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第9話 あやかし荘の夜会と、動き出す心
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翌朝、彼女が目を覚ますと、縁側からおいしそうな匂いが流れてきた。
「おはよー!今日は特製・朝ごはんセットだよ!」
台所ではオオヤと、カナエが張り切っていた。手伝っているのは、料理好きな付喪神・アサギ。彼は元は硯のあやかしで、物腰がやたら丁寧な青年だった。
「おはようございます。お目覚めはいかがでしたか?」
「うん……昨日よりは、ずっといいかも」
小さく微笑むと、アサギは優しくうなずいた。
「それは何よりです。では、お腹も空いているかと。こちらをどうぞ」
並べられたのは、焼き鮭に出汁巻き卵、小鉢に炊き込みご飯。まるで旅館の朝食のようだった。
「え、すご……旅館みたい……」
「ふふ、褒めていただけて光栄です」
アサギの仕草や口調は、どこか古風で品があり、それでいて暖かかった。この硯の付喪神は、100年以上人の生活を見守ってきたという。
「硯って、こんなに紳士的になるの……?」
「僕は、かつて代々の家族の団欒を見守る立場でしたからね。幸せな食卓が、大好きなのです」
そうか……物も、ずっと誰かの生活を見て、思い出を吸い込んできたのか……
彼女は、そんなアサギのことを少しだけ羨ましいと感じた。自分には、思い出はあっても、守ってくれる場所がなかったから。
***
その日の夜……
「今日は、あやかし荘・恒例、夜会の日だ!」
オオヤが元気よく言い出した。
夜会とは、住人たちが夜に集まり、持ち寄りの話をするおしゃべり会のようなものらしい。
「話題は何でもいいんだよ。最近あったこと、昔のこと、不思議な夢のことでも」
「私は、最近ハマってる干し芋の話しようかな~!」
カナエがぴょこんと手を挙げる。
彼女は遠慮しつつも、輪に加わった。すると、ふいに白澤が彼女の隣に腰を下ろす。
「話せることがあれば、話してみるといい」
「……うん。でも、まだ全部は無理かも」
「全部じゃなくていい。少しずつでいい」
白澤のその言葉に、心が静かに波打った。
すると、コモチが話し始めた。
「昔、俺がまだ道具だった頃、持ち主が子どもに読み聞かせしてくれてな……あれ、楽しかったんだ」
コモチは、元は絵本棚の付喪神。彼の思い出は、子どもたちの笑い声と、本のページをめくる音に満ちていた。
「本ってさ、人の心にずっと残るんだよな」
その言葉に、彼女はふと、自分が幼い頃に夢中で読んだ絵本のことを思い出す。唯一、家の中で静かに過ごせた時間だった。
「……私も、昔よく本を読んでました。あの時間だけは、どこにも行かなくてよかったから」
ぽつりとこぼれた言葉に、周囲がそっと耳を傾ける。
「自分が自分でいられる場所が、本の中にあった気がして……でも、大人になったら、それすら忘れてたかもしれません」
言葉を紡ぎながら、彼女は気づいた。こんなふうに、誰かの前で過去の話をするのは、いつ以来だろう。
「……話してくれて、ありがとう」
隣から、白澤が静かに言う。
「無理しないでいい。けど、こうして少しずつ、話してくれたこと、ちゃんと聞いてるから」
その声に、胸が熱くなった。自分の中で、長い間封じ込めていた思いが、すこしずつほどけていく。
その後、オオヤがいれたお茶を飲みながら、住人たちはまたそれぞれの思い出話に花を咲かせた。笑いあり、しんみりあり……けれど、すべてが優しさで包まれていた。
夜も更け、彼女が縁側に出ると、白澤が再びやってきた。
「……あの、話を聞いてくれてありがとう」
彼女が小さく言うと、白澤はふいに、彼女の髪に触れた。
「……少しだけ、力を貸してやる。心が疲れた時は、俺を呼べ」
彼の指先は、とても優しかった。でも、心臓の音が少しだけ早くなる。
「……なんかそれ、ズルいですね」
彼女がぽつりと呟くと、白澤は珍しく、ほんの少しだけ笑った。
