戦国征武劇 ~天正弾丸舞闘~

阿澄森羅

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第六章

第40話 「使っておいて――何だが――えげつないの」

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 アトリの周囲に散らばる死人と半死人は順調に数を増し、ついさっきも一人が首をねられて新たに冥土めいどの住人となった。
 盗賊達は、自分らの優勢がいつの間にやら失われたどころか、逆転されつつあることが理解できず、戸惑いの表情で致命傷を負っていく。

 素早さと正確さを兼ね備えたユキの弓と、一瞬の隙にでも乗じてくるアトリの刀は、対戦相手にとって悪夢のような組み合わせだった。
 ユキの矢を受けるか避けるかして体勢を崩せば、直後にアトリの刀が振るわれて少なからぬ血が流れる。

「チッ――忌々しい糞アマ共がっ!」

 飛来する矢を兜割かぶとわりで叩き落しながら、久四郎きゅうしろう毒吐どくづく。
 ユキによる文字通り矢継ぎ早の射撃で思い通りの場所取りが出来ず、アトリへの有効打を繰り出せないのが苛立ちの主な原因だ。

 背後からは立て続けに銃声が響き、それもまた神経に障ってくる。
 一矢万矢に銃を使える者は多数いるが、主武装にしているのは五人に過ぎない。
 なのに、途絶えることのない発砲音は一体どういうことか。

「ぶっふ――おああっ!」

 ユキに右腿の付け根を射られ、よろけた所をアトリの刀で腹を抉られた太った男が、苦痛にわめきながらもそのまま倒れず、気力をふるって突進する。
 思いがけず死兵と化した相手に武器を奪われ、更に身動きも取れなくなるアトリ。

「油断したな、馬鹿めがっ!」

 好機の到来を察して喜色きしょくを浮かべ、久四郎は兜割を放り捨てる。
 そして銃爪ひきがねを引けば撃てる状態に整えておいた、二挺にちょう短筒たんづつを取り出し両手に構える。
 短筒は威力と精度に難があるが、この至近距離ならば十分に有効だ。

「させぬっ!」

 鋭い声と共に、二本の矢が立て続けに降ってくる。
 久四郎は危ういところで体をかわし、改めてアトリに狙いをつけた。
 好機に気を取られ過ぎて、危うく射られかけるとは――
 己の迂闊うかつさに苛立ちを募らせる久四郎だが、勝利が少し先に伸びただけだと気を取り直す。

「げぬっ」

 腕を絡ませてくる太った男の頭を掴んで首をヘシ折り、アトリは返り血に染まりながらも窮地を脱する。
 それから、久四郎の動きを確認すべく素早く視線を巡らせ――

「これで終わりだっ!」

 勝ちを確信して叫び、銃弾を続けて放つ久四郎。
 しかし、わざわざ予告するように声を上げた結果、僅かな猶予ゆうよが生まれた。
 アトリはその瞬間を見逃さず、地面に身を伏せて二発の銃弾を遣り過ごす。

 攻撃が失敗に終わったと知った久四郎は、天をあおいで短筒を捨てる。
 相手からの反撃を覚悟しつつ、次は跳びついて目をえぐろうとしていたアトリだったが、久四郎が戦意を喪失したと判断して構えを緩めた。

 しかし、まだ諦めていなかった久四郎は、アトリに向けて妙な包みをいくつも投げる。
 ユキの矢が久四郎を追うも、それを後ろ向きに宙返りしてひらりと回避。
 そしてアトリとの距離を作ると、脛当すねあてに仕込んでいた刃の分厚ぶあつい短刀を引き抜いた。

「くっ――ぶしょん、へっぷし!」

 アトリは投げられた包みを全て叩き落したが、その正体は目潰し。
 中に仕込まれた各種香辛料を混ぜ合わせた粉が、衝撃を受けて飛散した。
 目こそ守れたアトリだが、かなりの量を吸い込んで、クシャミと鼻水が止まらなくなる。

