心をなくした私と、あやかし荘の住人たち

ホロロン

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第15話 風の音と体温

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春宵の祭りから数日が経ち、ぽかぽかとした陽気が続いていた。
けれど……それは、突然だった。

「……寒い……?」

目が覚めると、体がだるく、喉が痛む。熱っぽさに気づいたときには、もう布団から出る力もなかった。

「……まずいな……風邪、ひいた……」

ふらつきながらも水を飲もうとしたとき、扉の外から気配がした。

「具合が悪いなら、無理をするな」

扉の隙間からそっと現れたのは、白澤だった。

「……気づいてたんですか?」

「寝つきの浅さも、呼吸の荒さも、全部壁越しに伝わってくる」

いつのまにか彼は、湯気の立つ薬湯を持って立っていた。
薬草の香りが、部屋いっぱいにふわりと広がる。

「熱を下げるには、これが効く。……口を開けて」

少し迷ったけれど、彼女はされるがまま、匙を口に含んだ。
苦みの奥に、ほんのりと優しい甘みがある。

「変な味……でも、なんか落ち着く……」

「苦いのは、やっぱり嫌か?」

「……優しいんですね、白澤さんって」

そうつぶやくと、彼はほんの少し目を伏せた。

「そういう感情が、ずっと昔にあったのかもしれない。……お前を見ていると、思い出す」

熱のせいか、心の奥がじんとした。

「……そばにいても、いいですか?」

「……ああ。お前が眠れるまで」

白澤の手が、額にそっと触れた。
冷たい指先が、火照った肌に心地よい。

まぶたが重くなっていく。
けれど――眠る直前、彼女ははっきりと聞いた。

「お前が弱っているときこそ……俺が守りたいと思うんだ」

その声が、夢の中までやさしく響いていた。

布団の中、彼女はぼんやりと天井を見つめていた。
熱はまだ高い。けれど、心の奥はどこか穏やかだった。

……コン、コン。

「おーい、具合どうだ? これ、干したてのよもぎ湯!」

ツヅラの明るい声が廊下から響いてきた。

オオヤも、カナエも続けてやってきた。

「お粥つくったーぞ。食べれる?」

「ねぇ、大丈夫?」

「おい、ちょっと静かに……っ」

戸の前で、白澤の低い声が響いた。

「全く……、まだ熱で眠れないのがわからないのか」

「え、でも……」

「……お前らな、心配なのは分かるが、騒がしい看病はただの迷惑だ」

その静かな怒気に、ツヅラもオオヤも、カナエも思わず言葉をのんだ。

「……ありがたい気持ちは、後でちゃんと伝えておく。今はそっとしておいてやってくれ」

「……分かったよ」

「……うん」

戸の向こうで、足音が遠ざかる。

彼女はぼんやりと、そのやりとりを聞いていた。

白澤さん……。

扉が、静かに開く音がした。

「起こしたか?」

「……いえ、聞こえてました」

白澤は、また薬湯の器を手にしていた。

「皆、お前のことを大事に思ってる。でも……俺は、今のお前に必要なのは、静けさだと思った」

彼の手が、そっと彼女の髪を撫でた。

「俺がそばにいる。……だから、安心して眠れ」

彼女の胸の奥が、ふっとあたたかくなった。

まぶたが重くなる直前、彼女は思った。こんなふうに、誰かが今の私をちゃんと見てくれるなんて……。

小さな熱は、やがて静かに、心へと染みこんでいった。


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