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第9話:新たな脅威
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あの夜会のバルコニーで互いの想いを確かめ合ってから、私たちの日常は甘やかな色に染まっていた。
朝、目覚めると隣に彼の寝顔があるわけではないけれど、部屋には彼が淹れてくれた紅茶の香りが満ちている。
鏡を覗けば、彼の独占欲の証である赤い印が、まだ私の肩に薄く残っていた。それを見つけるたびに、あの夜の彼の熱い唇と、激しい息遣いを思い出して、一人で顔を赤らめてしまう。
彼は、私がその印を指でなぞっているのを知っている。
そして、後ろから私をそっと抱きしめると、その印の上をなぞるように、追いかけるように、彼の唇が触れるのだ。
「……よく、似合っている」
囁く声は、ひどく甘い。
もう「過保護な騎士」の仮面はどこにもなかった。
ただ一人の女を愛する、独占欲の強い男がそこにいるだけだった。
だが、そんな穏やかな日々は、長くは続かなかった。
王国北部の国境沿いにある、魔導研究所が襲撃されたという報せが届いたのは、ある晴れた日の午後だった。
「被害状況は?」
玉座の間に呼ばれた私とアルディスを前に、国王陛下が重い口を開く。
「……壊滅、にございます。研究員、護衛の兵士、全員が殺害されました。
単なる魔物の襲撃ではありません。あまりに手際が良すぎる。
まるで、研究所の警備体制や構造を、完全に把握していたかのような……」
報告する騎士の声が震えている。
それは、未知なる敵への恐怖からだった。
私の隣で報告を聞いていたアルディスが、ぴくりと眉を動かす。
彼の全身から、鋭い緊張が放たれているのがわかった。
私とアルディスは、王の命を受けて直ちに現場へと飛んだ。
転移魔法でたどり着いた研究所は、地獄という言葉ですら生ぬるい惨状だった。
破壊された建物、無残に転がる亡骸。しかし、奇妙なことに、魔物の爪痕や牙の痕はほとんど見当たらない。
ほとんどの犠牲者は、鋭い刃物による一撃で絶命していた。
「……人間の仕業だ」
アルディスが、吐き捨てるように言った。
私は頷き、目を閉じて魔力の残滓を探る。
この場所に、どんな魔法が使われたのか。
「……これは……」
感じ取った魔力の流れに、私は戦慄した。
強力な攻撃魔法の痕跡に混じって、ごく微かに、しかしはっきりと、あの「魔力を霧散させる毒」の気配が残っていたのだ。
「アルディス……これ、第一王子の事件の時と……」
私が言い終わる前に、彼は私の肩を掴んだ。その力は、彼の動揺を物語っている。
「間違いないか?」
「ええ。この気配は、忘れない」
彼の蒼い瞳が、冷たい怒りの炎で燃え上がった。
過去の亡霊が、今、再び彼の前に姿を現したのだ。
敵は、ただの野盗や暗殺者ではない。王国の魔導技術を狙い、かつて王子を手にかけた、巨大な組織。
その夜、城に戻った私たちは、自室で情報整理にあたっていた。
地図と資料を広げ、考え込むアルディスの横顔は、張り詰めた弓のように危うい。
「アルディス、少し休んで」
私が彼の肩に触れると、彼ははっと我に返り、私をその腕の中に引き寄せた。
「……すまない」
「謝らないで。私も、一緒に戦うって決めたんだから」
彼の胸に顔をうずめると、トクン、トクンと力強い心音が聞こえる。この音を聞いていると、不思議と落ち着いた。
「敵は、内部にもいる可能性が高い。研究所の警備計画を知る者は、ごく少数だ」
彼の言葉に、私は頷く。
魔物より、人間の裏切り者の方がずっと厄介だ。
誰を信じ、誰を疑うべきか。疑心暗鬼は、組織を内側から崩壊させる。
「大丈夫よ」
私は顔を上げ、彼の唇にそっと自分のそれを重ねた。
最初は触れるだけだったキスが、すぐに彼の熱に絡め取られ、深いものへと変わっていく。
「私には、わかるもの。あなたの敵も、味方も。私の魔力は、嘘をつけない」
「……」
「だから、私を信じて。
あなたの剣と、私の魔法があれば、どんな敵だって怖くない」
私の言葉に、彼はようやくその表情を和らげ、私の髪を優しく梳いた。
「……ああ。お前がいる」
もう、彼は一人で戦ってはいない。失うことへの恐怖に怯えていた騎士は、隣に立つパートナーを得て、過去の亡霊に立ち向かう決意を固めていた。
