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第三章 宿屋経営と街での暮らし

26.またも剥奪

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 グランと一緒に辺境の村を助けに行ってから十日ほどが過ぎていた。その後アーマドリウス家からは何も言ってきておらず少々拍子抜けしている。ルモンドの様子だとすっぐにでも連れ戻しに来そうな雰囲気もあったがあれは彼なりの気遣いだったのかもしれない。

「本当に戻らなくて良かったのか?
 王族への輿入れだってまだ十分あり得るんだろ?」

「やあねそんな言い方。
 グランは私のこと幸せにしてくれるつもりはないの?」

「ガキが何言ってんだか。
 もうその手には乗らねえぞ?」

「何言ってんのーはグランでしょ。
 別に結婚して私個人を幸せにしてほしいって言っているんじゃないわ。
 世の中を変えるってことを言っているのよ」

「あ、ああ、そっちのことな……
 それはちゃんと考えてるさ。
 でも一つ思ったのは武力行使しなくてもこの間みたいな方法もあるなと。
 最終的には武力か知力か財力かの違いなだけなのかもな」

「そうよね、ただの盗賊だったら武力しか使えない。
 でも今のグランたちなら財力もあるし辺境の村をまとめている統率力もある。
 うまく組み合わせれば無血革命なんてこともできるかもしれないわね」

 もし本当に革命が出来たなら貴族であるアーマドリウス家ももちろん大きく没落することだろう。その時にはもちろん王族も他の貴族も等しく平民になってもらうつもりだ。ただ実際にはそう簡単にいくものではないことはわかっている。

「まあ理想論ではあるが犠牲者は少なければ少ないほどいいからな。
 だがよ、平等な世の中なんてもの本当に出来ると思うか?」

「出来るか出来ないかで言えば出来ないでしょうね。
 でも近づけることはできると思うの。
 少なくとも搾取する側とされる側なんて極端なものでなくすることくらいはね」

「その選挙制度と議会政治ってやつか?
 一応大分理解はしてきてるんだがぴんと来ないんだよなあ。
 結局民衆から選ばれるのは元王族や元貴族になりはしないか?」

「それでもいいのよ。
 王政のような独裁政治で無くなることがまずはじめの一歩でしょ。
 圧政を敷くようなら次の選挙では落選するんだもの。
 重要なのは取り締まり機関をきちんと整備することね」

「そうだよな、今だって賄賂や強要が蔓延ってるんだもんな。
 それを取り締まる側なんて言ってみりゃ権力側だろ?
 結局繰り返しになりゃしねえか?」

「収賄や脅迫強要なんて相当重くして死罪でいいんじゃない?
 罰則について取り決めた法律と裁定するための裁判所も必要になるわね。
 そう言う職には今まで国と民のことを考えてきた貴族や街の有力者がついて欲しいわ」

「こりゃまだまだ先は長そうだな。
 貴族みたいな立場で味方になってくれる家がありゃいいが無理だろうし。
 万一計画が王族へ漏れちまったら大ごとになるしな」

「その辺は行動起こした後でも何とかなるわよ。
 もちろん混乱はあるでしょうし簡単に行くはずはないけどね」

 近代史はあまり勉強してきていないが完璧な民主主義なんて実現されていないことくらいは知っている。それに過去に起きた革命が知っている範囲すべて戦争の歴史だと言うことも。

 それでも封建社会や社会主義が滅んだケースもあるし、この世界とよく似ている王政と貴族社会もそのままの姿で現存しているとは言い難い。つまり時代が進めばいずれ民が主役となるものなのだ。

 グランがこの先実際に革命を起こせるかどうかはわからないし、危ない目に合うことを望んでいるわけではない。もしかしたらもっと後の世代で起こる出来事かもしれないし、革命なんて起きないままに変革がやってくるかもしれない。

 でも私はグランがこうやって考えている姿を見るのが好きなのだ。元盗賊でまともな教育を受けていないとは思えない明晰さにカリスマ性とも言えるほどのリーダーシップは唯一無二とも言える。そのそばで社会の変化を感じながら生きていけるなんて幸せだと思う。

 とりあえず今は私の知る限りと言う限られたものだけど民主主義について説明していこう。それを聞いたうえでこの世界にあったものを考えたり必要な人材を探していくことだろう。私は少しでもその助力が出来たなら十分幸せである。

