限界集落で暮らす専業主婦のお仕事は『今も』あやかし退治なのです

釈 余白(しやく)

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第???章 番外編

1003.一月三日 午後 親子孫で繰り返し紡ぐ日常

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 なんだか楽しみになってきた、と年甲斐もなくそわそわしている八早月であるが、子供時分とは違うからこそ忘れてはいけないこともある。今さっき夢路へ言ったばかりだが自分のところにも子供が残っているのだ。

「さてと、真八まや! お出かけの準備をしておきなさい。夕方に綾乃さんのところへ行きますからね。今晩はご馳走ですけどまた興奮しないで行儀よく頼みますよ?」

 八早月の下の娘である真八は、子供の頃の八早月よろしく豪華な洋食が珍しいと感じる年頃だ。年末にドロシーの誕生会をやった時には興奮しすぎて料理の皿をひっくり返し、着ていたドレスが台無しになるという失態を親戚中に披露していた。

『八早月様、久しぶりにとてもご機嫌ですね。美晴殿は元気にしておられたのでしょうか。聞く話では職を転々としてご苦労なさっていたとか』

「そうね、でもやっぱり目標を大々的に宣言して出て行った手前、簡単に戻ることが出来なかったのではないかしら。それでも苦労して得られたこともきっとあるはず。それに今後は支えて下さる伴侶が出来る予定なのだから大丈夫でしょう」

『それにしても、状況がわかっているのであれば夢路殿だけにはお伝えしておいた方が良かったのではありませんか? 今も大層喜んで号泣していた様子、きっと心の臓が張り裂けんばかりに心配していたこと容易に想像できます』

「それも考えたのだけれど、いつでも居場所を突き止められるくらい監視されているかもしれないなんて考えたら気が休まらないではありませんか。ですから寄時おじさまも詳しいことは教えて下さらないのだと思いますよ?」

『そう言うものなのですね、思慮が足りず差し出がましいことを申し上げまして失礼いたしました。それにしても手繰様の弟君は何者なのでしょうか』

「なんでしょうね、私にはわからない知らない世界をたくさん存じているのでしょう。八家でも耕太郎さんはそう言った調査が得意ですし、適性があるのかもしれません」

 八早月のすぐそばには以前と変わらず凛として美しい立姿の真宵がいた。年齢も見た目もすっかり追い抜いてしまった八早月は、なんだかずるい悔しいとしょっちゅう愚痴をこぼしている。

 だがいずれこの生活も終わりを告げることは間違いない。呼士は巫が引退、継承するときには消滅する存在なのだから。それでも八早月の没後に常世で会えるのだと信じて今は精一杯遣えると決めている真宵である。その信念は最初から一点の曇りもなく変わっていなかった。

 かたや気楽に考えているのがみくず巳女みめである。元より常世の住人であり、今も格としては地域神に属する二人にとって人間の死は一つの終わりにしか過ぎない。その区切りを過ぎた後は悠久の時を共に過ごすだけと言うわけだ。果てしなく広い常世だろうと無限の時間があるのだからいつかは見つけられるはずと考えていた。

 そして同じような考えで待ち構えている者が他にもいる。言うまでもなく八岐大蛇、そして初代八岐贄やまたにえお櫛・・である。今の今まで現世に呼んでもらえることはなく退屈な日々が過ぎ去るのをただ待っているところだ。

 それがようやっと、およそ半生に差し掛かかった。ここまでくればもう同じだけ待てば自分の生き写しのような娘子に会える。それまでは手近な八岐大蛇に愚痴をこぼし続ければ良い。

 八岐大蛇にしても、八早月が常世に来ればお櫛の愚痴が止まるので助かる。没後にどういった扱いをされるのかはまだわからないが、ごく当たり前に弔われたとしても早々に神格となるだろうし、なんなら今唐突に生き神となってもおかしくないとさえ考えていた。

 神である八岐大蛇にとって四、五十年は瞬きする程度の時間、のはずなのだが、今は現世での出来事を日々眺めることを楽しみとしながら過ごしている。当然、体感的な時間経過は人間のそれと変わらなく長いものだ。

 そして今日も、見られているなどとは考えていない八岐贄の面々は、妖討伐であったり嫁婿探しであったり、はたまた友と大騒ぎしたりと様々なことに精を出し八岐大蛇と初代を楽しませていた。

 そんな神々の過ごし方はともかく、八早月は真八を着替えさせ出かける準備を進める。今頃は夢路がそわそわしながら同じように迎えを待っていることだろう。もう何年振りかわからない、恐らく十五年は経っての再会なのだから落ち着いていられるはずがない。