私たちの絆が試される、本当の戦いは、まだ始まったばかりだ。
しかし、不思議と恐怖はなかった。この人の隣にいられるなら、どんな運命だって乗り越えていける。そう、確信していたから。
朝、目覚めると隣に彼の寝顔があるわけではないけれど、部屋には彼が淹れてくれた紅茶の香りが満ちている。
鏡を覗けば、彼の独占欲の証である赤い印が、まだ私の肩に薄く残っていた。それを見つけるたびに、あの夜の彼の熱い唇と、激しい息遣いを思い出して、一人で顔を赤らめてしまう。
彼は、私がその印を指でなぞっているのを知っている。
そして、後ろから私をそっと抱きしめると、その印の上をなぞるように、追いかけるように、彼の唇が触れるのだ。
「……よく、似合っている」
囁く声は、ひどく甘い。
もう「過保護な騎士」の仮面はどこにもなかった。
ただ一人の女を愛する、独占欲の強い男がそこにいるだけだった。
だが、そんな穏やかな日々は、長くは続かなかった。
王国北部の国境沿いにある、魔導研究所が襲撃されたという報せが届いたのは、ある晴れた日の午後だった。
「被害状況は?」
玉座の間に呼ばれた私とアルディスを前に、国王陛下が重い口を開く。
「……壊滅、にございます。研究員、護衛の兵士、全員が殺害されました。
単なる魔物の襲撃ではありません。あまりに手際が良すぎる。
まるで、研究所の警備体制や構造を、完全に把握していたかのような……」
報告する騎士の声が震えている。
それは、未知なる敵への恐怖からだった。
私の隣で報告を聞いていたアルディスが、ぴくりと眉を動かす。
彼の全身から、鋭い緊張が放たれているのがわかった。
私とアルディスは、王の命を受けて直ちに現場へと飛んだ。
転移魔法でたどり着いた研究所は、地獄という言葉ですら生ぬるい惨状だった。
破壊された建物、無残に転がる亡骸。しかし、奇妙なことに、魔物の爪痕や牙の痕はほとんど見当たらない。
ほとんどの犠牲者は、鋭い刃物による一撃で絶命していた。
「……人間の仕業だ」
アルディスが、吐き捨てるように言った。
私は頷き、目を閉じて魔力の残滓を探る。
この場所に、どんな魔法が使われたのか。
「……これは……」
感じ取った魔力の流れに、私は戦慄した。
強力な攻撃魔法の痕跡に混じって、ごく微かに、しかしはっきりと、あの「魔力を霧散させる毒」の気配が残っていたのだ。
「アルディス……これ、第一王子の事件の時と……」
私が言い終わる前に、彼は私の肩を掴んだ。その力は、彼の動揺を物語っている。
「間違いないか?」
「ええ。この気配は、忘れない」
彼の蒼い瞳が、冷たい怒りの炎で燃え上がった。
過去の亡霊が、今、再び彼の前に姿を現したのだ。
敵は、ただの野盗や暗殺者ではない。王国の魔導技術を狙い、かつて王子を手にかけた、巨大な組織。
その夜、城に戻った私たちは、自室で情報整理にあたっていた。
地図と資料を広げ、考え込むアルディスの横顔は、張り詰めた弓のように危うい。
「アルディス、少し休んで」
私が彼の肩に触れると、彼ははっと我に返り、私をその腕の中に引き寄せた。
「……すまない」
「謝らないで。私も、一緒に戦うって決めたんだから」
彼の胸に顔をうずめると、トクン、トクンと力強い心音が聞こえる。この音を聞いていると、不思議と落ち着いた。
「敵は、内部にもいる可能性が高い。研究所の警備計画を知る者は、ごく少数だ」
彼の言葉に、私は頷く。
魔物より、人間の裏切り者の方がずっと厄介だ。
誰を信じ、誰を疑うべきか。疑心暗鬼は、組織を内側から崩壊させる。
「大丈夫よ」
私は顔を上げ、彼の唇にそっと自分のそれを重ねた。
最初は触れるだけだったキスが、すぐに彼の熱に絡め取られ、深いものへと変わっていく。
「私には、わかるもの。あなたの敵も、味方も。私の魔力は、嘘をつけない」
「……」
「だから、私を信じて。
あなたの剣と、私の魔法があれば、どんな敵だって怖くない」
私の言葉に、彼はようやくその表情を和らげ、私の髪を優しく梳いた。
「……ああ。お前がいる」
もう、彼は一人で戦ってはいない。失うことへの恐怖に怯えていた騎士は、隣に立つパートナーを得て、過去の亡霊に立ち向かう決意を固めていた。
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