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第六章
第43話 「だが、そんなことはもう、どうでもいい」
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「静馬っ! 無事か!」
苦痛の呻きを耳にしたユキから、安否を確認する問いが投げられる。
大声を返して安心させようとする静馬だったが、思い直して息を呑む。
戦闘不能になったと思わせておく方が、右近に仕掛けるのに都合がいい。
「――んっ――ふっ!」
歯を食い縛り、自身に刺さった二本の矢を素早く引き抜く静馬。
身を起こさず這って壁の近くを離れ、埋伏に適した位置を探す。
眼下ではユキが矢を射続け、孫三郎が斬り込みを繰り返している。
だが、右近は自身の周囲全てが見えているかのような、怪物じみた動きで防御と反撃を繰り返し、毛ほどの傷すら受けていない。
更に下方からは、アトリが落ちている手槍を投げたり、銃を撃ったりの牽制攻撃を行っているが、持ち前の不器用さが遺憾なく発揮されていて、右近に攻撃の意図が伝わっているかすら怪しい。
「十年生まれるのが早ければ、戦働きだけで三万石や五万石はもぎ取れただろうに、惜しいのっ!」
変幻自在な右近の剣術を荒々しい動きで捌きつつ、孫三郎は怒鳴るように語りかけた。
着込みで守られていない肩や腿にも短い矢が刺さり、動く度に血が飛んで目に見えて動きが鈍り始めている。
そんな孫三郎に、右近はここに至ってもつまらなそうに返す。
「かも知れぬな。だが、そんなことはもう、どうでもいい」
そう答える右近の声の響きに、虚無や諦念とも異なる暗闇を垣間見る静馬たちだったが、その正体を確かめる余裕はない。
孫三郎は手詰まりになりユキは矢が尽きかけた、という状態でアトリが何かを手にして虎口を駆け上がってくる。
右近はそこを目掛けて連弩を放つが、手にした何かは殆どの矢を撥ね散らす。
死体が着けていた厚手の胴丸が流れ矢を弾くのを見たアトリは、それを盾に右近に突撃をかけようと考えたのだった。
その狙いは当たり、右近の間合いの中に飛び込むのに成功。
胴丸を投げ捨てたアトリは直刀を抜き、孫三郎と挟み撃ちにする位置取りで、右近へと捨て身で斬り込んでいく。
対する右近は、二人の手錬れから繰り出される斬撃に一本の刀で応じる、更に人間離れした剣技を披露。
孫三郎もアトリも、剣術を最も得意とするわけではない。
だが、それでも常人を遥かに上回る能力の持ち主だ。
なのに一太刀すら入らないのは、右近が常識の外に位置する存在だということ。
連弩の矢は既に乏しいし、右近の体力とて無尽蔵ではないだろうが、この調子では自分たちの方が先に力尽きる。
なによりもまず、孫三郎とアトリが満身創痍で、もう長くは持たない気配だ。
居場所を悟られていない有利さを捨ててでも、一か八かで飛び出してみるべきか。
静馬が決断を下せずにいると、思いがけない拍子に銃声が鳴り響き、右近の左脇腹あたりから鮮血が飛んだ。
「ぐっ――」
右近の口から、低い呻きが発せられる。
自分ではないし孫三郎でもない、それでは誰が――と射線を辿ると、城門の上の見張り台に、「してやったり」と言いたげな悪い笑顔の弥衛門の姿。
構えているのは、昨夜討ち取った見張り役が使っていた狭間筒(大口径・長射程の火縄銃)だ。
得物を失って遁走したと見せかけ、伏兵となって予期せぬ場所からの射撃を行う。
非力な子供だからと放置され、気にも留められなかったのを逆手に取った弥衛門の機転は、見事としか言いようがなかった。
この一発で、流れは変わる。
何より、右近は無敵でも無謬でもない、と意識を切り替えられたのは大きい。
ここだ、ここで仕掛けるしかない――静馬は矢傷が訴えてくる痛みを気力で捻じ伏せ、行動を開始する。
一方、不意打ちを食らった右近は、勝負を決めようと手数を増やす孫三郎とアトリから距離をとるべく、かなりの高さがあるというのに下の曲輪へと飛び降りる。
折り重なった骸が着地の衝撃を和らげたか、右近は何事もなかったように立ち上がり、息絶えた手下が腰に下げた矢筒から連弩用の矢を補充。
よくよく見れば、似た様な筒を身につけた死体が、そこかしこに転がっていた。
「むぅ……ああいう形で、予備を用意していたか」
意表を突かれ、孫三郎が暗い声を漏らす。
アトリは何も言わないが、表情にはあからさまに翳が差す。
矢が尽きてしまったのか、ユキの動きはまるで見えない。
弥衛門は尚も撃ち掛けようとするが、そこに照準を定めて右近は連弩を放つ。
左手の甲に矢を受けた弥衛門は、狭間筒を見張り台の下へと取り落とした。
「愉快な演し物だったが、そろそろ閉幕といこうか……万矢をくれてやるので、これを土産に冥府に渡れ」
銃撃を受けても呼吸を乱さない右近が、薄笑いを浮かべて矢を番えた連弩を掲げる。
変えたと思った流れは、右近によって軽々と引き戻された。
しかし、静馬は諦めない。
ユキも、孫三郎も、アトリも、弥衛門も、諦めてはいない。
