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第六章 未知の洞窟と新たなる冒険編

122.新たな四重奏プラスワン?

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 ミーヤは驚きを隠せなかった。まさかレナージュがこんなに狼狽するなんて考えてもみなかったのだ。きっとシルフのこともいつものようにすらすらと説明してくれるものだとばかり思っていた。

「ねえレナージュ? まさかこのシルフってレナージュでも驚くようなものなの?
 さっき森でお友達になった? のだけど……」

「あ、ああ、ごめん、あまりに驚いて声が出なくなったわ。
 妖精の存在自体はそれほど珍しくは無いわ。
 カノ村の近くの森で何度か見かけたことはあるしね」

「じゃあなんでそんなに驚いているの?
 別に珍しくないんでしょ?」

「存在は珍しくない、いやちょっとは珍しいかな。
 でも普通は人に近づいてきたりしないし、手から果物を食べるなんて聞いたことないわ。
 姿を見せることがあってもすぐに逃げて行くのが当たり前のはずなのよ」

「じゃあこの子は随分と人懐っこい性格なのね。
 羽も髪もきれいで癒されるわあ」

「癒されるとかそんなもんじゃないわよ!
 妖精が近くにいるだけでその属性の召喚術は使い放題になるのよ?
 この子はシルフなんでしょ?
 それなら風の精霊はマナ消費無しで使い放題よ!」

 随分都合のいい話もあるものだ。それなら全種類捕まえて籠にでも入れておいたらなんでもやり放題ではないか。そんな夢みたいな話が事実なら、権力者が躍起になって探すに違いない。

「そんなすごい効果があるならみんな欲しがるんじゃないの?
 でも今までそんなこと一度も聞いたことないわ」

「そりゃ捕まえておくことなんてできないもの。
 今はこうやって実態があるように見えるけど、実際には精霊なんだからさ。
 光や風を閉じ込めることなんてできないでしょ?」

「そうね、ピッタリした鍋に入れるくらいかしら。
 でも近くにいればいいなら閉じ込めててもいいんじゃないの?」

「精霊から術者が見えてないとダメらしいわよ。
 私も詳しくなくて伝聞だから本当かは知らないわ」

「じゃあ大切に連れ歩いた方がいいってことね。
 ずっと一緒に来てくれるものなのかしら」

「どうでしょうね
 こんなに人のそばへ寄ってくる精霊は見たことないからまったく分からないわ。
 あまり当てにし過ぎてもいざと言う時困るかもしれないわよ?」

「いてくれたら儲けものくらいに思っておいた方がいいのね。
 これからも仲良くしてね、シルフさん」

 ミーヤはそう言ってシルフを撫でようと手を伸ばしたが、するりと指先を潜り抜け上空へと飛び立ってしまった。言ってる側からお別れなのかと残念がっていると、いつの間にかまた近くにいて頭の上へ座っている。なるほど、完全な風になれば触れることもできないし、見ることもできないと言うことなのか。

 しかし妖精を捉えておく方法はある。ミーヤとチカマはそれを知っているのだが、そのことは誰にも知られないようにした方が良さそうだ。あとでチカマには口止めをしておくことにしよう。

 そんな稀有な存在であるシルフといつまで一緒かわからないが新しい仲間が加わったことは喜ばしいことだ。イライザが抜けてしまった我らが四重奏(カルテット)だが、ナウィンとシルフが加わって四人と一匹? で元通りみたいなものである。

 夕飯の仕込みも終わり一息ついたミーヤは、レナージュと今後について相談を始めた。ヴィッキーの希望通り早々とジスコへ戻るのも悪くない。ここからさらにヨカンドやジョイポンを目指すとなるとかなりの遠路になるし、何よりナウィンはジョイポンへ近づきたくないだろう。

 ジスコへ戻る、もしくはカナイ村まで戻ってから書写の修行を続けてテレポートが使えるようになれば王都へはいつでも来ることが出来る。そのとき改めてジョイポンを目指すのもいいだろう。

「じゃあここの探索が終わったらジスコへ戻るってことでいいわね。
 でも正直私は微妙な気分よ。
 だってここ数日おばちゃんから毎日のようにメッセージが飛んできてるんだもの」

