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信頼という名の
我慢※
浴場に向かうためにアステルに横抱きにされた際、凪は下腹部に不快な違和感を感じて、小さく身じろいだ。アステルは一瞬身を震わせた凪を見逃さなかったが、何も言わずにそのまま部屋を出た。
きっと、それがこの永遠のように長い一瞬の始まりだったのだ。
けれど凪がそれに気づいた時には、すでに後の祭だった。
◆
屋敷の一階にある浴場まで普通に歩いても一分程度しかかからない距離のはずだが、アステルは時間をかけてゆっくりと階段を降りていく。それが凪の身体に負担を掛けないようにというアステルの心遣いなのか、ただの嫌がらせなのか、凪にはわからなかった。しかし、布一枚纏うことを許されず、横抱きにされながら移動する時間は拷問に等しかった。
途中で何人かの使用人とすれ違ったが、彼らの態度にはどこか違和感を覚えた。彼らは皆、アステルに笑顔で挨拶して通り過ぎて行くのに、どこか上辺だけ態度に見え、本来主人に向けるはずの感情を一切感じない。一定の速度で歩く、背筋を伸ばし真っ直ぐに前を見据えて立つ、主人が来たら壁に寄って目を伏せる。まるで、機械仕掛けの人形のようだ。
(そういえば、昨夜風呂に入れられた時も無言だったな)
凪はふと、屋敷へ連れてこられてすぐ、湯浴みをさせられた時のことを思い出した。あの時も使用人たちは皆、凪に一切の視線を向けず、最低限の言葉しか交わさなかった。凪自身も色々ありすぎて疲れていて、誰とも喋りたくなかったからありがたいとしか思わなかったけれど、改めて思い返すと違和感しかない。
使用人たちは一挙手一投足のひとつひとつが規則正しく調和の取れた美しい動作であったが、その動きには温かみが無く、ただ事務的に決められた作業を決められた手順でこなすだけの、まるで機械のような無機質さを孕んでいた。
そしてもう一つ、気になることがある。
すれ違う使用人たちの中に一つ、嫌な視線を感じた気がした。凪は視線の方向に顔を向けるが、そこには誰もおらず、ただ廊下が伸びているだけだった。それは凪が自身の人生の中で経験したことのある感覚と酷似していたが、正体までは突き止めることができなかった。
(何だったんだ、今の気配……)
アステルも異変と受け取ったのだろうかと表情を窺ってみるが、彼は不快な視線を気にした様子は見受けられなかった。アステルにとっては日常茶飯事の視線だったのかもしれないが、何にせよ、あの視線で睨まれるのはあまり気分の良いものではなかった。
「なあ、ここの使用人ってみんなあんたのこと嫌いなの?」
後に酷く後悔することになる問いかけは、屋敷の歪な事情へのほんの軽い好奇心から出た言葉だった。あわよくばアステルの弱みでも握れたら、という下心も少しだけあったのは否定しない。
凪がそう思ったのは、先ほどの嫌な視線が主な理由であるが、すれ違う使用人の浮かべている笑顔がどこか作り物めいていたことも要因の一つだ。
しかし、アステルは凪の問いに答えることなかった。
(無視かよ)
機嫌を悪くしたのだろうか?
