最強魔導士に転生したけど、護衛が過保護すぎる

ホロロン

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第4話:また失うわけにはいかない

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市場での一件から、数日が過ぎた。

王城での私の日常は、表向きは何も変わらない。
しかし、ただ一つ、決定的に変わったものがあった。

それは、私とアルディスとの物理的な距離だ。

廊下を歩けば、私の影を踏むほどのすぐ後ろに彼の気配がある。
書庫で本を読めば、本棚の向こう側から常に視線を感じる。

まるで、一瞬でも目を離せば私が煙のように消えてしまうとでも思っているかのようだ。

……絶対、警戒レベルが数段階上がってるよね。

内心でため息をつきながら、私は執務室へ向かう重厚な扉に手をかけた。
市場で魔物に遭遇した一件以来、国王陛下から「魔物の動向について、君の魔導士としての見解も聞きたい」と、こうして定期的に呼び出されるようになったのだ。私にとっては、これもまたささやかな前進だった。

扉の前で、私を護衛してきたアルディスが不意に立ち止まる。
何か言おうとして、わずかに唇が開いた。だが、彼はすぐにそれを固く結び、代わりにいつものように無表情で私に軽く会釈して、一歩下がる。

私が中へ入ろうと扉を開きかけた、その一瞬。
壁と扉の隙間から、まるで懺悔のように絞り出された、低く押し殺した声が耳に届いた。

「……また、失うわけにはいかない」

足が、石畳に縫い付けられたように止まる。

心臓がひとつ、大きく音を立てて跳ねた。

その言葉は、決して私に向けられたものではない。
彼が誰に言うでもなく、自分自身に言い聞かせるように零した独白だ。だが、その痛切な響きは、鋭い矢のように確かに私の胸を射抜いていた。

……また、ってことは……前にも誰か……失ったの?

問いただしたい衝動に駆られた。
振り返って、その言葉の意味を、その瞳の奥にある苦悩の正体を、今すぐにでも問い詰めたかった。 

けれど、なぜか足が動かなかった。彼のあまりにも脆く、傷つきやすい魂の独白を聞いてしまったようで、声をかけることすらためらわれた。

彼が怪訝に思って振り返る前に、私は逃げるように執務室へと滑り込んだ。

国王との謁見は、正直言って上の空だった。頭の中では、先ほどのアルディスの声が何度も何度も反響している。

部屋に戻るなり、私は椅子に崩れ落ちるように座り、机に突っ伏した。

「また、失うわけにはいかない……」
彼の言葉を反芻するたびに、過去の記憶の断片が鮮やかに蘇る。

初めて出会った日、路地裏で私を庇ったときの、あの一瞬の表情。
冷静な顔の奥に、確かに滲んでいた深い痛みのようなもの。市場で私を抱きしめた腕の、僅かな震え。あれは怒りだけではなかったのだ。

やっぱり……。彼には過去に、守れなかった誰かがいるんだ。

好奇心と、胸の奥で渦巻く得体の知れないざわめきが混ざり合う。
ただの護衛と被護衛者。

それだけだったはずの関係が、変わり始めている。彼のことをもっと知りたい。彼の抱える痛みを理解したい。その気持ちは、もはや危険なほど強く、私の心を占めていた。

その日の夕刻、幸運にも再び機会が訪れた。

アルディスはまたしても王の召喚を受け、私の元を離れて執務室へと向かった。

残された私は、迷わず城の書庫へと向かった。目指すは、一般には公開されていない王家の記録保管室だ。魔力で錠前を静かにこじ開け、埃っぽい室内へと忍び込む。

膨大な書物の中から、私が探し出したのは一冊の古い写本。
「近衛騎士団年間記録」と記された、分厚い革張りの本だった。

指先でページを一枚一枚めくりながら、アルディス・グレイの名を探す。

――あった。

数年前の記録。そこには、私の胸騒ぎを裏付ける記述があった。

「第一王子暗殺事件」

当時、次期国王として期待されていた第一王子が、夜会からの帰路、正体不明の暗殺者の刃に倒れた悲劇。

そして、その日、王子の護衛任務についていた近衛騎士の名は――アルディス・グレイ。

事件の詳細はほとんど記されておらず、犯人は捕まらずに未解決のままであること、そしてアルディスは責任を問われながらも、その類稀なる実力ゆえに任を解かれることはなかった、とだけ淡々と記されていた。

ページを閉じた私の手が、わずかに震えていることに気づいた。

……やっぱり、そうだったんだ。

彼の鉄壁の過保護は、単なる王命の遵守だけではなかった。

忠誠心でも、義務感でもない。彼の行動の根源にあるのは、守るべき主君を目の前で失った、深い後悔とトラウマなのだ。

私が魔力の制御を誤れば、私が一人で危険な場所に赴けば、あの日の悪夢が蘇る。
彼は、私に「守れなかった第一王子」の姿を重ねて見ているのかもしれない。

外では、夕陽が城壁を燃えるような朱色に染めていた。

私は書庫の窓からその光を見つめながら、ゆっくりと息を吐き出す。胸のざわめきは、いつしか固い決意に変わっていた。

彼が背負っているものの大きさを知った今、もうただ守られるだけの存在ではいられない。
彼の隣に立ちたい。
彼の過去の傷を、私が未来の光で上書きしたい。

――いつか、あなたの全部を知る。 
そして、あなたの隣で戦う。

そう心に誓った、その瞬間。
背後の扉が、音もなく静かに開いた。

「――ここで、何をしていたのですか」

振り返るまでもない。冷たく、しかしどこか揺らぎを隠した声。

夕陽を背負って佇む銀色の影が、私の名を呼んでいた。


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