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第5話:隣に立つということ
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平穏な夕餉の時間を引き裂いたのは、唐突な爆音だった。
城の分厚い壁を揺るがすほどの衝撃に、食器がカタカタと音を立てる。
窓の外を見れば、ディナーの準備で賑わっていたはずの城下町の一角から、禍々しい黒煙と炎が立ち上っていた。
「西地区より火の手!魔物です!大型個体が複数出現!」
衛兵の切迫した叫びが、城内に嵐のように駆け巡った。
私が椅子から立ち上がるより早く、部屋の扉が乱暴に開け放たれ、アルディスが飛び込んできた。
いつもの冷静さは鳴りを潜め、その鋭い蒼色の瞳が、炎の光を映して私を真っ直ぐに捉える。
「部屋から出るな。何があっても」
命令だ。有無を言わさぬ、鋼のような響き。
だが、もう私は黙って頷くだけの人形ではなかった。
「無理よ。私も行く」
「駄目だ」
「私、最強魔導士でしょう!?何のためにこの力があると思ってるの!?」
私の言葉は、彼の過去の傷を抉る刃だとわかっていた。それでも、言わずにはいられなかった。
守られるだけでは、彼の隣には立てない。
一瞬、アルディスの瞳が苦しげに揺れた。
彼が失った第一王子の面影が、今の私に重なっているのかもしれない。
だが、彼の返事は私の予想を裏切るものだった。
彼は返事の代わりに、腰に佩いた長剣を抜き放つ。
そして、その切っ先を私に向けるのではなく、柄を私の方へ向けて、目の前に差し出した。
それはまるで、騎士の誓いのような光景だった。
「……ならば、俺の隣から離れるな」
それは、許可だった。
私がずっと渇望していた、彼からの初めての承認。
「……わかった」
頷く私の声は、震えていなかっただろうか。
城門を駆け抜けた瞬間、凄まじい熱風と血の匂いが押し寄せた。
美しいはずの石畳は砕け、家々は燃え崩れ、瓦礫の向こうから、黒い甲殻を持つ蠍のような大型の魔物が三体、その巨大なハサミで街を蹂躙していた。
逃げ惑う人々の悲鳴が、私の耳に突き刺さる。
「アルディス、右の二体は私が引き受ける。中央の一番大きいのはお願い!」
「了解した」
短い言葉の応酬。
それだけで、全てが通じる。
私は詠唱を極限まで切り詰め、大気中の魔力を束ねて雷の矢を形成する。
「穿て、神の雷霆(ケラウノス)!」
放たれた光の矢が、一体の魔物の頭部を正確に貫いた。
甲高い絶叫と共に、巨体が痙攣し、崩れ落ちる。
隣では、アルディスが風のような速さで駆けていた。 彼の剣の軌跡は静かで、美しく、そして恐ろしく正確だった。
中央の最も大きな魔物のハサミを紙一重でかわし、懐に潜り込むと、一閃。
魔物の首が、宙を舞った。
残る一体が、怒りの矛先を私へと向ける。
雄叫びを上げながら突進してくる巨体に、私は即座に防御結界を展開した。
しかし、その凄まじい突進の衝撃は結界を貫通し、私の身体を吹き飛ばす。
「くっ……!」
足がもつれ、体勢を崩す。追撃の毒針が、目の前に迫る。
その瞬間、強い力で背中を引き寄せられ、硬い胸板にぐっと押し付けられた。
「――言ったはずだ。俺の隣から離れるな、と!」
耳元で響く、アルディスの叱責。
彼の剣が閃き、魔物の最後の咆哮が夜の闇に吸い込まれていく。
煙と炎が渦巻く中、彼はまだ私を強く抱いたままだった。
背中に回された腕は、びくともしない。彼の心臓の鼓動が、私の背中を通してやけに近い。その力強い温もりに、戦いの緊張とは違う種類の震えが、私の身体を駆け巡った。
「……怪我は?」
「ない……。あなたこそ?」
「平気だ」
そう言いながらも、彼の手のひらが、私の腕をゆっくりと撫でる。
まるで壊れ物でも確かめるかのように、その感触はひどく優しかった。
……ああ、やっぱり。
これは、ただの護衛の行動じゃない。
王命でも、過去の贖罪でもない。
もっと別の、個人的で、熱を帯びた感情だ。
「アルディス」
私が彼の名を呼ぶと、彼ははっとしたように私を放し、ほんの少し視線を逸らした。
彼の端正な横顔に、燃え盛る炎の赤い光が揺らめいている。
その表情は、安堵と後悔と、そして今まで見たことのない何かが混ざり合っていた。
その横顔に見惚れていた、私の額に。
ふいに、柔らかなものが触れた。
「……え?」
それがアルディスの唇だと気づくのに、数秒かかった。
それは恋人たちの甘い口づけとは違う。
もっと切実で、尊いものに触れたような、祈りに似たキスだった。
失うことへの恐怖と、今ここに在ることへの感謝が込められた、不器用で、けれどどうしようもなく優しい口づけ。
唇が離れた後も、私は動けなかった。
ただ、彼の深い蒼色の瞳を見つめる。
彼は気まずそうに一度咳払いをすると、いつもの無表情を装って、しかしその声は微かに震えていた。
「……次からは、許可を取ってください。最強魔導士殿」
初めて、彼が私をからかうでもなく、皮肉でもなく、一人の力ある存在としてそう呼んだ。
守られるだけじゃない。
彼と同じ場所に立つということ。
その意味を、私はこの口づけで、はっきりと理解した。