「アトリッ! 久四郎が行くぞ!」

 ユキの警告を耳にしたアトリは、懐に残ったクナイを投じて牽制けんせいに使い、呼吸が落ち着くまでの時間を稼ごうとした。

「ぅえっきしっ!」
「がっ――はばっ、なっ?」

 意味を成さない音が、棒立ちになった久四郎の口から流れ出る。
 投げた瞬間、クシャミで手元を盛大に狂わせたアトリだったが、デタラメに飛んだクナイは久四郎の左目に深々と食い込んでいた。
 細かく痙攣けいれんしながら揺れるその背中に、ユキが追い撃ちの矢を放つ。

「おさらぶぇっくしっ――です!」

 前のめりに倒れようとする久四郎から短刀を奪ったアトリは、クシャミ交じりの別れを告げながら、約束したのとは違う刀の切れ味を兄弟子に伝えた。
 
          ※※※

 孫三郎まござぶろう野辺送のべおくりが再び稼動し、褒賞金の十両欲しさに押し寄せた連中の体に、容赦なく鉛弾を撃ち込んでゆく。

「使っておいて――何だが――えげつないの」

 渋い表情を浮かべ、そんな言葉を漏らしつつ三人を撃ち倒した所で、六郷が弾道を塞ぎながら孫三郎に突進してきた。

「ふざけた機械だぁっ!」

 甲冑の装甲で二発を跳ね返して肉薄した六郷は、モルゲンステルンで野辺送りを叩き壊そうとする。
 だが、目的にばかり気を取られていたせいで、足払いをかけられて豪快に転倒。
 その隙に孫三郎は、六郷に従っていた二人を残弾で戦闘不能に陥れる。
 そして野辺送りを足元に置くと、代わりに持ち主を失った十文字槍を拾い上げ、半ば戦意を喪失しているが逃げ出す勇気もない、愚かな盗賊達を次々に串刺しにして行く。

 防御力に特化した重たい甲冑があだとなり、六郷は起き上がるまでに少なからぬ時間と労力を要した。
 それでもどうにか体勢を立て直し戦闘を再開しようとするが、そこで不意に一矢万矢いっしばんしが既に壊滅状態になっていることを思い知らされる。
 見知った顔がそこかしこで倒れ、白目を剥いて微動だにしなかったり、おびただしい血を流してうめいていたりで、無傷な者はどこにもいない。

「そんな……馬鹿な事が……」

 昨日までは七十を超える人数をようしていた一矢万矢が、たった五人を相手にどうして。
 自分がいて久四郎もいて、何より右近うこんがいるというのに、何故こんな。
 混乱と自責と疑念と恐怖が、ぜになって六郷の心中に膨らむ。

「観念せい、六郷典膳ろくごうてんぜん。一矢万矢はもう終わりだ」
「まだだっ、まだ貴様等をっ――ぅあはっ」

 不屈の精神を行動で示そうと、六郷はモルゲンステルンを振りかざしたが、握る手の力が抜けて背後に転がしてしまう。
 武器を取り落とさせた原因は、唐突に走ったがたい激痛だった。
 原因を確認しようと目線を落とせば、いつの間にかアトリがふところに潜り込んでいたのに気付く。
 
 甲冑の隙間をうようにしてアトリが突き立てたのは、先程まで久四郎の手にあった分厚い短刀――『鎧通よろいどおし』だ。
 右腋の下にある鉄板の継ぎ目から侵入した刃は、深々と六郷の体内を裂いて何本もの太い血管を断裂させていた。

「これで……こんな所で……」

 血が噴き、苦痛が拡がり、力が抜ける。
 ここから、始まるはずだった。
 なのに、ここで終わりなどと。

「お主もまぁ無念だろうがな、賊徒ぞくとくみしておる時点で、遠からずこうなったろうて」
「うぅ、うぷぇ――」

 右近は、右近は何をしているのだ。
 奴がアレを使えば、こんな連中は――
 六郷の意識はゆっくりと、深く深く沈んでいく。

 孫三郎は微量の憐みを含んだ目で見遣りながら、血と砂に塗れたモルゲンステルンを拾い上げて両手で握る。
 そして、両膝をついて聞き取り不能の繰言くりごとを呟いている六郷の兜を目掛け、体重を乗せた横殴りの一撃を叩き込んだ。
 耳をつんざく金属音と何かが折れる音、それと余人よじんにはした野望を置き土産に、六郷は彼岸ひがんに旅立った。
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