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第四章 目指せ!フランチャイズで左団扇編

70.ピカピカととろとろ

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 ミーヤとレナージュが数日振りの再開と仲直りを祝って飲み始めると、存在感の消えかかっていたおばちゃんがポツリポツリ話しはじめた。

「盛り上がってるとこ悪いんだけどさ…… アタシの話も聞いてくれないかね?
 神人様…… 実はマーケットで卵が買えなくなっちまったんだよ」

「えっ? 何かあったの?
 数日前までは普通に売ってたのにね」

「どこかで鶏肉の注文が入ったから全部絞めちまったんだとさ。
 鳥がいなくなったから卵も無くなったって言われたら引っ込むしかないからねえ。
 おかげで店はこの通りさ、頼むよ神人様、なんとかしておくれよ!」

 普段はアンタアンタって言ってる割りにこういうときは神人様だ。そのことには呆れながらも店の現状は何とかしてあげたい。卵以外でなにかお客さんを呼べるような料理があるだろうか。

「ミーヤさまあれは?
 ピカピカドラゴン」

「あー、あの甘いやつね。
 おいしかったわー」

 チカマとレナージュが言っているのはローメンデル山で作った照り焼きのことだ。あれなら特別な材料はいらないからすぐに作れるだろう。さっそくおばちゃんと一緒に調理場へ入った。

「まずはエールを煮詰めて砂糖と塩で甘くて塩辛いたれをつくるの。
 そこへ肉を入れてから焼いて――」

「使うものはありふれてるが手間がかかるんだねえ。
 もしこれでお客がいっぱいになったら前より大変じゃないかい?」

「ガラガラのお店で寂しそうに座ってる方がいいのかしら?
 私はどちらでも構わないわよ?
 あと、調理はあらかじめしておいて、最後に表面だけ焼き上げたらいいのよ」

「そう言うこともできるんだね。
 冷たくならないように、かたまり肉じゃなく薄めがに切った肉のが良さそうだ」

 さすがおばちゃんは飲みこみが早く、すぐに自分の料理と組みあわせて考えてくれる。こういうところはフルルに見習ってほしいが、こればかりは経験の差なので仕方ないだろう。

「ちゃんと火が通ったら、表面にたれを塗りながら照りが出るまで焼くのよ。
 こうやって照りが出るから照り焼きって言うんだから」

 次はおばちゃんが作る番だ。調理中はほっといてレシピが降ってくるのを待つだけなので、その間に今作った羊肉の照り焼きをみんなで味見した。

「これよこれ! おいしいわねえ」

「この塩っ辛さと甘みが良いんだよな!」

「ピカピカ肉おいしい」

「やっぱりやるわね…… さすが神人様だわ」

 みんな思い思いの感想だが好評であることは間違いない。おばちゃんは手際よく作っていき、カウンターに十皿目を出してきた際、レシピが降ってきたことを報告してくれた。

 ついでだし、焼き物だけじゃなく他にも作り置きメニューを考えてみる。今まで作った中だとシチュー系が良さそうなので、ホワイトシチューを作ってみた。羊の乳なので牛乳よりもさっぱりしているようで脂分は多い。だが今はこれしか手に入らないのだから仕方がない。バターと麦の粉を炒めてから羊の乳を加えて練り上げてルーを作った。それを野菜と鳥肉を煮た鍋へ加えて煮込めば完成だ。

 とろみは少ないが十分にそれっぽくておいしくできた。みんなにもおばちゃんにも好評なのでミーヤも嬉しくなってくる。これも酒場の定番メニューとして採用することになった。

「このとろみはすごいねえ。
 麦の粉でこんなことができるなんて驚いたよ。
 よし! これも店で出すことにしようじゃないか!」

 その時フルルが余計なことを言いだす。

「ねえおばちゃん? 私の店はミーヤにお金を払っているのよ?
 神人様レシピを使ってるってことでね。
 この店はまさかタダで大儲けするつもりじゃないでしょうね?」

「なーに言ってんだい、アタシゃ宿代と飯代飲み代をタダにしてるんだよ?
 こいつらの飲む量と言ったらそりゃすごいんだし、アンタも便乗して飲んでるじゃないか!」

「まあ確かにそうね、でもそれだけじゃないわ。
 看板に神人様レシピって書けばもっと売れるわよ?
 だからちゃんとお金を払った方がいいんじゃないかしら」

「お金を払えば看板へ書いてもいいのかい?
 ええ? 神人様よお」

 フルルがなんでそんなこと言いだしたのかはわからないが、掲載の許可を出した覚えもないし、相談すらなかった。それなのになんで……

「うちはミーヤのレシピだけで商売してるから利益の三割を払ってるの。
 おばちゃんの酒場はそうじゃないから一割くらい払ったらいいんじゃない?」

「そ、そうかねえ、でも確かに看板に神人様って載せたら話題になるに違いない……
 よし、その話のったよ!
 ただし売り上げの計算なんてしちゃいないから毎月いくらってことでいいかね?」

 いつの間にか三割も貰っていることになっている…… 更にはどんぶり勘定の売上からいくら払うつもりか知らないけど、おばちゃんはその気になってしまった。もうこれは止められないだろう。

「ねえおばちゃん? 毎月払うなんて無理しなくていいわ。
 宿代とかタダにしてもらっているだけで充分だもの。
 それよりも知っていたら教えてほしいんだけど、生クリームって普通に作れる?
 野外食堂にクリーム屋さんがあるのよね」

「ああ、ホイップのことか?
 あれなら羊の乳から作れるはずだけど、細工道具の分離機ってやつが必要になるねえ」

「ホイップを作るには料理スキルはどのくらい必要なの?
 泡だて器もないのに作れるものなのかしら」

「アタシは作ったことないけど、スプーンでちょいと混ぜればできるんじゃないか?
 マヨネーズだってアタシはそうやって作ってるだろ?
 混ぜるスキルは40からだね。
 煮込みよりは難しくて蒸留よりは下ってとこさ」

 つまりは料理酒造スキルの補助が働く調理法と言うことなのか? 卵を使う文化が発達してないのでマヨネーズが無かっただけで、ホイップと言う調理方法がすでにあるなら泡だて器があってもいいのに、まったくこの世界は不可解である。

「細工の分離機ね、ありがとう。
 明日にでも行ってみることにするわ!」

「ちょっと待って、ミーヤはお店があるんだからどこにも行かせないわよ?
 代わりにレナージュが行ってきてちょうだい」

 ガックリとうなだれるミーヤを見ながら笑顔で返事をするレナージュがまた憎たらしく見えて、思わずアカンベーをするミーヤだった。

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