 そんなことを考えながら宿屋の仕事の合間に勉強会を行っていたのだが、そこへ思わぬ邪魔が入ることとなった。大声で駆け込んできたのは街門警備の仕事へありついている仲間の一人だった。

「お嬢! ちょっと一緒に来てくれ!
 隣国から来た馬車が通行証もないのに街へ入れろと騒いでいるんだ」

「なんで私が呼ばれるわけ?
 そう言うのはグランの仕事じゃないのよ」

「いやそうなんだがお嬢のことを知っているらしくて呼んでくれって言うのさ。
 ルルリラってお嬢の本名だったよな?」

 もしかしてルモンドがやってきたのだろうか。でもどうしてこの街にいることが分かったのか。まあ大分日が経っているから気づかないうちに調査でもしていたのかもしれない。

「わかったわ、北門へ行けばいいのかしら?
 一体誰なのかしら、私を知っている人なんて限られているはずなのに……」

 仲間と一緒に街の北門へ行ってみると確かにそこには警備兵と押し問答をしている馬車が止まっていた。だがその顔に見覚えはない。作りは立派だが紋章が入っていないため貴族の馬車には見えずただの金持ち程度の馬車に見えた。

「私を呼び付けたのはどなたかしら?
 その馬車に私の知り合いが乗っているの?」

「あなたがルルリラ様でしょうか。
 わたくしはとあるお方の使いとしてこの街へやって参りました。
 どうぞ中へお入りください」

 馬車の中から顔を出した男の申し出は一見すると怪しげで信用ならないと思えたが、男が手に持った手紙の裏にある封蝋の紋章をこちらに示されては信用しないわけにはいかなかった。

 だってそうだろう。その紋章は隣国の王家の物だったのだから。そしてこんなことをするのはあのバカ王子、ハマルカイトしかいないだろう。

「彼は元気にしているの?
 お兄様たちは残念なことになったと聞いているわ」

「はい、そのこともありましてハマルカイト様にはずっとご健勝でいただきませんと。
 さらにはお世継ぎ候補を早めにとの王命もございます」

「お世継ぎって…… 私たちはまだやっと十三になったところなのに王様も心配性だわ。
 それで私に戻って来いって言いに来たわけじゃなさそうだけど?」

「わたくしには詳しいことはわかりかねます。
 まずはこちらのお手紙をご確認ください。
 一通はハマルカイト様、もう一通が国王陛下の代筆となっております。
 そしてもう一通が――」

「分かってるわ、お父様でしょ?
 こうなると用件も大体想像がつくわね」

 王族が絡んだ密書と言うことで持ち帰るわけにはいかずこのまま馬車の中で封を切った。国王からの手紙は予想通り正式に婚約を解消するという内容だった。おそらくは父上からの手紙も同じ内容だろう。

 ハマルカイトからの手紙も内容はさほど変わらない。しかし決定的な違いがあった。それは自分の保身とでも言おうか、婚約の解消がいかに自分の責任ではなくルルリラが今まで取ってきた行動が悪かったからだと言う言い訳じみたものであった。

「まったく失礼しちゃうわね。
 だいたいもう一年もたっているのだから今更婚約関係にあるだなんて思ってないわ。
 行方不明のままにして勝手にすればいいのに正式な手続きが必要なのかしら」

 最後に父親からの手紙を開いた私はその内容に愕然とした。こんな馬鹿なこと!? また私は奪われるのか。ルルリラに本当の自分である矢田恋という人格を奪われた上に人生を終わらされてしまった。ようやく声だけ取り戻したがもうこのままルルリラとして生きていくしかないはずだった。

 それなのに今度はそのルルリラ・シル・アーマドリウスとしての人格も奪われてしまうと言うのか。

「ただの遣いであるあなたに言っても仕方ないけどね。
 ハマルとイリアを結婚させるために身分を差し出せだってさ。
 私からルルリラを取り上げて代わりにイリアをハマルの妃にするなんて……」

 別にルルリラとして生きてきたわけではないのでさほど思い入れはない。記憶があると言ってもしょせん他人の体験したものだ。

 だがそれでも普通では考えられないこの仕打ちに涙をこらえることは難しく、私は馬車の中で声を殺しながら泣いてしまった。
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