合図も相談もないが、重なる心が五人を自然と一つの目標に向かわせる。
苦痛の呻きを耳にしたユキから、安否を確認する問いが投げられる。
大声を返して安心させようとする静馬だったが、思い直して息を呑む。
戦闘不能になったと思わせておく方が、右近に仕掛けるのに都合がいい。
「――んっ――ふっ!」
歯を食い縛り、自身に刺さった二本の矢を素早く引き抜く静馬。
身を起こさず這って壁の近くを離れ、埋伏に適した位置を探す。
眼下ではユキが矢を射続け、孫三郎が斬り込みを繰り返している。
だが、右近は自身の周囲全てが見えているかのような、怪物じみた動きで防御と反撃を繰り返し、毛ほどの傷すら受けていない。
更に下方からは、アトリが落ちている手槍を投げたり、銃を撃ったりの牽制攻撃を行っているが、持ち前の不器用さが遺憾なく発揮されていて、右近に攻撃の意図が伝わっているかすら怪しい。
「十年生まれるのが早ければ、戦働きだけで三万石や五万石はもぎ取れただろうに、惜しいのっ!」
変幻自在な右近の剣術を荒々しい動きで捌きつつ、孫三郎は怒鳴るように語りかけた。
着込みで守られていない肩や腿にも短い矢が刺さり、動く度に血が飛んで目に見えて動きが鈍り始めている。
そんな孫三郎に、右近はここに至ってもつまらなそうに返す。
「かも知れぬな。だが、そんなことはもう、どうでもいい」
そう答える右近の声の響きに、虚無や諦念とも異なる暗闇を垣間見る静馬たちだったが、その正体を確かめる余裕はない。
孫三郎は手詰まりになりユキは矢が尽きかけた、という状態でアトリが何かを手にして虎口を駆け上がってくる。
右近はそこを目掛けて連弩を放つが、手にした何かは殆どの矢を撥ね散らす。
死体が着けていた厚手の胴丸が流れ矢を弾くのを見たアトリは、それを盾に右近に突撃をかけようと考えたのだった。
その狙いは当たり、右近の間合いの中に飛び込むのに成功。
胴丸を投げ捨てたアトリは直刀を抜き、孫三郎と挟み撃ちにする位置取りで、右近へと捨て身で斬り込んでいく。
対する右近は、二人の手錬れから繰り出される斬撃に一本の刀で応じる、更に人間離れした剣技を披露。
孫三郎もアトリも、剣術を最も得意とするわけではない。
だが、それでも常人を遥かに上回る能力の持ち主だ。
なのに一太刀すら入らないのは、右近が常識の外に位置する存在だということ。
連弩の矢は既に乏しいし、右近の体力とて無尽蔵ではないだろうが、この調子では自分たちの方が先に力尽きる。
なによりもまず、孫三郎とアトリが満身創痍で、もう長くは持たない気配だ。
居場所を悟られていない有利さを捨ててでも、一か八かで飛び出してみるべきか。
静馬が決断を下せずにいると、思いがけない拍子に銃声が鳴り響き、右近の左脇腹あたりから鮮血が飛んだ。
「ぐっ――」
右近の口から、低い呻きが発せられる。
自分ではないし孫三郎でもない、それでは誰が――と射線を辿ると、城門の上の見張り台に、「してやったり」と言いたげな悪い笑顔の弥衛門の姿。
構えているのは、昨夜討ち取った見張り役が使っていた狭間筒(大口径・長射程の火縄銃)だ。
得物を失って遁走したと見せかけ、伏兵となって予期せぬ場所からの射撃を行う。
非力な子供だからと放置され、気にも留められなかったのを逆手に取った弥衛門の機転は、見事としか言いようがなかった。
この一発で、流れは変わる。
何より、右近は無敵でも無謬でもない、と意識を切り替えられたのは大きい。
ここだ、ここで仕掛けるしかない――静馬は矢傷が訴えてくる痛みを気力で捻じ伏せ、行動を開始する。
一方、不意打ちを食らった右近は、勝負を決めようと手数を増やす孫三郎とアトリから距離をとるべく、かなりの高さがあるというのに下の曲輪へと飛び降りる。
折り重なった骸が着地の衝撃を和らげたか、右近は何事もなかったように立ち上がり、息絶えた手下が腰に下げた矢筒から連弩用の矢を補充。
よくよく見れば、似た様な筒を身につけた死体が、そこかしこに転がっていた。
「むぅ……ああいう形で、予備を用意していたか」
意表を突かれ、孫三郎が暗い声を漏らす。
アトリは何も言わないが、表情にはあからさまに翳が差す。
矢が尽きてしまったのか、ユキの動きはまるで見えない。
弥衛門は尚も撃ち掛けようとするが、そこに照準を定めて右近は連弩を放つ。
左手の甲に矢を受けた弥衛門は、狭間筒を見張り台の下へと取り落とした。
「愉快な演し物だったが、そろそろ閉幕といこうか……万矢をくれてやるので、これを土産に冥府に渡れ」
銃撃を受けても呼吸を乱さない右近が、薄笑いを浮かべて矢を番えた連弩を掲げる。
変えたと思った流れは、右近によって軽々と引き戻された。
しかし、静馬は諦めない。
ユキも、孫三郎も、アトリも、弥衛門も、諦めてはいない。
合図も相談もないが、重なる心が五人を自然と一つの目標に向かわせる。
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