心をなくした私と、あやかし荘の住人たち

ホロロン

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第21話 信じるということ

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彼が初めてあやかし荘に来た日から、数週間が経った。最初のころは、澪と同じように彼もまた心を閉ざしていた。

毎日、壁の隅で小さく震えていた。その目は恐怖と警戒に満ち、他の誰とも目を合わせようとはしなかった。声も小さく、口を開くたびに周囲の視線を避けるようにしていた。彼は、誰かに裏切られた記憶から、信じることがどれほど恐ろしいことかを知っていたからだ。

だが、澪が一度だけ言った言葉を思い出す。

「ここは、怖くない場所だよ。」

その言葉が、彼の心の中でふわりと広がった。

それでも、彼はなかなか心を開けなかった。恐る恐る、彼の近くに座ろうとするカナエやアサギを、目を伏せて避けていた。

「どうして、そんなに怖がってるんだ?」

アサギが静かに尋ねた。彼の様子を見守りながら、少しの時間が流れた後、優しく言った。

「君も、ここに来るために大きな勇気を出したんだろう?」

その言葉が、彼の心の奥に小さな芽を持ち込んだ。少しずつ、少しずつ、彼は他の住人たちとの距離を縮めようとするようになった。

そんなある日のこと。澪が、無意識に彼の側に座っていた。彼は、初めてその人物に心を許し始めていた。

「……少し、話してみようか?」

澪の声が静かに響いたが、彼はわずかに身を引いた。でも……澪の目はやわらかく、彼の隠れた不安を理解しているようだった。

「君も、きっと心が傷ついているんだね。でも、私が言いたいのは……ここには、傷ついている人がたくさんいるけど、だからこそお互いを支え合っているんだよ」

彼は、しばらく黙っていた。しかし、その目には不安と期待が入り混じっていた。

澪は小さな彼に手を差し出した。

「ここにいるのは、君だけじゃない。みんなが君を受け入れたいと思っている」

その一言に、彼の胸がぎゅっと締めつけられた。ずっと避けてきたその温かさを、彼はようやく少しだけ感じた気がした。

その日以来、次第に他の住人たちと心を通わせ始めた。

名前はクロノ。黒猫のあやかしということがわかった。

カナエやツヅラ、アサギやオオヤや、そして白澤が少しずつクロノに近づき、手を差し出すようになった。

でも、クロノが一番変化を感じたのは、澪が言った言葉だった。

「君のペースで、少しずつ信じることを学んでいこう。焦らなくてもいいよ」

その言葉に、クロノはついに涙をこぼした。クロノの目からは長い間、流れなかった涙が静かに溢れ、頬を伝った。あまりにも長く、人を信じることを怖がっていた自分が、ようやく少しずつ解放されていくのを感じたからだった。

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