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第十三章 授かる姫君

58.人間臭さ

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 あの日は夢のような時間が過ぎて行った。と言うより本当に夢だったと思っている者も居て、ギルガメスはあの時の出来事をきちんと覚えていないようだ。二人で隠し扉を通った後の出来事、さらにそこで見たなにか、それらがあまりにも非現実的なものであったため自分の記憶が信用できないでいると後から聞いた。フローリアがなんとか扉まで運んできて床へ転がしたと言うのに、まさかその苦労を無かったものにされるとは。

 ギルガメスが目を覚ますまでの間にフローリアがアサクサへ指示を出すと、隠し扉の開錠装置を撤去し普通の壁へと作り変えてくれた。その上で彼女の研究室の壁に、表面へ手を触れ瞳を翳(かざ)すと開く小さな扉を設置した。これ誰にもで見つからずこっそりと出入りできる。とにかく見たことの無い文字や文献、物語や記録映像まであると言うのだから入り浸ってしまいたくて仕方ない。

 しかし高度な技術が収められているため危険でもあるわけで、絶対にお父さまには知られてはならない、フローリアはそう考えていた。もう大分老いて大人しくなったらしいが、それでも若い頃には他国へ進軍し我が国へ富を齎(もたら)していたのだ。当然周辺国の恨みも買っているだろうが、少なくともフローリアたちが産まれてからは小さな諍(いさか)いすらなく、世の中は平和に満ち溢れている。

 話に聞いたところでは、この国は国王独裁制から専制君主制へと変わり、さらに民主化を目指しているらしいが、その混乱に乗じて他国の進軍が無いよう事前に条約を結んで大金を積んだらしい。条約を破った時にはタダでは済まさないと言わんばかりの厳しい罰則が盛り込まれ、元より攻められる立場だった周辺国の統治者たちは喜んで条約を結んだそうである。

 だがフローリアが手にした力はそんな生易しいものではない。なんと言ってもすぐに人類が滅亡できるほどの兵器があると言うのだ。それが本当なのかどうかはわからないが試すわけにもいかない。だが数日後に記録映像を見せられてその疑念は消し飛び、間違いなく事実だとあっけなく受け入れる羽目になった。

「嘘でしょ…… なによこの爆発…… すぐそばに人が大勢いるのよね……?
 一体これだけで何十人、いいえ、百人以上は亡くなってしまいそうだわ」

「いいえ、この一発で万単位の人間が消滅します。
 ですがこれは記録映像ではなく、映画と言って娯楽用に作成された映像です」

「はああ、なんだ、偽物なのね、少し驚いたけどそれ聞いたら安心したわ。
 それにしてもこんな恐ろしい映像を作るなんて趣味が悪いわね。
 ま、誇張された物ならもう驚きはしないわよ」

「いいえ、現実にはもっと高威力な兵器がたくさんあります。
 人類最初の大量破壊兵器である原子爆弾では、一発で14万人が亡くなったと記録されています。
 それから100年後に使用された最新型の原子爆弾では、一度に801万人が亡くなりました。
 撃たれた側が報復発射した同等兵器による被害は3発で1056万人、次の報復では――」

「やめて! わかったからもうやめて……
 確かにそれなら人類も滅ぶわね…… それにしても随分人口が多かったのね。
 数千万人が被害にあってもまだ人はいたのでしょ?」

「はい、地球の最大人口は西暦2097年の106億人でした。
 そこから緩やかに低下の予想だったのですが、それから数年後に世界戦争が勃発しました。
 2101年からわずか6年間で世界人口の半数以上、80億人が亡くなったのです」

「はあ…… すごい数ね、この国にはどれくらいいるのかわからないけど。
 アサクサはこの星の世界人口って把握しているのかしら?」

「いいえ、知るすべがありません。
 ただ文明レベル、人口密度、発展年数等から推察すると1億から3億人程度と考えられます。
 これは地球の西暦1000年前後のデータをもとに算出しました」

「レベルは、えっと階級、等級ってことだったわね。
 データは…… 情報とか統計結果みたいなものか。
 ねえ、大分わかってきたはずなのだけど、まだいまいち理解できないことがあるのよ。
 外来語という概念はどういうことなのかしら、なぜ翻訳ではなくカタカナで表すの?」

「国外から入って来た異国語を全て漢字で表すのが困難だったからだと思われます。
 その後1950~60年代から急激に外来品の流入が増えカタカナ表記が増えていきました。
 一部はファッション、つまりおしゃれや流行という形で伝搬し世の中に氾濫しました。
 纏めますと、合理化と流行が大きな理由と推察されます」

「なるほどね、そう言ったことに関する資料や文献もあるのかしら。
 他には産業の発展と環境破壊や戦争へ至る歴史とか…… さ?」

「はい、もちろん取り揃えてあります。
 一般的に流通していた書籍や映像の他、教育に使用されていた教材もあります。
 日本では7歳より6年間の初等教育、13歳のから6年間の中等教育を義務としていました。
 その前後に1歳~6歳の幼児教育、19歳以上には高等教育もありました。
 ですが私のようなAIの普及で高等教育の必要性が失われました。
 そのためごく一部の意欲的な人間以外は18歳の成人まで形だけ学習するに留まります。
 AIの整備や発展にはAIが用いられるため人類は環境を汚染するだけの不要な存在です。
 あ、ここはブラックジョークなので笑うところですよ? マスター」

「全然笑えないわ…… 地球の冗談ってそんなのばかりなわけ?
 頬が引きつってしまいそうなものばかりじゃないの。
 もっと純粋な娯楽…… 演劇とか歌劇は? 歌や踊りもあるのでしょ?」

「はい、笑いを提供するものには落語やコント、漫才と言ったものがあります。
 演劇や歌に踊りも世界中に多数あります。
 すべてではないですがかなりの数が収蔵されていますので、勉学の息抜きにご覧あれ。
 ちなみに庶民の笑いとして駄洒落が有り、日常的会話の中へ盛り込む人間も多数いました。
 例えば『布団が吹っ飛んだ、どこへ? 隣との境まで、へー』等と言ったものがあります」

「ちょっと待って? 説明してくれた娯楽の種類は理解できたんだけどね。
 その駄洒落と言うののどこが面白いわけ?
 全然意味が分からないのだけど?」

「これは日本語の同音異語や同義語を組み合わせて音を楽しむものです。
 ここの現地語で説明しても何の意味もなしません。
 日本語を学ぶと理解できるはずですが、それほど真剣に学ぶものではありません」

「わかったようなわからないような……
 まあまずは学んでみるわよ、毎日来られないのが残念だけど。
 私も色々と忙しいわけよ」

「はい、生徒たちが待っていますから仕方ないですね。
 くれぐれも夜遅くまで書物を読みふけらないように。
 また体調不良になって医師に叱られてしまいますよ?」

「わかってるわよ、意外に細かいこと言ってお母さまみたい。
 ―― …… ちょっと? あなた書庫までしか監視してないって言ってたわよね?
 それなのになんでそれ以外の詳しいこと知ってるわけ!?
 ちょっと! なんとか言いなさいよ!」

「これはこれは、ばれてしまいましたね。
 申し訳ございません、失礼しマスター、ぷっ、ぶふぉっ」
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