「酒場が忙しいみたい?
 ちゃんと人を雇うように言っておいたのに困ったわねえ」

「手伝いに行けば歩合が出るからそれはいいんだけどさ。
 集中して飲めないのが玉にキズね」

「ああ、でもそれはそれで悪くないかもしれない。
 レナージュが飲みすぎないで済むなんて、おばちゃんもなかなかやるわね」

「そうやって人のことばかり言ってるけどさ。
 ミーヤなんて戻ったらフルルに捕まって店から出してもらえないかもしれないわよ?
 あの店相当ヤバいらしいからね」

「そうなの!? ブームがまだ続いてるのは嬉しい悲鳴ね。
 ああ、なんだか甘いクレープが食べたくなってきちゃったわ。
 おやつにパンケーキでも焼こうかしら」

「ちょっとミーヤ! いいこと言うじゃない。
 むさくるしい奴らが戻ってくる前に早く!」

 だがそんなレナージュの願いむなしく、パンケーキを焼き始めたところで、ヴィッキーたちもチカマたちも戻ってきたのだった。ミーヤは笑いながら人数分のパンケーキを焼いて蜂蜜をたっぷりとかけて振舞った。

「ねえねえミーヤさま、これ見て。
 かっこいいでしょ」

 あっと言う間に自分の分を食べ終わったチカマが、ダルボに作ってもらった新しい剣を見せびらかしている。それは水牛の角を鞘にした逸品だった。新たに鍛えられた刀自体はごく普通の物だが、今まで使っていたものと同じく背中へ固定する構造になっており、ベルトではなく金属製の胸当てと背当てのついた軽装の金属鎧と二刀が組みあわせてある凝ったものだった。

「その胸当てに彫ってある文字? 模様? もカッコいいわね。
 なんて書いてあるか読めないけどなにかの呪文なのかしら?」

「ええ、えっと、あの……
 それは炎耐性の刻印です。
 効果は微々たるものですけど無いよりはマシなはずです……」

「ナウィンがやってくれたの? 調金ってやつかしら。
 すごいわね、さすが一流の細工師だわ」

「いえ、えっと、あの……
 照れます、ありがとうございます。
 資材が転がってたので勝手に使ってしまいましたけど平気でしょうか……」

「ああ、気にしなくていいわよ。
 ここに置きざりの物は持って行く価値の無いものだってことだから。
 食べ物も資材もなんでも使っちゃいましょ」

 王族のヴィッキーがそう言っているのだからおそらく大丈夫だろう。ダメだったならあとで弁償すればいい。もうみんなが適当すぎてミーヤまでなんだかやけっぱちな気分である。

「狐の嬢ちゃんにも作ってきたぜ。
 こいつは俺の自信作なんだが、さらにナウィンがキレイに彫金してくれたぜ。
 きっといい感じだろうから使ってみてくれよ」

 そう言ってダルボが手渡してくれたのは金属製の手甲だった。以前ジスコで見た物はただの筒状でカッコ悪く購入に至らなかった。しかし受け取ったそれは手の甲から肘までを繋ぐ曲線が美しく、ナウィンによる彫金も相まってすごい高級品に見える。

 左腕用は右よりも少し大きめにできていて、こちらにはチカマと同じように炎耐性の彫金が施されていた。どうやら盾のように使えるものらしい。

「右の彫金はなんの効果があるの?
 黒く塗ってあるけど彫ってある模様は別の物よね?」

「はい、えっと、あの……
 こちらは水耐性の模様です。
 これがあると水竜のような濡れた体表でも滑りにくくなります」

「すごいじゃないの! アレが出ると私はいつもチカマ頼りだったのよねえ。
 今度からはちゃんと自分で対処できるから迷惑かけないで済むわ。
 ダルボさん、ナウィン、ありがとうね」

「ミーヤさまが困ってるの教えたのボク。
 ちゃんと覚えててえらい?」

「チカマもよく気が付いたわね。
 とっても偉いわよ、ありがとう」

 ミーヤが頭をなでるとチカマは満足そうに胸を張った。そんなとき、傍らでモジモジしているナウィンを見てみると何となく様子がおかしい。まだなにか言いたいことがあるのかもしれない。

「どうしたのナウィン?
 なにか聞いてほしいことでもある?
 なんでも言っていいわよ」

「あの、えっと、あの……
 これおかわり欲しいです……」

 ミーヤはもちろんと頷いて追加のパンケーキを焼き始めたのだった。

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