「まだお時間あるなら真八も何か用意しようかな。かあさまの大切なお友達なのでしょう? お会いしたことはないけれど真八だって仲良くなりたいもの」

「そうね、簡単なものなら出来そうよ。おそらく一時間以上はかかると思うわ。その間に真八は何が作れそう? 折角だしかあさまもお手伝いしようかな?」

「じゃまが入るとよけいに時間がかかってしまうからかあさまはじっとしていてください。あ、でも発電機を動かしていただけると助かります。クッキーを焼くのにオーブンが使いたいのです」

「はい、わかりました、邪魔はしませんから頑張ってね。では裏へ行って参ります。こういう時は男手がないと不便ねえ」

 八早月はブツブツ言いながら家の裏手に置いてある発電機へと向かった。相変わらず電気は通っていないのだが、発電機を使えば家電製品も使えるのだと結婚した後に知ったのだ。

 なぜ今まで誰も気が付かなかったのだろうと思わなくもないが、北条姉妹房枝と玉枝が煮炊きしてくれていた時は調理も風呂も薪で事足りていた。唯一困るのはスマホの充電くらいだったのだが、それも持ち運びできる蓄電池を通学中に車で充電し、(板倉に運んでもらい)まかなっていたので困ったことはない。

 その下女たちはそれぞれ九十と八十を超えた頃にいとまをやり、今はふもと近くの平地に設けた老人向け長屋へ越してのんびりと暮らしている。そのため櫛田家の台所は一時壊滅的な事態に陥ったが、玉枝の孫が週に三度面倒を見ると申し出て食事情は改善した。

 先日、房枝の紀寿きじゅ(百歳の祝い)で遊びに行ったときには歯の無くなった口をもごもごもさせながら『うばふて山にひょうこそいらふぁいまひた』と言っていたが、どうやらまだお迎えを断っているようで何よりである。玉枝も九十を超えているのだが、八早月の家事が心配だからと未だに戻って来たがって仕方がないほどには元気である。

 そんな風に物思いにふけっていたら娘から督促の声が聞こえてくる。慌ててエンジンをかけると発電機が猛烈な音を立てて動き出した。

「かあさま、かあさま、早く電気をお願いします。もうそろそろ生地を作り終えてしまいますよ? まったくもう、おばあちゃまと同じくらいのんびりしてるのですから困ってしまいます」

「あらあら、私もあれくらいのんびりなのですか? 決してそんなことはないはずなのですけれどねえ。かあさまはどちらかと言うとテキパキとお役目をこなす有能な印象ではありませんか?」

「そう思っているのはご自分だけですよ? もう若くないのですから過信しないことですね。おばあちゃまもそう思いますでしょ?」

「まあまあ、真八ちゃんは小さい頃の八早月ちゃんそっくりで口が達者なこと。これからお出かけなら今晩はババ一人でお留守番ですか? あらあら、熊でも出たらどうしましょう」

「わかっております。知らない間柄ではないのですからお母さまもお連れしますよ? 板倉さんにも大きな車を手配していただきましたからね。それにしても、やはりどう見てもお母さまのほうが、私よりもはるかにのんびりしていると思うのですけれど?」

「真八からすればどんぐりの背比べですね。真八も将来こうなるのかと思うと寒気がしてくるのですよ。すでに姉さまは似たような感じではありませんか」

「確かに羽八瀬はやせはのんびり屋ですけれどね? 八飛魯やひろは…… 似たり寄ったりと言ったところでしょうか。でも羽八瀬はああ見えて零愛さんのところで妖退治をしておりますからね。芯はしっかりしていると思っているのです」

「えー、姉さまだけずるいではありませんか。真八も早くお役目について行ってみたいです。早く来年の八月になればよいのですけれどね」

「まだ今年が始まったばかりですよ?ようやく七歳なのですからまだまだ先ですね。それに八岐贄になるのはいいことばかりではありません。儀式では痛いらしいですし、妖が見えるようになり感じられるようになると、怖くて夜眠れなくなったりもするらしいですからね」

「らしいらしいと他人事ですね。真八だってかあさまみたいに全然平気に決まってます。お料理で手を切ってしまっても泣かないでしょう? さっきも脚の上に鉄板落としたけれどへっちゃらでした!」

 裏から戻ってきた八早月が恐る恐るテーブルの下を覗くと、ひっくり返して散らかしたのであろう、真っ白な粉と生地の破片がばらまかれたままだった。だが今指摘しても全部終わってから片付けるつもりと言い訳をするに違いない。まるで自分を叱るようでいつも頭の痛い八早月である。

 こうして八畑村に夜のとばりが降りてくるころ、道中ずっと泣き続けていた夢路と美晴たちを乗せたマイクロバスが櫛田家へと到着した。そのまま八早月たちを乗せてからバスの大きさに見合わない山道を進み隣の家へと向かうのだった。



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