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第17話 ひとひらの記憶
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次の日の午後、あやかし荘の庭先には春の風がそよいでいた。
掃除の途中でふと立ち止まり、彼女は庭の隅に咲いている名も知らぬ白い花に目をとめた。
「それは、イチリンソウだ」
後ろから声をかけたのは白澤だった。
彼はそっとしゃがみ込んで、花のそばに視線を落とした。
「まだ雪が残ってる頃に芽を出して、春の終わりまで、静かに咲いてる」
「……強い花、ですね」
彼女がそう言うと、白澤はほんの少し目を伏せた。
「……昔、ある人がこの花を好んでいた。優しくて、でも無理をして……ある日、倒れて、それきりだった」
「……」
彼女は何も言えずにいた。
けれど、白澤の横顔はどこか遠くを見ていた。何百年も前かもしれない過去に、何かを置いてきたような目だった。
「でも、それでも咲く。咲こうとする。……お前も、そうだな」
不意に向けられたその言葉に、彼女の胸がきゅっと縮んだ。
「……私なんて、まだ何も戻せてないのに」
「戻さなくていい。代わりに、育てればいい。心を、日々を、そして……誰かを想う気持ちを」
それは、告白ではなかった。けれど、確かにそれに近い何かだった。
彼女は、そっと花に手を伸ばす。
「じゃあ……私も、大切にします。この気持ちと、今ここにあることを」
白澤が静かに微笑んだ。その穏やかな表情を見ていると、不思議と涙が出そうになって、彼女は慌てて視線をそらした。
その瞬間……
「白澤さーん!アカリが、またカゴをひっくり返していまーす!」
アサギの呼ぶ声が、風に乗って響いた。
「……まったく。目を離すとこれだ」
小さく苦笑して、白澤は立ち上がる。
「じゃあな。またあとで」
彼女は、去っていくその背を見送った。
胸の中には、さっき交わした言葉が、春の陽だまりのように残っていた。
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「まだ雪が残ってる頃に芽を出して、春の終わりまで、静かに咲いてる」
「……強い花、ですね」
彼女がそう言うと、白澤はほんの少し目を伏せた。
「……昔、ある人がこの花を好んでいた。優しくて、でも無理をして……ある日、倒れて、それきりだった」
「……」
彼女は何も言えずにいた。
けれど、白澤の横顔はどこか遠くを見ていた。何百年も前かもしれない過去に、何かを置いてきたような目だった。
「でも、それでも咲く。咲こうとする。……お前も、そうだな」
不意に向けられたその言葉に、彼女の胸がきゅっと縮んだ。
「……私なんて、まだ何も戻せてないのに」
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それは、告白ではなかった。けれど、確かにそれに近い何かだった。
彼女は、そっと花に手を伸ばす。
「じゃあ……私も、大切にします。この気持ちと、今ここにあることを」
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その瞬間……
「白澤さーん!アカリが、またカゴをひっくり返していまーす!」
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「……まったく。目を離すとこれだ」
小さく苦笑して、白澤は立ち上がる。
「じゃあな。またあとで」
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胸の中には、さっき交わした言葉が、春の陽だまりのように残っていた。
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