そうですね、チハルさんと取り巻きの何名かは移住二世なので村では新参です。
 それでもあれほど力を持っているように見えるのはなぜだと思いますか?」

「やはり押しが強いから? それとも村の財政を良くしようと言うのが支持されてるとか?
 でもコ村は他の村よりも保守的だって言ってましたよね?」

「実のところ本当の答えはわかりません。
 でも支持者の多くがタカ派であることが気になるのです。
 コ村に来る前は、先日騒ぎになった獣人の集落よりもさらに北方にいたと聞いています。
 北西方面は人間の活動も多く、衝突が原因で流れてきたのかもしれません」

「もしかして人間の街へでも攻め込もうとか?
 そこまでしないにせよ攻撃的思想を持ってるってことかもね」

「はい、まだ村長へ噛みついているだけならいいのですけど……
 若い子たちを中心に過激思想が広がっている気配もあるので注視する必要があります。
 まあいずれ村を割って出ていくかもしれませんね」

「確かに変に騒ぎを起こされるよりは出て行ってもらった方がよほどいいね。
 でもそこまでやる覚悟はないから村を乗っ取ろうって考えなのかも」

「まったく困ったものです。
 かと言って力ずくで追い出すこともできませんしね」

 学校の帰りに観光案内所へ立ち寄り、こんな感じの雑談をしているだけでも家にこもるよりは大分健康的だ。しかしあまり一人で楽しんでいるのは真琴にも悪い気がしてしまうし、そろそろ帰ることにした。

 もちろん今日もチャーシはついて来てくれていたが、村の入り口と家の正門の間くらいで待機してもらっていた。魔人の村なのに獣人と一緒にいるだけでなく、メイド姿の使用人を連れた少年はなんなのかと村長に身元照会があったと聞かされたからだ。

 村長は大喜びで説明したかったらしいが、念のため事前確認に来てくれて助かった。これ以上目立ってしまったら本当に引っ越しを考えるところだ。そんなことを思い出しながら村を出てまもなくチャーシと合流した。

「ライさま、もうお帰りになるの?
 お屋敷に来客アリとハンチャから連絡が来ているわ。
 ちなみにマコさまはライさまから返事が来ないとお怒りの様子。
 それはそうよね、ガールフレンドといちゃいちゃしていたんだもの」

「いちゃいちゃなんてしてないよ。
 村興しの話とか色々、真面目な話ばかりさ!」

 そう言い返しながらスマメを確認すると真琴からの呼び出しと、返事が来ないのはなぜかと怒りのメッセージが何通も飛んで来ていた。すぐに返信をして仕事の打ち合わせをしていたと言い訳をしたが、真琴の怒りはどうにも収まらないようだ。とにかく早く戻らなければいけない。


 やがて家に帰りついた僕の視界には意外すぎる相手が映っていた。なんと同じ魔術基礎の落ちこぼれ、マハルタがやってきていたのだ。どうしてここがわかったのか、僕になんの用なのか、色々腑に落ちないが、いきなり帰れとは言えないのでまずは話を聞いてみることにした。

「やあマハルタ、君がうちを知っていたのは意外だったよ。
 あまり話をしたこともなかったしね」

「何言ってるの、あなたたち兄妹のことを知らない村人なんていないわよ。
 世が世なら魔神の使いとして世界を治めていてもおかしくないって言う人もいるんだから」

 それ言ってる人って村長なんじゃないだろうか。根も葉もない、わけじゃないけど、うわさを広めることで外堀から埋めて行こうみたいなことを考えていたと聞かされても疑問は持たないくらいには信用していない。

「それで君はどう思っているのさ?
 なにか用があるのか? 僕には思い当たらないけどね」

「用って言うか、全然学校に来ないからどうしてるかなって……
 でも授業に出てないだけで近くまでは来ているんでしょ?
 教室の窓からあなたが通りを歩いていくのが見えたのよ。
 だから気になってここまで来てみたわけ」

「ああそうか、君は知らなかったんだろうけど、僕は下のクラスで計算を教えているんだ。
 それだけが唯一の取り柄みたいだからさ」

「へえ、やっぱり私らみたいな完全な落ちこぼれとは違うんだね。
 ちゃんと授業に出れば魔術だって出来るようになるんじゃない?
 だからさ…… 学校へ来たら、どうかな?」

 マハルタの予想もしなかった言動に僕は虚を突かれ言葉が出なかった。これってもしかして…… いや、そんなこと簡単に起こるはずがない、と高鳴る気持ちを抑え平常でいることを心掛けたのだが、目の前のマハルタが顔を赤らめ、モジモジと照れくさそうな仕草を見ればなにを考えているか誰でもわかるはずだ。

 この場でなんと答えるのが正解かわからなかった僕は、なんとか一言発するだけが精いっぱいだった。

「善処します……」
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