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第三章
3-1 静かな日々の終わり
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母と叔母が住んでいた家は、この段々畑の上の方にある。
椅子が揺れてきしんだ音が響いた。
族長さんが、おなかが大きくても疲れないように、椅子を作ってくれた。
適度に揺れるその椅子は、まるでゆりかごのようで、時々ウトウトしてしまう。
朝晩は冷えるが、昼間なら日差しが当たって心地いい。
あ、網目がとんだ……。
我が子だし、きっと気にしないでしょう。
里の人が編み物を教えてくれた。
最初は小さな靴下を編んだ。不格好で、編み目も不ぞろいで左右非対称だった。
でも、これでいいよと里の人は言ってくれた。
靴下になるように、縫い合わせてくれた。
こんどは長方形のおくるみを作っている。
ひたすら編んでいて、立派なひざ掛けくらいの大きさになった。
ここはほぼ自給自足の里。
だから、この糸も動物の色で白になりきれない色だったり、グレーだったり、いろんな色が混じっている。でも、肌にあたってもちくちくしないし、とても暖かい。
ザー、ザーと豆が平たいザルを行き来している。
ここでは多くの乾物を作っている。お日様の香りがして、香ばしく、私の好物になった。
里の人との何気ない会話が、まるで音楽のようで耳に心地よかった。
「オリビア! どうだ~? そろそろ完成か?」
叔母が私の編み物の具合を見に来ていた。
足元は土で汚れ、服にもオレンジ色の乾いた土が付いていた。
「うん、もう少しで完成しそう! 叔母さんは今日の畑仕事は終わり?」
「ああ、今日は終わりだ」
叔母はそう言うと、急にしゃがんだ。
シルバーグレーの髪がいたずらになびく。
そして、おなかがやさしく撫でられた。
「かわいい赤ちゃん~! 早く出ておいで~。 ライラ様がじきじきに抱っこしてあげるよ~」
と猫なで声をだした。
「いや~、正直赤ちゃんつぶしかねないでしょ。危ないですよ、オリビアちゃん!」
低く積まれた石の塀から、ひょいっとリュージンが顔を出した。
「ああ? なんだと? お前だって、そんな太い腕じゃ、赤子が怖がるわ!」
叔母が腰に手をあてて、リュージンを見下ろした。
私は、編み物の手を止めて、笑ってしまった。
抱っこするにも一喜一憂する、叔母やリュージンを想像してしまったからだ。
「やはり、私が抱っこするしかないね……」
長老様が豆を選別しながら、そう言った。
「私は、オリビアの叔母だ!」
叔母が今度は、座って作業する長老様に腰を曲げてそう言った。
「オリビアは、もう里の娘だ。みんなの子供だ……」
「ぐっ……」
叔母がそれ以上言えなくなり、声をもらした。
私のおなかはもうこれ以上大きくなれないくらいに、皮膚が張っている。
胎動も大きくて、足や手の形がわかる位、しっかりと動いてくれる。
おかげで、おなかの張りも頻繁になってきた。
長老様はここ3日がいいところだねと言った。
──その時、何か下の方で人だかりができていた。
乾いた土地は遠くの音も拾いやすい。
リュージンが人だかりをチラッとみて、目を細めた。
そして、私をじっと見た。
「ねぇ、オリビアちゃんの元だんななんて、金髪?」と聞いた。
……その問いに、
──心臓がドクンとはねた。
リュージンがいつになく真剣な表情で立った。
髪はカラフルな紐で編みこまれ、族長と同じ民族衣装を着ている。茶色く焼けた肌に、引き締まった筋肉。もう、すっかりここの里の人だった。
そして私の近くまで来て、「一緒にいこう」と手を差し出した。
私はごくりとつばを飲み込んだ。
そして、叔母や長老様をみた。
みんな静かだった。
叔母が、揺れる椅子を止めてくれた。
私はリュージンに支えてもらいながら、立ち上がった。
乾いた土の階段を一歩ずつ降りていく。
ゆっくりと、慎重に。
リュージンも歩幅をあわせてくれて、「焦らなくていいよ」とかがんで言ってくれた。
私たちがはじめてこの里に着た場所に、多くの民が集まっていた。
一人が振り向き、また一人と、私を見て里の人が道を譲ってくれた。
最後の一人がどいてくれたところで、族長さんが立っていた。
そして、足元に人が一人倒れていた。
仕立てのよさそうな白いシャツに、紺色のズボン。ここにはそぐわない革靴だった。
しかし、シャツやズボンは葉や土でよごれ、所々破れて肌が見えていた。その肌からもうっすら血がにじみ白いシャツにシミを作っていた。
族長さんが私を見た。
「オリビア。……本当に、お前の知り合いか?」
──その髪は金色に輝き、眩しかった。
──すべてが完璧な配置の王子様のような顔……。
──瞳の色は分からない、でも金色の長いまつげは見間違うはずがなかった。
ちゃんと確認したいのに、視界が歪んでこれ以上見ることができなかった。
「……はい。……間違いありません」と、私は声を振り絞った。
────ドクン……。
───ドクン。
──ドクン。
ドクン!
「っ!」
私はおなかをささえて、その場にしゃがみこんだ。
リュージンがとっさに体を支えてくれた。
「だれか! 長老様を早く!」そう、リュージンが叫んだ!
