【本編完結】初恋のその先で、私は母になる

妄夢【ピッコマノベルズ連載中】

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第三章

3-2 始まりの毒

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──さかのぼること数カ月前………。


「………」

「お医者さんよぉ、黙ってたらやったんだか、やってねぇんだかわかんねぇぞ………」

アストラ騎士団長の低い声が尋問室に響いた。

うちの専属医だった医師は、下を向いてただただ震えていた。

パサッとびっしりと書かれた白い紙が数枚テーブルの上に置かれた。

「もうさ、証拠は出ちまってんだよ」

「黙秘ってのも立派な権利だがよ、証拠がこんだけそろってる。正直、素直に話した方が身のためだぞ」

団長はため息まじりにそう言うと、短い髪をワシャワシャと音を出すほどかいた。

私は団長の後方で、記録係として同席させてもらっている。

オリビアをあんな目にあわせたこの医者を私は許さない。

団長に直接尋問させてくれないかと頼んだが、断られた。

「身内の問題はどうしても冷静さを失うからな」と。その代わり、団長が直々に尋問してくれることとなった。

「薬の入手経路も、処方箋もぜんぶあんたの名前が載ってる。足取りも掴まれちまってる。完璧に証拠が揃っちまってるんだ。エステル嬢を脅して、堕胎薬を入手させた手紙までもな………」

ガタン!っと机が一瞬跳ねた。

どうやら医者が机をひざで持ち上げてしまったようだ。

そのあとも、ガタガタと机は振動を繰り返し、机の上の書類が下に落ちた。

団長が下に落ちた書類を拾った。

「このまま、すべての罪をかぶって牢にはいるのか? だいぶ重いから、相当出てこれないぞ。家族にも会えない………」

この医師には子供がいる。医師の年齢の割に子供は幼く、病気がちだという。

だからと言って、何をしてもいいという問題ではない。むしろ、子供のためにそんなことに手を染めていいはずがない。

「子供にも会えなくていいのか? 今3歳なんだろ? かわいい盛りじゃないか」

団長がそういうと、医者の肩がビクッとはねた。

そして、ゆっくりと顔を上げた。

その顔には正気は失われ、目がくぼみ、シワが深くなり、額から汗が流れあごにたまっていた。唇は乾燥し、ひび割れ、青紫色になり、小刻みに震えていた。

「やっと顔を上げたな」

団長の声のトーンが明るくなった。

そして、団長が片手をあげると、後方から団員が水を持ってやってきた。

団長はそれを医者にさしだす。

医者は震える手で、そのコップを持ち、中の水がこぼれた。
そして、そのまま口元まで持っていき、カチカチと歯がぶつかる音も気にせず、水を飲んだ。渇いた口とのどは少量の水すらもなかなか通さず、彼はむせた。

目からは涙がでて、コップをテーブルに置いた。

エステル嬢の兄とは幼馴染で、その紹介でこの医者を雇った。

特段問題はなかった。オリビアがうちにやってくるまでは。

「このままで、本当にいいのか? 医者としても、親としても………」

団長が低い声で、そう言った。

医者は団長の顔を初めて見た。そして、唇をきつく噛んで、血がにじんだ。

「言ってみろ。思っていること全部。悪いことにはならねぇ。お前の子供も妻も、騎士団がちゃんと守ると約束する」

医者の目から、大粒の涙が流れ、服に落ちた。


そして、かすれた声でこう言った。


「………それだけじゃ」


「あ? 聞こえねぇな。なんて?」


団長が耳に手をあてて、医者のほうに体を寄せた。


「それだけじゃ、ダメなんです。守ってあげられないんです………」

「そういうことだ?」
「あの薬がないと、子供の発作は止められないんです。あれがないと………」

「子供の発作………?」

医者はうなずいた。

「私がやったと言えば、薬が手に入りますか? 騎士団の方が手に入れてくれるんですか? 子供の体を治して………くれるんですか………」

最後は消え入りそうな声だった。

「子供が病気なのは調べがついている。だが、どうしてそれが今回の件と関わっているんだ」

「その薬は、普通の薬屋では手に入りません。あるお方に直々にお願いして仕入れていただいているんです」

「………隣国の特別な薬ですから………」

「隣国の特別な薬か………」

「ヴェルティエ公爵家だな」

「………はい」

騎士団長は「はぁ~」と大きなため息をついて、背もたれに寄りかかった。

「あそこは王の信頼も厚いからな、なかなか手出しが難しい。なんたって、薬はほぼヴェルティエ公爵家を通さないと仕入れられないからな………」

「それで、お前さんは薬欲しさに手を染めたのか? 金が必要だったのか?」

「お金はありました。マティアス様の専属医にさせてもらい、十分なお手当をいただいていました」

必死な顔で私を見て、彼はそう言った。

私はただ無言でそれを聞いた。

「──言うとおりにしないと………」

「薬は二度と売らないと、………言われたんです」



◇◇◇



今日はなんていい日なのかしら。

朝から念入りに侍女に磨き上げてもらった。

蜂蜜の香りが鼻孔をくすぐる。

私だけの特別な香り………。

天に右手をかざすと艶のある肌がきらりと光った。

下に目線を移すと、深紅のドレスが宝石をちりばめて、主人をより一層輝かせる努力をしている。

ドレスと同じ色の髪にも宝石をつけ、さらに豪華さを足した。

この日をどれだけ待ったか。

やっと手に入れた好機!

天はやはり私に味方をした。

コツコツコツ………。

私に王子様。ただ一人の、王子様………。

一度は毒婦に騙されてしまったけど、わたくしが目を覚まさせてあげたわ。

本当はお互い初婚が良かったけど、わたくしは優しいから許してあげます。

「お待たせいたしました。マティアス様!」

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