魔法少女は世界を救わない

釈 余白(しやく)

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成功体験

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 ようやくこの時がやってきた。毎日のようにサクラと町中を走り回りようやく見つけた魔竜は、学校が休みになる前に見たよりも倍くらいの大きさになっていた。パッと見、小娘どもの身長と大差ないようだ。

『おいサクラ、あやつらはまだ来んのか? いきなり逃げ出すことは無いと思うが、いつまでもここにいると不審者扱いされかねんぞ?』

「でもここは同い年のアザミの家だから見つかっても何とかなりますよ。カタクリさんと同じ士族なんスけど、アタシに優しくないんですよね……」

『ほう、以前は良くお前にちょっかい出していた髪の長いあいつか。となるといじめていた相手がお前で良かったかもしれんな』

「ちょっと聞きづてならないっスね。そんなひどい言いよう、一体どういう意味なんですか?」

『おそらく手ごたえのないお前に変わって、今は別の相手をいじめているのだろう。もしお前が相手を恨んだり仕返しを考えたりしていたとしたら――』

「そうか、それも負の感情になるってことっスね。でも誰もいじめられないのが一番ですよ」

『それは理想論で、実際に人は人を攻撃するものだしそこに理由があるのは限らない。さすがに快楽で人をいたぶるものは少なかろうが、気晴らしに弱い相手に手を出すことは珍しくない』

「それはそうなんでしょうけど…… あの魔竜はアザミの悪意を食べてこんな大きくなったんですかね?」

『始めに見てから二週間ほどでこの大きさ、一人分ではないかもしれんな。学校の敷地内を移動していたことも気にかかる』

「毎日アザミを追いかけていたってことっスかね? でもそれなら随分目立つでしょうに、誰も気が付かなかったんでしょうか」

『真後ろをつけて道路を這っていくようなことはしないさ。物陰に隠れながらついて回っているのだろうな』

 アザミとやらの家の庭で、モミジとカタクリを待つ間そんな話をしていたのだが、突然怒鳴り声が聞こえてきた。どうやら家の中で諍いが起きているらしい。

「そんなことでは立派な人になれませんよ! もっと士族として誇りと責任を持って取り組みなさい! あなたがそんなだとこの家は取り潰しになってしまうのよ! お父様のように警備の下っ端で終わりたいの!?」

「お母さまごめんなさい。もっと頑張りますからゆるして……」

 母親らしき者の怒鳴り声の後、小娘のすすり泣く声が聞こえてきた。どうやら訓練か勉強かでしごかれているらしい。怒鳴りつけたり無理強いしたりしても効果は薄いと言うのに哀れなやつだ。

「神具様、聞こえました? きっとアザミがしごかれてるんですね。学校ではいつも威張ってて嫌な子ですけど、こういうの聞いちゃうとやるせないっスねえ」

『そうだな、おそらく家で親に受けた仕打ちが心の傷になっているのだろう。それを学校で他の者へ向けることで解消していると言うわけだ。無論そのどちらも悪意を吐きだす要因となる』

「つまり魔竜はアザミの家と学校を行ったり来たりしていた? そりゃまた随分と熱心なことで……」

 母親に虐待まがいの教育を受けた恨み、それを晴らすため学校でのいじめ行為、そしていじめられた別の娘の恨み、それらを喰らって魔竜は成長したに違いあるまい。それならばこの成長速度も納得できる。

「サクラ、お待たせ。まさかアザミの家にその魔竜ってやつがいたなんてね」

「カタクリはアザミと仲いいの? 同じ科だし同じクラスよね?」

「そうよ、それに週一の合同訓練でも一緒になるわ。ああこれは内緒のことだから誰にも言わないでね」

「相変わらず士族には秘密が多いですねえ。どういう訓練をしているのかが気になって仕方ないっスよ」

「それはまた今度教えるわね。でも三人でやってる訓練のほうがためになってる気はするわ。おかげでやけどすることなんて無くなったもの」

「それは良かった、やっぱり誘って正解でした。じゃあそろそろ始めましょうかね。指示は出しますので打ち合わせ通りにお願いします」

 いよいよ初めての実戦である。この時が来るのを何年待ち続けただろうか。産まれてから約四千年、一度たりとて討伐の場にいたことは無かったが、ようやく俺様も神具としての楽しみを得る、いや役目を果たせる時が来たのだ。

 とはいえ相手は子供の背丈程度の未成熟な魔竜だ。おそらく簡単に片付いてしまうだろう。できれば少しくらい苦戦してくれると楽しめて、いや課題が見えていいのだがな。

「それじゃ二人ともいいっスか? まずは魔力を練ってください。 ちょうどよくなったら声を掛けますからね」

「わかったわ」
「了解よ」

「くれぐれも火を炊いたり風を起こしたりしないように気をつけて。モミジは指先をそろえてくださいよ。カタクリさんはもう少しゆっくりでお願いします」

 俺様の目で見てもサクラの指示は的確だ。モミジの指先には緑色の魔力が集まっているし、カタクリの手のひらには赤い球状の魔力が練られている。そしてサクラには二人がきちんと魔力制御できているかどうかの見極めが出来ている。これは眺めているだけで出番がなさそうである。

「イイ感じですね。二人ともそのまま魔力を保っていてくださいよ。そのまま魔竜へ向けて同時発射です。三、二、一、発射!」

 サクラの合図とともに発射された炎と風の魔力球が魔竜へと直撃した。魔竜の身体はやや黄色がかったまま動きを止めている。

「バッチリです。では留め差しますね」

 最後にサクラがほんのわずかな水の魔力を送り込むと、魔竜を覆っている色が白く変化した。それから数秒後、その白い光もゆっくりと消えていく。

「二人ともこれであの蛇を見てみてください。さっきまでの青い魔力は完全に消えてます。大成功っスよ!」

「ホントだ! 私たちがやったのよね? 初めてなのにすごくない?」

「やったね! 自分では見えないから自信無かったんだけどうまく言ってほっとしてるわ。私の魔力はきちんと飛んでたってことよね?」

「はい、カタクリさんの火球はまっすぐ飛んで行って当たりましたよ。モミジの風の矢もバッチリでした」

「仕組みは教科書に載ってたから何となくわかってたんだけどさ。なんで最後はサクラもやらないといけないの? 魔竜が青いから緑の風と赤い炎だけでいいんじゃない?」

「ピッタリに出来ればそれでもいいんですけど、足りないとまた魔力練りからやらないとですよね? だから少し多めに当てておいて、最後にアタシが調整した方が簡単だと考えたんです。思惑通りうまくいって嬉しいっスね」

 本当にその通りだ。計画と言うのは成功して初めて達成感が得られるものである。もちろん経過も大切なのではあるが、最終的に失敗となれば落胆の気持ちが勝ることが当然なのだ。

 たった今体験したこの成功がこやつらの大きな喜びとなり、きっと更なる修練と成功体験を求めることだろう。それこそ俺様の思惑通りと言うのものだ。

 この小娘どもも今後失敗することだってあるだろう。しかしそれを含めて成長と努力の繰り返しを眺めて行けることは俺様にとって何より楽しみなのだ。なんといっても自分では歩くことさえできないありさまなのだから。
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