椅子が揺れてきしんだ音が響いた。
族長さんが、おなかが大きくても疲れないように、椅子を作ってくれた。
適度に揺れるその椅子は、まるでゆりかごのようで、時々ウトウトしてしまう。
朝晩は冷えるが、昼間なら日差しが当たって心地いい。
あ、網目がとんだ……。
我が子だし、きっと気にしないでしょう。
里の人が編み物を教えてくれた。
最初は小さな靴下を編んだ。不格好で、編み目も不ぞろいで左右非対称だった。
でも、これでいいよと里の人は言ってくれた。
靴下になるように、縫い合わせてくれた。
こんどは長方形のおくるみを作っている。
ひたすら編んでいて、立派なひざ掛けくらいの大きさになった。
ここはほぼ自給自足の里。
だから、この糸も動物の色で白になりきれない色だったり、グレーだったり、いろんな色が混じっている。でも、肌にあたってもちくちくしないし、とても暖かい。
ザー、ザーと豆が平たいザルを行き来している。
ここでは多くの乾物を作っている。お日様の香りがして、香ばしく、私の好物になった。
里の人との何気ない会話が、まるで音楽のようで耳に心地よかった。
「オリビア! どうだ~? そろそろ完成か?」
叔母が私の編み物の具合を見に来ていた。
足元は土で汚れ、服にもオレンジ色の乾いた土が付いていた。
「うん、もう少しで完成しそう! 叔母さんは今日の畑仕事は終わり?」
「ああ、今日は終わりだ」
叔母はそう言うと、急にしゃがんだ。
シルバーグレーの髪がいたずらになびく。
そして、おなかがやさしく撫でられた。
「かわいい赤ちゃん~! 早く出ておいで~。 ライラ様がじきじきに抱っこしてあげるよ~」
と猫なで声をだした。
「いや~、正直赤ちゃんつぶしかねないでしょ。危ないですよ、オリビアちゃん!」
低く積まれた石の塀から、ひょいっとリュージンが顔を出した。
「ああ? なんだと? お前だって、そんな太い腕じゃ、赤子が怖がるわ!」
叔母が腰に手をあてて、リュージンを見下ろした。
私は、編み物の手を止めて、笑ってしまった。
抱っこするにも一喜一憂する、叔母やリュージンを想像してしまったからだ。
「やはり、私が抱っこするしかないね……」
長老様が豆を選別しながら、そう言った。
「私は、オリビアの叔母だ!」
叔母が今度は、座って作業する長老様に腰を曲げてそう言った。
「オリビアは、もう里の娘だ。みんなの子供だ……」
「ぐっ……」
叔母がそれ以上言えなくなり、声をもらした。
私のおなかはもうこれ以上大きくなれないくらいに、皮膚が張っている。
胎動も大きくて、足や手の形がわかる位、しっかりと動いてくれる。
おかげで、おなかの張りも頻繁になってきた。
長老様はここ3日がいいところだねと言った。
──その時、何か下の方で人だかりができていた。
乾いた土地は遠くの音も拾いやすい。
リュージンが人だかりをチラッとみて、目を細めた。
そして、私をじっと見た。
「ねぇ、オリビアちゃんの元だんななんて、金髪?」と聞いた。
……その問いに、
──心臓がドクンとはねた。
リュージンがいつになく真剣な表情で立った。
髪はカラフルな紐で編みこまれ、族長と同じ民族衣装を着ている。茶色く焼けた肌に、引き締まった筋肉。もう、すっかりここの里の人だった。
そして私の近くまで来て、「一緒にいこう」と手を差し出した。
私はごくりとつばを飲み込んだ。
そして、叔母や長老様をみた。
みんな静かだった。
叔母が、揺れる椅子を止めてくれた。
私はリュージンに支えてもらいながら、立ち上がった。
乾いた土の階段を一歩ずつ降りていく。
ゆっくりと、慎重に。
リュージンも歩幅をあわせてくれて、「焦らなくていいよ」とかがんで言ってくれた。
私たちがはじめてこの里に着た場所に、多くの民が集まっていた。
一人が振り向き、また一人と、私を見て里の人が道を譲ってくれた。
最後の一人がどいてくれたところで、族長さんが立っていた。
そして、足元に人が一人倒れていた。
仕立てのよさそうな白いシャツに、紺色のズボン。ここにはそぐわない革靴だった。
しかし、シャツやズボンは葉や土でよごれ、所々破れて肌が見えていた。その肌からもうっすら血がにじみ白いシャツにシミを作っていた。
族長さんが私を見た。
「オリビア。……本当に、お前の知り合いか?」
──その髪は金色に輝き、眩しかった。
──すべてが完璧な配置の王子様のような顔……。
──瞳の色は分からない、でも金色の長いまつげは見間違うはずがなかった。
ちゃんと確認したいのに、視界が歪んでこれ以上見ることができなかった。
「……はい。……間違いありません」と、私は声を振り絞った。
────ドクン……。
───ドクン。
──ドクン。
ドクン!
「っ!」
私はおなかをささえて、その場にしゃがみこんだ。
リュージンがとっさに体を支えてくれた。
「だれか! 長老様を早く!」そう、リュージンが叫んだ!
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