最強魔導士に転生したけど、護衛が過保護すぎる

ホロロン

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第6話:傷の温もり

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城下町の喧騒が嘘のように静まり返った離宮の自室で、私は一人、ぼんやりと窓の外を眺めていた。

戦いの興奮は疾うに冷め、代わりに奇妙な疲労感と、心の奥がふわふわと浮き立つような感覚だけが残っている。

そっと、自分の額に指先で触れる。

あの炎の中で、アルディスが触れた場所。
彼の唇の、柔らかくも切実な感触が、まだそこに残っているかのようだ。

……あれは、どういう意味だったんだろう。

祈り、安堵、あるいは――。そこまで考えて、私はぶんぶんと首を振った。

期待しすぎだ。きっと、無事だった私を見て、つい感極まっただけ。そうに違いない。

気を紛らわそうと立ち上がった瞬間、左腕にぴりり、と鋭い痛みが走った。

「いった……」

見れば、戦闘服の袖が一部裂け、そこから血が滲んでいる。
魔物の攻撃を防御結界で受け止めた際、砕けた瓦礫で切ったのだろう。
戦っている最中は、アドレナリンで全く気づかなかった。

大した傷ではない。自分で浄化魔法をかければすぐに治る。そう思って、治癒の呪文を紡ごうとした、その時だった。

コン、コン、と控えめなノックの音。

「誰?」

「……俺だ」 

アルディスの声。
私は慌てて腕を背中に隠した。彼に心配をかけたくない。

「入って」

扉を開けて入ってきた彼は、いつものように冷静な表情をしていたが、その手には見慣れない木製の箱が握られていた。
救急箱だ。
彼の蒼い瞳が、真っ直ぐに私の左腕を射抜く。

「やはり、怪我をしていたか」

「えっ、大したことないわ!ただの掠り傷で……」

「掠り傷で済んだのは結果論だ。そこに座れ」

有無を言わさぬ、しかし怒りではない、深い懸念を帯びた声。
私は逆らえず、大人しくベッドの縁に腰を下ろした。

アルディスは私の前に来ると、片膝をついた。 
王国最強の騎士が、私の前に跪いている。
その光景に、心臓がどきりと音を立てた。

「袖をまくるぞ」

彼が私の腕に触れる。
硬く、節くれだった騎士の手指が、私の柔らかな肌の上を滑った。

ぞくり、とした微かな痺れが背筋を駆け上る。彼はゆっくりと、破れた袖を肩の近くまでたくし上げた。

白い肌に走る、一本の赤い線が露わになる。
それを見た彼の眉間に、深い皺が刻まれた。

「……もう少し深ければ、痕が残るところだった」

絞り出すような声には、後悔が滲んでいた。

彼は救急箱を開けると、消毒液を浸した脱脂綿で、そっと傷口を拭い始める。その手つきは、まるで壊れ物に触れるかのように慎重で、ひどく優しい。
彼の剣技と同じ、無駄のない正確な動き。だが、そこに込められているのは殺意ではなく、慈しむような温もりだった。

消毒液が少し沁みる。私が小さく身を竦めると、彼の指が「大丈夫だ」と言うように、私の腕をぽん、と軽く叩いた。 

次に、彼は緑色の軟膏を指先に取り、傷口に直接塗り込み始めた。ひんやりとした薬の感触と、彼の指の熱が混じり合って、不思議な感覚が私を襲う。

彼の清潔な香りと、薬草の匂い。静まり返った部屋には、私たちの衣擦れの音と、微かな呼吸音だけが響いている。

近い。
顔を上げれば、彼の銀色の髪に触れられてしまいそうなほどに。私は彼の真剣な横顔から、目が離せなかった。

いつもは完璧な鋼の仮面を被っている彼が、今は違う。瞳の奥には痛切なまでの安堵と、守りきれなかったかもしれないという恐怖が揺らめいている。

それは、「第一王子暗殺事件」の日に彼が味わった絶望の片鱗なのかもしれない。

彼の痛みが、自分のことのように胸に刺さる。

やがて、彼は手際よく包帯を巻き終えた。

「……これでいい」

だが、彼はすぐには立ち上がらない。
私の腕をそっと掴んだまま、じっと傷を見つめている。
その沈黙を破ったのは、私だった。

「……ありがとう、アルディス」

それは、心の底から絞り出した、素直な言葉だった。
彼は驚いたように顔を上げた。その蒼い瞳が、戸惑うように私を映す。

「手当てだけじゃないわ」
私は続けた。
「……隣で、戦わせてくれて、ありがとう」

その言葉は、どんな魔法よりも強く彼を打ったようだった。 
アルディスは一瞬、息を呑み、そしてふい、と視線を逸らす。

「……当然のことを、したまでだ」

そう言って立ち上がった彼の耳が、ほんの少しだけ赤く染まっているのを、私は見逃さなかった。

彼が部屋から出て行こうと、背を向ける。

――行かないで。
衝動的に、私は彼のチュニックの裾を掴んでいた。

「待って」

彼は足を止め、私の手、そして私の顔へと視線を移す。

「あの……額の、あれは……どういう、意味だったの?」

聞かずにはいられなかった。あの口づけの真意を。

アルディスは何も答えない。ただ、彼の視線が、私の瞳から、ゆっくりと唇へと落ちて、また瞳へと戻る。その濃密な沈黙に、部屋の空気が張り詰めていく。

彼は再び私の前に屈むと、私の頬にそっと触れた。

そして、あの時よりもずっと近く、私の耳元で、囁いた。 

それは、他の誰にも聞かせるつもりのない、秘密の告白。

「……俺の、ものだという、印だ」

独占欲に満ちた、けれど甘く痺れるような声。

それは、過保護な騎士が私を縛るための言葉ではなかった。

一人の男が、ようやく見つけた大切なひとに送る、不器用で、精一杯の愛情表現。

彼はそれだけを言うと、名残惜しそうに私の頬から手を離し、今度こそ部屋を出て行った。

一人残された私は、自分の頬と、包帯の巻かれた腕に交互に触れる。

彼の熱が、まだそこにある。
心臓が、痛いくらいに鳴り響いていた。
私たちの間にあった分厚い壁が、今夜、音を立てて崩れ落ちたのを、私は確かに感じていた。


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