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素朴でごく普通のパンとお茶
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若菜亜美から逃れてハイペースで走って帰ってきている僕は、咲の家の窓を横目で見ながら誰もいないことを確認していた。しかし落胆することはない。今日の夜も、そして明日は一日中一緒にいられるのだから焦る必要なんてないのだ。
この間二階の窓から見ていたのはたまたまだったんだろう。大体まだ六時になるかどうかでそんなに早く起きている理由もない。けど朝から顔を合わせることができるならそれはもちろん嬉しいことだ。
最後の直線で全力疾走しながら咲の家を通り過ぎ、残念な気持ちと共に息が上がっていた僕は、玄関まで来て鍵を開けながら思わず独り言を言っていた。
「しかしまいったなあ、来週からは別のルート考えないと……」
「父さんが帰ってきてから会っちゃったら何を言われるかわからないや」
「そうね、変に勘ぐられても困るものね」
「でも女の子に好かれることが、本心では少し嬉しかったりするんじゃないかしら?」
「まあ嬉しくないわけじゃないけどさ、僕にその気がないんだから困るよ」
「あら? なぜその気がないの? 女の子に興味がないから?」
「そういうことじゃないけど…… 僕にはもう心に決めた子がいるんだ」
「…… って咲! いつの間に後ろにいたのさ!?」
「走っていくのが見えたの、だから朝ごはん一緒に食べようと思って来たのよ」
「一応キミの分もあるけど食べる?」
「ありがとう、それじゃ遠慮なくもらおうかな」
「しかし随分早起きなんだね」
僕はそう答えてから家の中へ咲を招き入れた。
「今朝はパンを焼いていたからもう起きていたのよ」
「台所借りるわね、紅茶入れようと思うけどキミは牛乳かしら?」
「うん、すぐにシャワー浴びてくるから適当に使っててよ」
「日本茶が良ければそこの茶箪笥に入ってるけど飲むかい?」
「いいわね、いただきたいわ」
「オッケー」
僕が咲にしてあげられることは少ないが、お茶っ葉を出してあげるくらいは簡単なことだ。茶箪笥に入っている茶筒を取り出して台所のテーブルへ乗せた。
咲の家とは違っておしゃれとは程遠い自分の家だが、訪れた咲がそんなことを気にせずにくつろいでくれるのは何となく嬉しかった。
「そんなにいいお茶じゃなくて安い玄米茶で悪いね」
「あら、別に悪いなんてことはないわ、いつも飲んでいる物なんでしょう?」
「どういうものか私も味わってみたいわ」
咲はニコリと笑いながら急須に茶葉を入れ始めた。火にかけたばかりのやかんの水はまだまだ沸きそうにない。
僕はいったん部屋へ行き着替えの下着と制服をもって脱衣所へ向かった。汗をたっぷりと吸い込んだジャージとTシャツ、肌着を洗濯籠に放り込んでから風呂場でお湯を出す。
シャワーでしっかりと汗を流してから風呂場を出たが、いつものようにパンツにTシャツと言うわけにはいかない。Yシャツを着て制服のズボンをはいてから台所へ行った。
「朝から頑張るわね、お疲れさま」
咲はそう言って僕の前に牛乳を置いてくれた。一緒に薄く切ったパンとチーズ、それと僕の毎朝の朝食であるバナナが切った状態で皿に乗せられていた。
「ありがとう、こうやって切って並べるとバナナもおしゃれに見えるから不思議だなあ」
「いつもはそのままかじってるだけなんだけどね」
「もしよかったらパンに乗せて食べてみて、塩パンにあわなかったらチーズにしたらいいわ」
僕は勧められるがままにパンとバナナを一緒に食べてみた。味は微妙な組み合わせで、パンの塩味にバナナの甘みが合うとは言い難い。次にチーズと一緒に食べてみたらこっちはなかなかイケる。
