戦国征武劇 ~天正弾丸舞闘~

阿澄森羅

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第四章

第25話 「いずれ俺を仇と狙っても構わんぞ」

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「中々にしぶといな……」
「それこそが、此奴こやつの取り柄だったのじゃ」

 瀕死のまま細かい呼吸を続け、地面に転がって小刻みに震えている有田ありたを挟んで、静馬しずまとユキが疲れた顔を見合わせる。
 今更になって息の根を止めるのもどうなのか、との気分もあって静馬は手を下しかねていた。

「誰か来るみたいだの」

 浅く眠った状態のキヌを庫裏くりに置いてきた孫三郎まござぶろうが、山門の方を向いて言う。
 それと同時に、静馬とユキのゆるんだ表情は一変した。

弥衛門やえもんは」
「キヌの傍についておる」
「人数は」
「一人だろう」

 小声で問うユキと静馬に早口で答る孫三郎に、緊張した様子はまるでない。
 どういうことだ、と思いつつ待ち構えていると、想像よりだいぶ小柄な人影が現れた。
 弥衛門と同じような年頃の、やはり容姿の整った少年――いや、少女だ。
 血溜まりに倒れている有田の存在に気付くと、その子は背負った籠を放り投げ、高い声で何か叫びながら駆け寄ってきた。

「お、和尚様ぁ? だだっ、誰だお前ら! 和尚様に、なっ、何をっ!」
「落ち着くのじゃ、まずは話を聞け」

 ユキの制止を無視し、少女は瀕死の有田にすがる。
 どう説明すればいいのか、そして説明する意味はあるのか、静馬は判断ができずに言葉に詰まる。
 そんな静馬に代わって、孫三郎が相手を買って出た。

「ワシらは探索方。光淳こうじゅんと名乗っていたこの男は坊主ではない。高額の賞金が懸けられた謀反人むほんにんで、人殺しだ」
「えっ? ヒトゴロ……ぅひゃおぁあっ!」

 唐突に奇妙な声を発し、少女の体が空中で逆さ吊りになる。
 小さななりで幻術使いなのか――焦らされる静馬だったが、すぐに何事が進行しているのかを把握した。
 三途さんずの川を渡りかけていた有田が、少女の足首を掴んでむくりと立ち上がったのだ。

「たわけがっ、何をして――」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」

 ユキの言葉をさえぎって、この世のものとも思えない表音不能の絶叫が、有田の口から黒ずんだ血と一緒に吐き出される。
 どうやら有田は、死を目前に完全な狂乱状へと陥ったらしい。

「ひぃいいぃ――ぁああああああっ! ――ぅあああぁあぅ」

 掴んだ相手が棍棒こんぼうにでも見えているのか、悲鳴を無視してブンブンと振り回す有田。
 恐怖と衝撃に耐え切れなかったようで、少女の叫び声は白目を剥いて失神することで途切れた。

「……どこまでも厄介なことだ」

 言い捨てた静馬は大脇差を抜くと、構えもせずに歩み寄る。
 その姿が見えているのかいないのか、有田はデタラメに少女の体を振り回している。
 風を切る音がして、それを「ドッ、ドッ」と連なった刺突音が追いかける。
 どうやら有田の背後に位置取ったユキが、二本の矢を続け様に放ったようだ。

「んぶっ――」

 血飛沫を吐いた有田の動きは緩慢かんまんになり、少女を掴む手を放した。
 そこから程なくして、大口を開けたまま棒立ちの状態になる。
 予想外の動作を警戒しながら慎重に間合いを詰めた静馬は、手にした刃を有田の真っ赤な口腔こうくうへと素早く突き入れた。
 指先から伝わってくる命を奪う感触は、何度目になろうと慣れる気がしなかった。

「ちょっともう、何が何だか……つまり、和尚様は和尚様じゃなかったの?」

 キノコ採りから戻ってくるなり死にかけた保護者と遭遇し、その直後に今度は自分が保護者に殺されかける。
 そんな稀有な経験をしたばかりの少女は、意識を取り戻した後に静馬からつまんで事情を説明されたものの、困惑しきりの表情で訊き返してくる。

「では、今度は妾が説明しよう――」

 そう前置きしたユキは、小田原攻めの陣で起きた謀反のことから、この寺に一行が乗り込むに至るまでの経緯と各人が抱えている因縁、そして有田が所属していた一矢万矢いっしばんしの凶行と、この寺に移った後に行っていたあきないについてまでを語る。
 話が進む内に、少女から怯えと興奮は徐々に薄れ、考え込んだ様子へと転じていった。

「――と、いうワケなのじゃ」
「そんな、まさか……でも、ひょっとすると」

 にわかには信じ難い話だろうな、と横で聞いていて思う静馬だったが、少女の反応からして寺からいなくなった子供たちの行方や、有田の普段の行動に以前から疑問を感じていたらしく、混乱を残しながらも光淳和尚の正体を受け入れつつあるようだ。
 その有田の亡骸なきがらは、孫三郎がどこかから持ってきたこもに包まれている。

「いきなり割り切るのは難しいかも知れんが、わかってもらうしかない。何はともあれ、有田平次郎は俺にとっては親兄弟の仇だったのだ。えぇと――」
「……フミ」
「他の子供らには、お主の方から説明しておいてくれるか、フミ。俺達の方が盗賊で、和尚は子供を守ろうとした、みたいに話を変えてくれても構わん」

 硬い表情のフミは、しばらく躊躇ちゅうちょしてから小さく頷く。
 きつく結ばれた唇からは、背負うことになった責任への重圧と、これからの生活への不安などが窺えた。
 似たような感想を持ったのか、孫三郎が優しげな声で問いかける。
 
「ワシらが言うのも何だが、和尚がおらんで暮らしは大丈夫かの?」
「畑もあるし、山で色々と採れるから、きっとしばらくは……」

 大丈夫とは言えない雰囲気を滲ませて、フミは力なく答える。

「今は金も残っているだろうから、暮らし自体は何とかなるだろうが――」
 
 子供らだけで暮らしているのを知られると、悪党の餌食えじきとなる危険が。
 その懸念について静馬が指摘しようとすると、それを制したユキが懐から派手な模様のにしききれを取り出し、小刀で二つに断ち切った。
 
「これを割符わりふ代わりに渡しておこう。もう一方は信用のおける人間に預けるのでな、この布を持った者がここへ来たら、色々と頼るがよいのじゃ」
「うん……わかった」

 ありがとう、とは言い難い心境なのだろう。
 相変わらず硬い表情のままで、フミは錦を受け取った。
 そんな姿を見かねて、静馬はうつむきき加減のフミに語りかける。

「どうしても得心とくしんがいかぬなら、いずれ俺を仇と狙っても構わんぞ。黙って討たれてはやれんが」
「そんな……でも、だけど……和尚様は、本当に優しい人……だったんだ」

 返事を搾り出したフミの足元に、いくつもの水滴が落下する。
 慰めの言葉をかけるべきだろうか、と半歩踏み出した静馬だったが、ユキに軽く肩を叩かれたのでやめておく。
 こういう時にはきっと、何も言うべきではないのだろう。
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