限界集落で暮らす女子中学生のお仕事はどうやらあやかし退治らしいのです

釈 余白(しやく)

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第十章 睦月(一月)

264.一月十九日 午後 後始末

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 交通規制は夜まで続くらしく、やってきた車を迂回させるために警官が苦労している様子だった。それほど交通量が多い場所であり、もしこのまま祠巡りを開始すれば訪れる人たちには危険な場所となりそうである。

 そんなことも含め話し合うとの名目で、立ち合いのために来ていた町長たちが一席設けるとの話になってしまった。八早月としてはさっさと帰って飛雄との時間を過ごしたかったのだが無責任に投げ出すこともできない。

 なんと言っても準備期間を作らせず創建を強行したのは、明らかに八早月の我がままなのだから。

「まずはお疲れさまでございました、私たちも素晴らしい体験ができました。
 ご紹介いたします、こちら郡史編纂をされております日部ひべ先生でございます。
 先生、こちらが八岐神社の神職をされている筆頭の櫛田様でございます」

「これはこれは、当代は可憐な少女と聞いてはおりましたがこれほどとは。
 私は日部新美あらたみと申します」

 そう言って名刺を差し出してきた。にこやかにほほ笑む優しげな雰囲気は、どこか玉枝にも似ている気がする。それにどこかで見たような、会ったことがあるような気がしていた。

「日部先生、失礼ですがどこかでお会いしたことはございませんか?
 記憶が確かではないのですが、お顔に見覚えがあるのです」

「ええっ!? 本当に覚えていらっしゃるのですか?
 実は十年ほど前に八畑村へ行っており、幼少時にお会いしているのです。
 その時はまだ歩くかどうかだったはずなのですけどね、いやはや驚きです」

「左様でございましたか、私も覚えているかと言われると自信はありません。
 ただなんとなく初めてでは無い気がしただけですから偶然でしょう。
 事情が有り当時筆頭だった父は隠居して私に代替わりしております」

「そうだったのですね、私は最後に訪れた後に股関節を悪くしてしまいまして。
 山歩きが難しくなり足が遠のいてしまったのです、申し訳ございませんでした」

「とんでもございません、なにも悪いことなどしていないではありませんか。
 あのような山奥、一度でも来ていただけただけで光栄と存じます」

 そんな思ってもみない再会、と言っても全く覚えていなくて当然の相手と話が弾んだのだが、いつまでも横にそれているわけにはいかない。まずは町長が話を切りだした。

「先ほどの儀式で、子供たちを中心に不思議なものを見たとの声がございました。
 私にはなにも見えなかったのですがなにかご存知ではないでしょうか。
 いえ、今後現地で混乱が起きてしまうことを想定すべきかと考えた次第です。
 本日は通行規制を行いましたが常にと言うわけにもいきませんものですから」

「詳しくは私もまだわからずこれから調べる予定なのです。
 判明しているのは、神事に伴い何らかの神が誘われあの祠を憑代にしようとしたと言うくらいでしょうか」

「なんと!? そんなことがあるのですなあ、いやあ驚きでございます。
 つまり久野町には他の神様もお住まいなのですね? これは喜ばしきこと!」

『まあ今も八早月ちゃんの頭の上に浮いてるんだけどね』

『綾乃さん、しっ! どうせ見えないのですから黙っていれば良いのです』

 それにしても町長の五本木は現代では珍しい信心深さである。ただ話を合わせているだけかもしれないが、それにしてはリアクションが仰々しい。それも政治家のなせる技なのだろうか。

 この後も交通規制や神所かんどころ巡りの安全性についての話し合いがもたれ、双尾弧神藻小祠そうびこしんみくずしょうし以外も含めて、案内の看板を多少離れても安全が確保できる場所へ設置することとなった。

 それにしてもこの力の入れよう、下手をすれば八畑村民よりも信心深いと言えなくもない。今まで久野町でこれほど神所を大切に扱った例は無く、正直戸惑いを隠せない八早月である。

 しかしこれには裏が有り、今回の観光振興策である神所巡りは、久野町出身で国内有数の歴史研究家、特に失われつつある道祖神研究の第一人者である日部新美の現役最後の仕事となるらしい。そして旧知の仲である町長もまた次回は出馬せず引退すると言うことで久野町を愛する二人による最後の大仕事と言うわけだ。

 八早月は宿に後から聞かされたためこの時はまだ知らず、なんと信心深いのかと感銘を受けていた。そうではなかったことを後ほど聞かされ残念がったのは言うまでもない。

 話し合いは順調に進み、諸問題にめどが付いたと言うことでようやくお開きである。土曜日で役場が休みのため町営図書館の会議室を借りたのだが、そのおかげで零愛たちも辛うじて暇つぶしができたらしい。

 そしてようやく本当に一段落し帰り道となったのだが、一緒に来ていた手繰は夢路の母たちと寒鳴家で二次会のようだ。もちろん美晴と夢路が選んだ着物を持って帰ってもらうので、ついでに着付けの勉強会を行うと言っている。

 そう言いつつまた黙って鰻でも食べたりすることの無いように、と八早月がくぎを刺す。先日は宿と二人で食べに行ったので、須佐乃が真宵へうっかり・・・・漏らしてしまい明らかとなったが今回は知るすべはない。


「それにしても思っていたよりも時間がかかったわね、少し疲れたわ。
 もしかしたらこれ・・のせいかもしれないけれど」

 そう言いながら八早月は頭上を指差した。例の光は相も変わらずぼんやりと光りながら八早月の頭をかず離れずふわふわと浮いていた。未だ正体がわからないのは不気味だが、幸いなことに悪気あくけは感じない。

「一体なんなのかね、儀式のときにはハルと夢にも見えてたんだろ?
 と言うことはすごい力があるとかそう言うことじゃないのか?」

「妖なら見えるから力が強いとも限らないし、その特性としか言えないわね。
 輝きが強くなると現世に漏れるだけと言うことかもしれないし。
 でも私はとても嫌な予感を感じているのよねえ」

「あーわかった、あれもなにかの神様で、また八早月ちゃんに憑りつくかも?
 それってフラグだよ、あるある過ぎて結果が見えてるような気がする!」

「相変わらず夢路さんの話は難解で、鵜呑みにすると恥をかくわ
 以前教えてもらった目盛の話も勘違いして覚えていたしね」

「あれは別に現実の話だなんて言ったこと無かったのにさー
 自分が失敗して恥ずかしいからって人のせいにしちゃダメだぞー?」

「くっ、なんだか飛雄さんと結納を交わしてから夢路さんが厳しくなったわ。
 もしかして――」

「ええっ!? 夢ったらまさかヤキモチ焼いてるの? 珍しいなー
 自分の恋愛には全く興味ありません、みたいに言ってるくせにさ」

「ちょっとハルったら勝手なこと言わないでよね、ヤキモチなんて焼かないよ。
 もうくっつける楽しみが無くなっちゃったからさ、今度は別の楽しみを探してんの」

 まったくはた迷惑な話である。そう感じているのは第一に綾乃、そしてまさか自分も標的なのかと心配する零愛だった。特に綾乃は学校内に相手もいるわけだし、わずかだが意識してしまっているしで油断できない。それにいつ自分が本気になるかもわからないと考えてしまうくらいには直臣に魅かれていた。

 ところが不思議なことに最近の夢路は綾乃と直臣のことを口に出さなくなっている。それが却って不気味だと感じる綾乃だった。
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