胸の奥で、確かな決意が芽生える。
この人の隣が、これからの私の戦う場所だと。
城の分厚い壁を揺るがすほどの衝撃に、食器がカタカタと音を立てる。
窓の外を見れば、ディナーの準備で賑わっていたはずの城下町の一角から、禍々しい黒煙と炎が立ち上っていた。
「西地区より火の手!魔物です!大型個体が複数出現!」
衛兵の切迫した叫びが、城内に嵐のように駆け巡った。
私が椅子から立ち上がるより早く、部屋の扉が乱暴に開け放たれ、アルディスが飛び込んできた。
いつもの冷静さは鳴りを潜め、その鋭い蒼色の瞳が、炎の光を映して私を真っ直ぐに捉える。
「部屋から出るな。何があっても」
命令だ。有無を言わさぬ、鋼のような響き。
だが、もう私は黙って頷くだけの人形ではなかった。
「無理よ。私も行く」
「駄目だ」
「私、最強魔導士でしょう!?何のためにこの力があると思ってるの!?」
私の言葉は、彼の過去の傷を抉る刃だとわかっていた。それでも、言わずにはいられなかった。
守られるだけでは、彼の隣には立てない。
一瞬、アルディスの瞳が苦しげに揺れた。
彼が失った第一王子の面影が、今の私に重なっているのかもしれない。
だが、彼の返事は私の予想を裏切るものだった。
彼は返事の代わりに、腰に佩いた長剣を抜き放つ。
そして、その切っ先を私に向けるのではなく、柄を私の方へ向けて、目の前に差し出した。
それはまるで、騎士の誓いのような光景だった。
「……ならば、俺の隣から離れるな」
それは、許可だった。
私がずっと渇望していた、彼からの初めての承認。
「……わかった」
頷く私の声は、震えていなかっただろうか。
城門を駆け抜けた瞬間、凄まじい熱風と血の匂いが押し寄せた。
美しいはずの石畳は砕け、家々は燃え崩れ、瓦礫の向こうから、黒い甲殻を持つ蠍のような大型の魔物が三体、その巨大なハサミで街を蹂躙していた。
逃げ惑う人々の悲鳴が、私の耳に突き刺さる。
「アルディス、右の二体は私が引き受ける。中央の一番大きいのはお願い!」
「了解した」
短い言葉の応酬。
それだけで、全てが通じる。
私は詠唱を極限まで切り詰め、大気中の魔力を束ねて雷の矢を形成する。
「穿て、神の雷霆(ケラウノス)!」
放たれた光の矢が、一体の魔物の頭部を正確に貫いた。
甲高い絶叫と共に、巨体が痙攣し、崩れ落ちる。
隣では、アルディスが風のような速さで駆けていた。 彼の剣の軌跡は静かで、美しく、そして恐ろしく正確だった。
中央の最も大きな魔物のハサミを紙一重でかわし、懐に潜り込むと、一閃。
魔物の首が、宙を舞った。
残る一体が、怒りの矛先を私へと向ける。
雄叫びを上げながら突進してくる巨体に、私は即座に防御結界を展開した。
しかし、その凄まじい突進の衝撃は結界を貫通し、私の身体を吹き飛ばす。
「くっ……!」
足がもつれ、体勢を崩す。追撃の毒針が、目の前に迫る。
その瞬間、強い力で背中を引き寄せられ、硬い胸板にぐっと押し付けられた。
「――言ったはずだ。俺の隣から離れるな、と!」
耳元で響く、アルディスの叱責。
彼の剣が閃き、魔物の最後の咆哮が夜の闇に吸い込まれていく。
煙と炎が渦巻く中、彼はまだ私を強く抱いたままだった。
背中に回された腕は、びくともしない。彼の心臓の鼓動が、私の背中を通してやけに近い。その力強い温もりに、戦いの緊張とは違う種類の震えが、私の身体を駆け巡った。
「……怪我は?」
「ない……。あなたこそ?」
「平気だ」
そう言いながらも、彼の手のひらが、私の腕をゆっくりと撫でる。
まるで壊れ物でも確かめるかのように、その感触はひどく優しかった。
……ああ、やっぱり。
これは、ただの護衛の行動じゃない。
王命でも、過去の贖罪でもない。
もっと別の、個人的で、熱を帯びた感情だ。
「アルディス」
私が彼の名を呼ぶと、彼ははっとしたように私を放し、ほんの少し視線を逸らした。
彼の端正な横顔に、燃え盛る炎の赤い光が揺らめいている。
その表情は、安堵と後悔と、そして今まで見たことのない何かが混ざり合っていた。
その横顔に見惚れていた、私の額に。
ふいに、柔らかなものが触れた。
「……え?」
それがアルディスの唇だと気づくのに、数秒かかった。
それは恋人たちの甘い口づけとは違う。
もっと切実で、尊いものに触れたような、祈りに似たキスだった。
失うことへの恐怖と、今ここに在ることへの感謝が込められた、不器用で、けれどどうしようもなく優しい口づけ。
唇が離れた後も、私は動けなかった。
ただ、彼の深い蒼色の瞳を見つめる。
彼は気まずそうに一度咳払いをすると、いつもの無表情を装って、しかしその声は微かに震えていた。
「……次からは、許可を取ってください。最強魔導士殿」
初めて、彼が私をからかうでもなく、皮肉でもなく、一人の力ある存在としてそう呼んだ。
守られるだけじゃない。
彼と同じ場所に立つということ。
その意味を、私はこの口づけで、はっきりと理解した。
胸の奥で、確かな決意が芽生える。
この人の隣が、これからの私の戦う場所だと。
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