「そうかもな」
月が照らす夜の中、ふたりの間に、確かな何かが芽生えはじめていた。
「おはよー!今日は特製・朝ごはんセットだよ!」
台所ではオオヤと、カナエが張り切っていた。手伝っているのは、料理好きな付喪神・アサギ。彼は元は硯のあやかしで、物腰がやたら丁寧な青年だった。
「おはようございます。お目覚めはいかがでしたか?」
「うん……昨日よりは、ずっといいかも」
小さく微笑むと、アサギは優しくうなずいた。
「それは何よりです。では、お腹も空いているかと。こちらをどうぞ」
並べられたのは、焼き鮭に出汁巻き卵、小鉢に炊き込みご飯。まるで旅館の朝食のようだった。
「え、すご……旅館みたい……」
「ふふ、褒めていただけて光栄です」
アサギの仕草や口調は、どこか古風で品があり、それでいて暖かかった。この硯の付喪神は、100年以上人の生活を見守ってきたという。
「硯って、こんなに紳士的になるの……?」
「僕は、かつて代々の家族の団欒を見守る立場でしたからね。幸せな食卓が、大好きなのです」
そうか……物も、ずっと誰かの生活を見て、思い出を吸い込んできたのか……
彼女は、そんなアサギのことを少しだけ羨ましいと感じた。自分には、思い出はあっても、守ってくれる場所がなかったから。
***
その日の夜……
「今日は、あやかし荘・恒例、夜会の日だ!」
オオヤが元気よく言い出した。
夜会とは、住人たちが夜に集まり、持ち寄りの話をするおしゃべり会のようなものらしい。
「話題は何でもいいんだよ。最近あったこと、昔のこと、不思議な夢のことでも」
「私は、最近ハマってる干し芋の話しようかな~!」
カナエがぴょこんと手を挙げる。
彼女は遠慮しつつも、輪に加わった。すると、ふいに白澤が彼女の隣に腰を下ろす。
「話せることがあれば、話してみるといい」
「……うん。でも、まだ全部は無理かも」
「全部じゃなくていい。少しずつでいい」
白澤のその言葉に、心が静かに波打った。
すると、コモチが話し始めた。
「昔、俺がまだ道具だった頃、持ち主が子どもに読み聞かせしてくれてな……あれ、楽しかったんだ」
コモチは、元は絵本棚の付喪神。彼の思い出は、子どもたちの笑い声と、本のページをめくる音に満ちていた。
「本ってさ、人の心にずっと残るんだよな」
その言葉に、彼女はふと、自分が幼い頃に夢中で読んだ絵本のことを思い出す。唯一、家の中で静かに過ごせた時間だった。
「……私も、昔よく本を読んでました。あの時間だけは、どこにも行かなくてよかったから」
ぽつりとこぼれた言葉に、周囲がそっと耳を傾ける。
「自分が自分でいられる場所が、本の中にあった気がして……でも、大人になったら、それすら忘れてたかもしれません」
言葉を紡ぎながら、彼女は気づいた。こんなふうに、誰かの前で過去の話をするのは、いつ以来だろう。
「……話してくれて、ありがとう」
隣から、白澤が静かに言う。
「無理しないでいい。けど、こうして少しずつ、話してくれたこと、ちゃんと聞いてるから」
その声に、胸が熱くなった。自分の中で、長い間封じ込めていた思いが、すこしずつほどけていく。
その後、オオヤがいれたお茶を飲みながら、住人たちはまたそれぞれの思い出話に花を咲かせた。笑いあり、しんみりあり……けれど、すべてが優しさで包まれていた。
夜も更け、彼女が縁側に出ると、白澤が再びやってきた。
「……あの、話を聞いてくれてありがとう」
彼女が小さく言うと、白澤はふいに、彼女の髪に触れた。
「……少しだけ、力を貸してやる。心が疲れた時は、俺を呼べ」
彼の指先は、とても優しかった。でも、心臓の音が少しだけ早くなる。
「……なんかそれ、ズルいですね」
彼女がぽつりと呟くと、白澤は珍しく、ほんの少しだけ笑った。
「そうかもな」
月が照らす夜の中、ふたりの間に、確かな何かが芽生えはじめていた。
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