「塩パンって言うのか、焼きたてだからか香りがいいね、でも見た目は普通のパンみたいだけどなあ」
「塩が乗ってるから塩パン? バナナよりもチーズと一緒に食べた方がおいしいね」
「やっぱりそうだったかしらね、まあ塩パン自体はそんな特別なものじゃなくてありふれた素朴なパン、この玄米茶と同じよ」
「もちろん素朴が悪いって意味じゃないわ、ずっと変わらない優しさと味、まるでキミみたいよ」
唐突に自分と並べて語られたので戸惑ってしまう。しかもけなされてるのか褒められてるのかすらよくわからない表現だった。
「え、なんで僕みたいなのさ、素朴はあってるかもしれないけどね」
「なんとなく言ってみたくなっただけで深い意味はないわ」
「それよりさっき言っていた心に決めた子って言うのが気になるわね」
「えっ? なんで気になるのさ、そんなの決まってるよ、えっと……」
言葉に詰まっている僕を咲は微笑みながら眺めている。意地の悪い質問だと自分でわかっているのだろう。そしてどう考えても答えはわかりきっている。
でもなんでそんなことをわざわざ聞くんだろうか。声に出して言わせたいのか、それとも他に何か理由があるのか、その意図はわからないがはっきりと答えるのも恥ずかしい。
結局答えを口に出せないまま沈黙が続き、そこへ助け舟を出すように咲が口を開く。
「いいのよ、わざわざ言葉にしなくてもわかるわ、でも心に決めているって言うのは思いつめすぎじゃないかしら?」
「私たちの関係はまだ始まったばかりよ」
「そうかもしれないけど僕には咲しか考えられないんだ、これは野球の事を抜きにしてもだよ」
「決して自分のメリットがあるからとかそんなんじゃないんだ、その…… 初めて……」
「初めて? なあに?」
「うん…… 初めて好きになった女子だし、あと…… 初めて…… キスした相手だし……」
「うふふ、かわいいわね、でもそれはお互いさまよ」
「お互いさまって? どういう意味?」
「もう、相変わらず鈍い人ね」
咲はそう言って座っている僕に近寄ってきて上から見下ろすようにキスをしてきた。それはほんの軽いものだったが、僕は力が湧いてくるようなそんな気持ちになっていた。
この間二階の窓から見ていたのはたまたまだったんだろう。大体まだ六時になるかどうかでそんなに早く起きている理由もない。けど朝から顔を合わせることができるならそれはもちろん嬉しいことだ。
最後の直線で全力疾走しながら咲の家を通り過ぎ、残念な気持ちと共に息が上がっていた僕は、玄関まで来て鍵を開けながら思わず独り言を言っていた。
「しかしまいったなあ、来週からは別のルート考えないと……」
「父さんが帰ってきてから会っちゃったら何を言われるかわからないや」
「そうね、変に勘ぐられても困るものね」
「でも女の子に好かれることが、本心では少し嬉しかったりするんじゃないかしら?」
「まあ嬉しくないわけじゃないけどさ、僕にその気がないんだから困るよ」
「あら? なぜその気がないの? 女の子に興味がないから?」
「そういうことじゃないけど…… 僕にはもう心に決めた子がいるんだ」
「…… って咲! いつの間に後ろにいたのさ!?」
「走っていくのが見えたの、だから朝ごはん一緒に食べようと思って来たのよ」
「一応キミの分もあるけど食べる?」
「ありがとう、それじゃ遠慮なくもらおうかな」
「しかし随分早起きなんだね」
僕はそう答えてから家の中へ咲を招き入れた。
「今朝はパンを焼いていたからもう起きていたのよ」
「台所借りるわね、紅茶入れようと思うけどキミは牛乳かしら?」
「うん、すぐにシャワー浴びてくるから適当に使っててよ」
「日本茶が良ければそこの茶箪笥に入ってるけど飲むかい?」
「いいわね、いただきたいわ」
「オッケー」
僕が咲にしてあげられることは少ないが、お茶っ葉を出してあげるくらいは簡単なことだ。茶箪笥に入っている茶筒を取り出して台所のテーブルへ乗せた。
