限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十章 睦月(一月)

250.一月八日 午後 異変の正体

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 時刻は十五時を回った辺り、日が大分傾いてきたが冬の晴れ間で穏やかな日である。しかしここ金井小の校庭では正体不明の異変が起きており、八早月と綾乃にとっては緊急事態と言える状況だ。

 とりあえずノリノリの夢路は放っておいて綾乃を校庭外へと誘導した八早月は、表へ出た瞬間にに不快感が納まったことに気付いた。綾乃も同じように元気を取り戻し不思議そうな顔をする。

「これってどういうこと? やっぱり演奏が原因なの? そんなことある!?
 そうだ! モコはどうしたかな? モコ、出ておいで!」

『なんだよ主ぃ、眠いよ…… 』

『どうやらモコも大丈夫のようで一安心です、八早月様、ご心配おかけしました。
 私もすっかり元通りでなんともございません。みくず殿はいずこに?』

『主様、真宵殿、どうやらなにか封印の術かなにかがかけられております。
 真宵殿と藻孤は主との繋がりが強いため姿が消えることは無かったのかと。
 ここからならば気配が探れるようにはなりましたが、妖ではないようですね』

『ああ、藻さんも元に戻ってホッとしました、
 ところでみいさんはいかがですか? ちゃんとここにいるのか心配です』

『わらわもここにおりますのじゃ。閉じ込められて一人にされ何事かと思ったのじゃ』

 どうやらこれで全員元通りのようだと一安心した八早月だが、まだ別の問題があることを思い出した。別行動になっている美晴も中にいるのならば同じ状況かもしれず、今すぐ安否確認するために綾乃がメッセージを送った。

「私は夢路さんを連れだして来ます。綾乃さんはここで待っていてください。
 美晴さんから連絡があったら中へは入らないようお伝えくださいね」

「うん、わかった、八早月ちゃん気を付けてね、入るとまた調子悪くなるかもだからさ」

 綾乃の心配に笑顔で答え、真宵たちを常世へ帰してから八早月は再び校庭へと向かった。そのまま先ほどの場所まで行くと夢路は同じようにゆらゆらと耳を傾けている様子だ。声をかけても反応が無いため力づくで引っ張って行こうとするが、なぜかものすごい力で抵抗されてしまった。

「こまったわね、夢路さん聞こえないかしら? いったん外へ出ましょう!
 あまり強く引っ張ると怪我をさせそうで怖いわね」

 とは言えこのままにしておけないため仕方ないと考えた八早月は、夢路の足元を払いその場で体勢を崩した。すると抱える間もなくすぐに立ち上がり再びゆらゆらの同じ動きを始めるのだった。

 よく見ると周囲の人たちも同じ動きをしており、八早月の知識だとこれは祭事で起こる集団催眠効果のようだと感じていた。つまり解決するにはその元を絶たないと意味がない。いくら限定的な範囲の中だけとは言え異常事態であるのは間違いないのだ。

 やむなく夢路を置き去りにし校庭から出て行くと、綾乃のそばには美晴と橋乃鷹涼が立っていた。二人はどうやら外にいたらしい。

「八早月ちゃん、なにがあったの? 夢は平気なの?
 私たちはちょっとだけ表にいて音楽が聞こえてきたから戻ろうとしたの。
 そしたら綾ちゃんがここにいてさ、引き留められたってわけ」

 何となく、目を反らしながら気まずそうに言い訳じみたことを自分からぺらぺらと話す美晴に違和感を覚えるも、今起きている事には関係なさそうだと気にせず返答をする八早月だ。

「表にいたなら良かった、確証はないけれど何らかの儀式が行われているわ。
 目的はわからないしどうやっているのかも謎なの、でも演奏が切っ掛けでしょうね」
 
「それじゃあの楽団が首謀者ってこと? でも町が呼んだ市民楽団らしいよ?
 怪しい団体ってことは無いと思うんだけどねえ」

「とにかく破る手立てを考える必要があるわ、きっと結界に似たものでしょう。
 西洋のまじないだとするとまた呪符があるかもしれないわ。
 中に入っても動けるのは私だけだと思うから二人は人が入らないようにしてね」