無視を決め込まれたことが気になって、凪はアステルの腕の中で、彼の整った横顔を窺った。彼の視線は常に前を向いており、その感情は読み取れない。少なくとも今は話しかけない方が良いだろうと思い、凪は大人しく口を閉じた。
――凪の身にある大きな問題が起きたのは、その時だった。
「……ん……っ」
凪はアステルの腕の中で身体を小さく震わせた。突如下腹部から込み上がってきた生理的欲求が、凪の思考を少しずつ奪っていく。まだ、我慢できる。けれどそれも時間の問題である。今までほとんど意識せずにいた尿意が急速に強くなったのだ。
「どうしました?」
アステルに問われ、「トイレに行きたい」と素直に答えようとした凪だったが、わざとらしく覗き込むアステルの顔を見てそれをやめた。気遣う目だったが、口元が僅かに吊り上がっている。アステルがそんな隠しきれない笑みを見え隠れさせるのは、大抵凪をからかって遊ぶ時だ。
そしてたぶん、屋敷の事情に立ち入るなという、無言の警告。
「……何かしただろ」
「何のことですか?」
疑いの眼差しで睨みつけると、アステルは唇に弧を描いたまま小首を傾げる。
「んぁ……っ」
その瞬間、さらに尿意が強くなった。まるで余計なことは考えるなとでも言うかのように、突然発生した欲求は、凪から容赦なく思考を奪っていく。
思わず内股を擦り合わせ、もじもじと腰を揺らす。アステルは自分の腕の中でぷるぷると震える凪を見てくつくつと笑うと、凪の耳元で囁いた。
「ナギ、そんなにもじもじして……どうかしたのですか?」
「っ!あんた、絶対何かしただろう!?俺が何したんだよ!」
「何もしていないですよ。ほら、ちゃんと締めとかないと、ナギの我慢している『何か』が漏れてきてしまいますよ?」
「っ!」
凪はアステルの腕の中で、慌てて股間に力を込めた。下腹部がじんじんと熱を持ち、尿意がさらに高まる。
アステルの腕の中で身悶える凪の様子を見て、アステルは愉快そうに笑うと、階段を数段まとめて駆け下りた。咄嗟に凪はアステルの首に腕を回してしがみつく。その反動で膀胱に刺激が伝わり、股間に力が籠った。
「おい……揺ら……すな……っ」
「ふふ、今は両手が塞がっているのでできませんが、浴場に着いたらいっぱい触ってあげますからね」
「い、いらないから……っ!」
凪はアステルから逃れようと身を捩るが、しっかり抱え上げられたアステルの両腕がそれを許さない。むしろ強い力で引き寄せられてしまい、アステルの身体にぴったりと密着してしまう。アステルの温もりを敏感に感じ取ってしまい、凪の身体はますます熱を持ち始めた。下腹部の違和感が増して息苦しい。まだそこまで切実に切羽詰まっているわけではないが、着実に限界に近づいていく感覚に恐怖を覚えた。
「その『何か』を我慢するような、唇を引き結ぶ切羽詰まった表情……何ともいじらしくて愛らしくて、もっと虐めたくなっちゃいますね」
アステルは焦らすように、あえてゆっくりと、時間をかけて階段を降りていく。一段、また一段とより大きな振動が凪に伝わるように、わざと足音を大きく響かせる。その振動がさらに凪の膀胱を刺激し、凪の表情が切なげに歪んだ。
「や……っ、も……無理……」
「それで、まだ教えてもらえてないのですが、ナギは何を我慢しているんですか?」
含み笑いを浮かべたまま、アステルがわざとらしく訊ねてくる。アステルを睨みつけると、さらに尿意が強まった気がした。凪は両手で股間を押さえ、内股をぎゅっと閉じて必死に尿意を堪えると、腰を前後に揺らした。
「も……漏れちゃう……」
