戦国征武劇 ~天正弾丸舞闘~

阿澄森羅

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第六章

第41話 「お主にとって武士とは何なのだ?」

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 右近うこんとの間に存在している、圧倒的な力量の差。
 それは静馬しずまを絶望させるのではなく、ただただまどわせていた。
 思い付く限りのどんな方法で攻撃を仕掛けようとも、相手は苦もなく反応してそれを潰してくる。

 転んだりつまづいたりの、そんな不測の事態に乗じての攻め手でさえも、あらかじめ見抜かれていたようになされてしまう。
 話をしているだけでも妙な不安に駆られたが、こうして向き合って刃を交えてみれば、まるでものを相手にしているかの手応えだ。

「お主は――一体何を――考えている?」
「質問は、もう少し明瞭めいりょうにな」

 目を血走らせ荒く息をしながら問う静馬に、斬り合いの最中とは思えないほど落ち着き払った右近が答える。
 静馬は多数の浅手を受け、全身を血と脂と汗で湿らせていた。
 対する右近は額に汗すら滲んでおらず、当然ながら一つも手傷を負っていない。

「俺を斬り捨てて――手下の加勢に、向かうのは簡単だ――それに、後続の兵がいる――なんてのが、ハッタリだと――お主なら、気付いてるだろ――なのに」
「興味がないのでな」

 本気でそう言っているとしか思えない態度に、静馬は頭にカッと血が上る。

「何だっ――それはっ! お主は――一矢万矢いっしばんしの首領、だろうがっ」
「それも含めてどうでもいい。もう、いたのだ」

 目の前にいる右近という人物が、静馬にはますますわからなくなる。
 盗賊団を率いて畿内きないを荒らし回り、今ではどこかの大名の配下となっての活動を行っている男が、こんな虚無きょむに囚われているのは意味がわからない。

「お主は……何を望んでいる?」

 呼吸が少し整った静馬が改めて問うと、スッと目を細めて右近が口を開く。

武士もののふとして生き、武士として死ぬ。それだけのことだ」
「ならば、主君である緋張刑部ひばりぎょうぶの命に従い、小田原で討ち死にしておれば良かったではないか。忠義の為に命を散らすことこそ、武士の本懐ほんかいだろう?」

 右近がゆっくりとかぶりを振り、馬鹿に向けるあざけりの目で静馬を見据える。

「君、君たらずといえども、臣、臣たらざるべからず――とは言うがな、忠節と盲従は違う。主君の愚かさをいさめるのも臣の仕事であろう。ただ上役の覚えを良くしたいが為に家臣に犬死にを強いるなど、そんなたわけ者に諾々だくだくと従っていられるか」

 表情は穏やかなままで、口調にも激した様子は伺えない。
 だがそれだけに、右近の言の端々には深い憤りが込められていた。

「不服従の挙句に主君をしいし、無辜むこ民草たみくさから収奪を繰り返しているようだが、お主にとって武士とは何なのだ?」
「戦場に生き、戦場に死ぬ。それだけの存在だ」

 即答で断言されて、静馬は言葉に詰まる。
 正誤も善悪も、最早そう大した問題ではなくなっている。
 右近の中にある真実は、つまり『そういうもの』なのだ。
 確信に従って行動する人間には、どんなことわりも関係ない。

 この男は、駄目だ――野放しにしていい存在ではない。

 仇だからではなく、盗賊団の首領だからでもなく、こいつは倒さねばならない。
 静馬の心の底から、頭の奥から、体の芯から、その一念が湧き上がる。
 己にしか価値のない理想に従い、無限に人を殺し続けるであろうこの化物は、何があろうとこの場で討ち果たさねば。

「中々に面白い解釈じゃな、右近よ。それでは我らが御膳立おぜんだてしてやった、今日のこの戦場で果てるがよかろう!」

 ユキの弓を引き絞りながらの宣言が高らかに響き、静馬は現実に引き戻される。
 その後ろには、致命的ではないが軽くもない傷を負っているアトリの姿が見えた。

「一矢万矢はことごとく血の海に沈めたぞ。残るお主を討てば画竜点睛がりょうてんせいだの」

 野辺送のべおくりを抱えた孫三郎まござぶろうが、メシの支度が出来たと告げるような何気なさで言う。
 その後ろからは息切れしつつ三挺の銃を背負って、相当に草臥くたびれた様子の弥衛門やえもんがついてくる。

久四郎きゅうしろう典膳てんぜんが死んだか。他の連中が全滅しようとも、あの二人は生き残ると思ったが」
「実弟が討たれたのに、随分と反応が薄いな」
「お前ら程度に負けるようでは、いたんでやるにもあたいせぬ」

 静馬からの問いに、右近は冷然と答えを返してくる。
 自分の生死にもしたる興味がなさそうな右近だけあって、その他の人間は更に突き放している様子だ。

「お主のような者が大将では、死んだ連中も浮かばれんの」
「ん……見慣れぬ助太刀すけだちがいると思えば、意外な人物に会ったな。どういう風の吹き回しでこんな場所にいる、雑賀さいか御大将おんたいしょう

 右近が孫三郎に向かって、唐突にそんなことを言い出した。
 雑賀の大将――といえば。
 驚愕した静馬の視線が、苦い顔の孫三郎とぶつかる。

「いや静馬、期待させたようで悪いが、ワシは鈴木孫三郎重朝すずきまごさぶろうしげとも。名高い重秀しげひで――孫一まごいちではない。ちなみに、初めに名乗った穂積ほづみ朝臣あそんとしての姓だの」
「孫一の亡き後、弟のお前が雑賀衆さいかしゅうを率いていると思ったのだが」
「ヨソの家の事情をよく知っとるの、右近。内輪揉めの経緯が知りたくば、あの世で兄者に直接訊くがよかろう」

 孫三郎は野辺送りを構え、七つの銃口を向けて右近との会話を打ち切る。

「ふん……それで、お前らはどうしたいのかね。一人ずつ果し合いか? それとも、まとめてかかってくるか? どちらでも構わんが」
「そうじゃな。正面からでは誰も勝てぬだろうし、全員で行かせて貰おうか」

 清々しく開き直ったユキの言葉に、右近は無感動に答える。

「己の程度を知っているのは良いことだが、まだ過大評価と事実誤認がある」
「……どういう意味じゃ?」
「まず、お前らが束になっても勝てる見込みはない。そしてそれがしは単独で多人数を相手に戦う方が得意だ……何と言っても、味方の被害に気を回さずに済むのでな」

 言い放ちながら、右近は自分が乗っていた馬の鞍にくくられている、革製の包みを垂直に蹴り上げた。
 空中で包みの封が解け、真っ直ぐに落下してきた中身は右近の左手へと収まる。

「弓――いや、いしゆみか」
「惜しいな、連弩れんどだ」

 孫三郎の見立てを訂正した右近は、刀を握ったまま腰に下げた筒から短い矢を束で取り出し、素早く連弩へとつがえる。
 弩は普通両手で扱うものなのだが、これは片手でも操れるように改造してあるらしい。
 威力の程は未知数だが、右近がもちいる時点で途轍とてつもなく厄介なのが予想され、静馬は気を引き締めた。
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