「ちょっと!? それは無理があると思うんだけど―― ってもう行っちゃったよ……」

 走り去って行く八早月の後姿を見ながら綾乃と美晴は苦笑するしかなかった。完全に置いてきぼりな橋乃鷹涼はぽかんとして立ち尽くすだけである。


 三度校庭へ入って行った八早月は、外周の植え込みの間や遊具の裏などを丹念に探って行く。するとやはり紙に印刷した魔方陣が貼っていある遊具があるではないか。同じように見つけ剥がしていくと、校庭一周で前回と同じ十三枚の呪符を見つけることができた。

 しかし校庭内の様子は代わりが見られる音楽も継続したままである。もしかしたら薬物でも焚いているのかと思ったがそんな様子も見られず八早月は困惑していた。相変わらず校庭内では藻の気配が感じ取れないことから、呪符を剥がしても解決できていないのは明らかである。

「綾乃さん、ちょっとこれを預かってもらえるかしら、持っているだけなら平気だと思うのだけれど、少しでもおかしいと感じたら燃やしてしまっていいわ」

「わかったけど、何かあってもこんなところで燃やすなんてで―― ああ、行っちゃったよ……」

 再び校庭へ戻った八早月は、なにか見落としていることがあるに違いないと注意深く周囲を探った。遠くでに見える夢路は相変わらずだし他にも九遠の生徒を数人見つけていたがどの子も同じ状態だった。

 なにもおかしなものを発見できないまま再び表へ戻った八早月は、一つの妙案を思いついた。危険を伴うが今はこれくらいしか思い浮かばないので試してみようと思い立つ。

「八早月ちゃん大丈夫? なにも手伝えなくてごめんね」

「まだ綾ちゃんは見えてるだけマシだよ、アタシなんてホントになんにもだもん」

「見えてるってなにが? いったい何が起きてるわけ?」

「涼君はどうせわかんないんだから黙って大人しくしてて!」

 心配してくれている二人に微笑みかけた八早月は真宵たち三人を呼び出した。一体どんな策を講じるのだろうかと二人は興味津々である。そして八つ当たり気味で美晴に怒鳴りつけられた橋乃鷹はタダの被害者だ。

『藻さん、私を乗せて校庭の上に上がって下さい。
 真宵さんはこの状況下でも一番長く動けるので、万一の際に受け止めて下さい。
 巳さんは上空から治療の鱗をばらまいて下さい、でも無理はしないようにね
 美晴さんには綾乃さんから後で説明してあげて』

 そう言うと、八早月は藻の背中へ乗り上空へと浮き上がった。巳女は八早月の肩の上で準備を整え、真宵は校庭の外周付近で待機することになる。

 もし結界の効果が上空高くまで続いていたらすぐに藻は消えてしまい八早月は落ちてしまうだろう。それを迅速に受け止め結界外へと退避する重要な役目に身震いしていた。八早月の考えではせいぜいお椀状だろうとのことなのだが、試してみないことにはわからないのが不安である。

「うげええ、人が! 人が飛んで行った!? なんでええ?」

「涼君うるさい! わかんないんだから黙っててって言ったでしょ!
 次騒いだら引っぱたくからね!」

 またしても美晴に叱られた橋乃鷹はがっくりとうなだれている。今からこれでは先が思いやられると綾乃は横目で苦笑していた。だがその直後、自分ならこんな恐妻にはならないのになんて考えが頭をよぎり、つい直臣の顔を思い浮かべたことに赤面してうつむいている。

 綾乃は誰にも気づかれずホッとしながらも、しばしば勝手に想像し勝手に恥ずかしがる、そんな一面を持っているのだった。
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