激しい生理的欲求に支配されて真っ白な思考で凪は声を絞り出す。しかし、アステルの及第点は得られなかったらしい。
「ちゃんと言いなさい。何が漏れちゃうんですか?」
アステルは凪の耳たぶに口付け、吐息を吐き出すようにして問いかけた。その吐息が耳にかかり、凪の身体がびくんと震える。凪は目をぎゅっと閉じ、顔を赤らめた。
「お……おしっこ……漏れちゃう……」
凪はアステルの胸に頭を押し付け、恥もプライドもかなぐり捨てて、消え入りそうな声で呟いた。これまでの経験上、甘くねだるとアステルは気を良くするのではないかと思われたので、恥を捨て媚びに媚を売ってみたのだが、アステルの反応は凪の想像とは全く違っていた。彼は一瞬驚いたような顔をしたあと、嗜虐的にその目を細めた。
「粗相を我慢する子供みたいにもじもじして……でも、そんなに可愛い顔をしてもダメです」
きっと、それがこの永遠のように長い一瞬の始まりだったのだ。
けれど凪がそれに気づいた時には、すでに後の祭だった。
◆
屋敷の一階にある浴場まで普通に歩いても一分程度しかかからない距離のはずだが、アステルは時間をかけてゆっくりと階段を降りていく。それが凪の身体に負担を掛けないようにというアステルの心遣いなのか、ただの嫌がらせなのか、凪にはわからなかった。しかし、布一枚纏うことを許されず、横抱きにされながら移動する時間は拷問に等しかった。
途中で何人かの使用人とすれ違ったが、彼らの態度にはどこか違和感を覚えた。彼らは皆、アステルに笑顔で挨拶して通り過ぎて行くのに、どこか上辺だけ態度に見え、本来主人に向けるはずの感情を一切感じない。一定の速度で歩く、背筋を伸ばし真っ直ぐに前を見据えて立つ、主人が来たら壁に寄って目を伏せる。まるで、機械仕掛けの人形のようだ。
(そういえば、昨夜風呂に入れられた時も無言だったな)
凪はふと、屋敷へ連れてこられてすぐ、湯浴みをさせられた時のことを思い出した。あの時も使用人たちは皆、凪に一切の視線を向けず、最低限の言葉しか交わさなかった。凪自身も色々ありすぎて疲れていて、誰とも喋りたくなかったからありがたいとしか思わなかったけれど、改めて思い返すと違和感しかない。
使用人たちは一挙手一投足のひとつひとつが規則正しく調和の取れた美しい動作であったが、その動きには温かみが無く、ただ事務的に決められた作業を決められた手順でこなすだけの、まるで機械のような無機質さを孕んでいた。
そしてもう一つ、気になることがある。
すれ違う使用人たちの中に一つ、嫌な視線を感じた気がした。凪は視線の方向に顔を向けるが、そこには誰もおらず、ただ廊下が伸びているだけだった。それは凪が自身の人生の中で経験したことのある感覚と酷似していたが、正体までは突き止めることができなかった。
(何だったんだ、今の気配……)
アステルも異変と受け取ったのだろうかと表情を窺ってみるが、彼は不快な視線を気にした様子は見受けられなかった。アステルにとっては日常茶飯事の視線だったのかもしれないが、何にせよ、あの視線で睨まれるのはあまり気分の良いものではなかった。
「なあ、ここの使用人ってみんなあんたのこと嫌いなの?」
後に酷く後悔することになる問いかけは、屋敷の歪な事情へのほんの軽い好奇心から出た言葉だった。あわよくばアステルの弱みでも握れたら、という下心も少しだけあったのは否定しない。
凪がそう思ったのは、先ほどの嫌な視線が主な理由であるが、すれ違う使用人の浮かべている笑顔がどこか作り物めいていたことも要因の一つだ。
しかし、アステルは凪の問いに答えることなかった。
(無視かよ)
機嫌を悪くしたのだろうか?