咲の家とは違っておしゃれとは程遠い自分の家だが、訪れた咲がそんなことを気にせずにくつろいでくれるのは何となく嬉しかった。
「そんなにいいお茶じゃなくて安い玄米茶で悪いね」
「あら、別に悪いなんてことはないわ、いつも飲んでいる物なんでしょう?」
「どういうものか私も味わってみたいわ」
咲はニコリと笑いながら急須に茶葉を入れ始めた。火にかけたばかりのやかんの水はまだまだ沸きそうにない。
僕はいったん部屋へ行き着替えの下着と制服をもって脱衣所へ向かった。汗をたっぷりと吸い込んだジャージとTシャツ、肌着を洗濯籠に放り込んでから風呂場でお湯を出す。
シャワーでしっかりと汗を流してから風呂場を出たが、いつものようにパンツにTシャツと言うわけにはいかない。Yシャツを着て制服のズボンをはいてから台所へ行った。
「朝から頑張るわね、お疲れさま」
咲はそう言って僕の前に牛乳を置いてくれた。一緒に薄く切ったパンとチーズ、それと僕の毎朝の朝食であるバナナが切った状態で皿に乗せられていた。
「ありがとう、こうやって切って並べるとバナナもおしゃれに見えるから不思議だなあ」
「いつもはそのままかじってるだけなんだけどね」
「もしよかったらパンに乗せて食べてみて、塩パンにあわなかったらチーズにしたらいいわ」
僕は勧められるがままにパンとバナナを一緒に食べてみた。味は微妙な組み合わせで、パンの塩味にバナナの甘みが合うとは言い難い。次にチーズと一緒に食べてみたらこっちはなかなかイケる。
「塩パンって言うのか、焼きたてだからか香りがいいね、でも見た目は普通のパンみたいだけどなあ」
「塩が乗ってるから塩パン? バナナよりもチーズと一緒に食べた方がおいしいね」
「やっぱりそうだったかしらね、まあ塩パン自体はそんな特別なものじゃなくてありふれた素朴なパン、この玄米茶と同じよ」
「もちろん素朴が悪いって意味じゃないわ、ずっと変わらない優しさと味、まるでキミみたいよ」
唐突に自分と並べて語られたので戸惑ってしまう。しかもけなされてるのか褒められてるのかすらよくわからない表現だった。
「え、なんで僕みたいなのさ、素朴はあってるかもしれないけどね」
「なんとなく言ってみたくなっただけで深い意味はないわ」
「それよりさっき言っていた心に決めた子って言うのが気になるわね」
「えっ? なんで気になるのさ、そんなの決まってるよ、えっと……」
言葉に詰まっている僕を咲は微笑みながら眺めている。意地の悪い質問だと自分でわかっているのだろう。そしてどう考えても答えはわかりきっている。
でもなんでそんなことをわざわざ聞くんだろうか。声に出して言わせたいのか、それとも他に何か理由があるのか、その意図はわからないがはっきりと答えるのも恥ずかしい。
結局答えを口に出せないまま沈黙が続き、そこへ助け舟を出すように咲が口を開く。
「いいのよ、わざわざ言葉にしなくてもわかるわ、でも心に決めているって言うのは思いつめすぎじゃないかしら?」
「私たちの関係はまだ始まったばかりよ」
「そうかもしれないけど僕には咲しか考えられないんだ、これは野球の事を抜きにしてもだよ」
「決して自分のメリットがあるからとかそんなんじゃないんだ、その…… 初めて……」
「初めて? なあに?」
「うん…… 初めて好きになった女子だし、あと…… 初めて…… キスした相手だし……」
「うふふ、かわいいわね、でもそれはお互いさまよ」
「お互いさまって? どういう意味?」
「もう、相変わらず鈍い人ね」
咲はそう言って座っている僕に近寄ってきて上から見下ろすようにキスをしてきた。それはほんの軽いものだったが、僕は力が湧いてくるようなそんな気持ちになっていた。
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