無視を決め込まれたことが気になって、凪はアステルの腕の中で、彼の整った横顔を窺った。彼の視線は常に前を向いており、その感情は読み取れない。少なくとも今は話しかけない方が良いだろうと思い、凪は大人しく口を閉じた。
――凪の身にある大きな問題が起きたのは、その時だった。
「……ん……っ」
凪はアステルの腕の中で身体を小さく震わせた。突如下腹部から込み上がってきた生理的欲求が、凪の思考を少しずつ奪っていく。まだ、我慢できる。けれどそれも時間の問題である。今までほとんど意識せずにいた尿意が急速に強くなったのだ。
「どうしました?」
アステルに問われ、「トイレに行きたい」と素直に答えようとした凪だったが、わざとらしく覗き込むアステルの顔を見てそれをやめた。気遣う目だったが、口元が僅かに吊り上がっている。アステルがそんな隠しきれない笑みを見え隠れさせるのは、大抵凪をからかって遊ぶ時だ。
そしてたぶん、屋敷の事情に立ち入るなという、無言の警告。
「……何かしただろ」
「何のことですか?」
疑いの眼差しで睨みつけると、アステルは唇に弧を描いたまま小首を傾げる。
「んぁ……っ」
その瞬間、さらに尿意が強くなった。まるで余計なことは考えるなとでも言うかのように、突然発生した欲求は、凪から容赦なく思考を奪っていく。
思わず内股を擦り合わせ、もじもじと腰を揺らす。アステルは自分の腕の中でぷるぷると震える凪を見てくつくつと笑うと、凪の耳元で囁いた。
「ナギ、そんなにもじもじして……どうかしたのですか?」
「っ!あんた、絶対何かしただろう!?俺が何したんだよ!」
「何もしていないですよ。ほら、ちゃんと締めとかないと、ナギの我慢している『何か』が漏れてきてしまいますよ?」
「っ!」
凪はアステルの腕の中で、慌てて股間に力を込めた。下腹部がじんじんと熱を持ち、尿意がさらに高まる。
アステルの腕の中で身悶える凪の様子を見て、アステルは愉快そうに笑うと、階段を数段まとめて駆け下りた。咄嗟に凪はアステルの首に腕を回してしがみつく。その反動で膀胱に刺激が伝わり、股間に力が籠った。
「おい……揺ら……すな……っ」
「ふふ、今は両手が塞がっているのでできませんが、浴場に着いたらいっぱい触ってあげますからね」
「い、いらないから……っ!」
凪はアステルから逃れようと身を捩るが、しっかり抱え上げられたアステルの両腕がそれを許さない。むしろ強い力で引き寄せられてしまい、アステルの身体にぴったりと密着してしまう。アステルの温もりを敏感に感じ取ってしまい、凪の身体はますます熱を持ち始めた。下腹部の違和感が増して息苦しい。まだそこまで切実に切羽詰まっているわけではないが、着実に限界に近づいていく感覚に恐怖を覚えた。
「その『何か』を我慢するような、唇を引き結ぶ切羽詰まった表情……何ともいじらしくて愛らしくて、もっと虐めたくなっちゃいますね」
アステルは焦らすように、あえてゆっくりと、時間をかけて階段を降りていく。一段、また一段とより大きな振動が凪に伝わるように、わざと足音を大きく響かせる。その振動がさらに凪の膀胱を刺激し、凪の表情が切なげに歪んだ。
「や……っ、も……無理……」
「それで、まだ教えてもらえてないのですが、ナギは何を我慢しているんですか?」
含み笑いを浮かべたまま、アステルがわざとらしく訊ねてくる。アステルを睨みつけると、さらに尿意が強まった気がした。凪は両手で股間を押さえ、内股をぎゅっと閉じて必死に尿意を堪えると、腰を前後に揺らした。
「も……漏れちゃう……」
激しい生理的欲求に支配されて真っ白な思考で凪は声を絞り出す。しかし、アステルの及第点は得られなかったらしい。
「ちゃんと言いなさい。何が漏れちゃうんですか?」
アステルは凪の耳たぶに口付け、吐息を吐き出すようにして問いかけた。その吐息が耳にかかり、凪の身体がびくんと震える。凪は目をぎゅっと閉じ、顔を赤らめた。
「お……おしっこ……漏れちゃう……」
凪はアステルの胸に頭を押し付け、恥もプライドもかなぐり捨てて、消え入りそうな声で呟いた。これまでの経験上、甘くねだるとアステルは気を良くするのではないかと思われたので、恥を捨て媚びに媚を売ってみたのだが、アステルの反応は凪の想像とは全く違っていた。彼は一瞬驚いたような顔をしたあと、嗜虐的にその目を細めた。
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