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35話 市街地の光と影
翌日。
皇太子ルースは、執務室でソウタが来るのをじっと待っていた。
今日のソウタは、どのような表情で現れるだろうか。そう期待していたが、執務室の扉を開けて入ってきたのは、レオ・ロウとユノ・セリウスの二人だった。
ルースは、何気ない様子を装いながら尋ねた。
「ソウタはどこにいる?」
レオ・ロウは、いつも通り、しっかりとした口調で答えた。
「ソウタ殿は、本日、用事があるようで市街地に向かったと報告します」
「用事だと? 私に会うよりも大事な用事とは、一体なんだ?」
ルースの顔には、またもや不機嫌そうな色が浮かび始めた。自分という「好きな人」を差し置いて、一体何の用事があるというのか。
レオ・ロウは、正直に「市街地で一般騎士をしているライエルに会いに行った」と言おうとした、その瞬間だった。
ユノ・セリウスが、すかさずレオ・ロウの言葉を遮った。
「殿下。たまには市街地に息抜きに行かれてはいかがでしょうか?」
ユノ・セリウスは、すぐにソウタの行先がライエルのもとだと察し、事態が悪化する前に、別の提案を繰り出したのだ。
皇太子ルースは、ユノ・セリウスの提案に、少し眉をひそめたが、すぐにその提案に乗った。ソウタが市街地にいるのなら、自分も行けば会えるかもしれない。
「そうだな……わかった。すぐに準備をしよう」
ルースは、急いで外出の準備を始めた。
ルースの言葉を聞いたレオ・ロウは、納得がいかない様子でユノ・セリウスを睨んだ。
「おい、なぜ遮るんだ?」
ユノ・セリウスは、レオ・ロウに近づき、小声でたしなめるように言った。
「レオ・ロウ。余計なことで殿下を嫉妬させてはいけません。ライエル殿は、ソウタ様の元婚約者ですよ。殿下がその事実を知ったら、どうなるか……」
レオ・ロウは、その言葉を聞いて、ハッと息を呑んだ。ソウタがライエルの元婚約者だったという事実は、彼の頭からすっかり抜け落ちていた。
「……めんどくさいな、全く」
レオ・ロウは、頭をかきながら、困ったように呟いた。
一方、ユノ・セリウスは、レオ・ロウの隣で、ひそかに思案していた。
(なるほど……。今度から、殿下を動かしたいのなら、ソウタ様の名前を出せばいいのか)
ユノ・セリウスの心の中では、皇太子を動かす新たな策略が、静かに芽生え始めていた。
――
帝国首都の市街地にやってきたソウタは、賑やかな街の様子にほっと息をついた。
魔物騒動からまだそれほど経っていないにもかかわらず、人々は日常を取り戻しつつある。
(ライエルはどこにいるかな?オリオンにあげるお土産は何にしようかな……)
そんなことを考えながら、ソウタがゆっくりと歩いていると、少し先のところで人だかりができているのが目に入った。
何だろうと気になって見に行くと、その中心に立っていたのは、なんとライエルだった。
ソウタは、驚きに目を見開いた。ライエルは、周囲の市民たちから、石や何かを投げつけられていたのだ。
「こんな所で騎士なんかしてないで、貴族は家に帰れ!」
「お前の家族のせいで、子供が酷い目に遭ったんだぞ!」
罵声が、容赦なくライエルに浴びせかけられる。
ライエルはただ、何も言わずにその全てを受け止めていた。
その時、一際大きな石が、ライエルの顔に当たりそうになった。
ソウタは、考えるよりも早く、急いでシールドを張った。バキッ! と音を立てて石が砕け散る。
ソウタは、ライエルを罵倒していた人に向かって、強い口調で言い返した。
「彼は元貴族だが、命懸けで市民を守った! 知らないのか!?」
ソウタの言葉に、罵声を浴びせていた市民は、たじろいだように後ずさりした。
ライエルは、ソウタを見て、すぐに冷静な声で言った。
「ソウタ、気にするな。こっちに来い」
ライエルは、ソウタの腕を引っ張り、人混みから離れた別の場所へと移動した。
人気のない路地裏で、ライエルは自嘲するように呟いた。
「……不甲斐ないところを見せたな、ソウタ」
ソウタは、まさかライエルが市民からこんな扱いを受けているとは夢にも思っておらず、ショックを受けていた。
彼の高潔な行動が、こんな形で報われていることに、ソウタは深く落ち込んだ。
ライエルは、ソウタの様子を見て、静かに続けた。
「これは当然の報いだ。貴族派のせいで、多くの市民が怪我をして苦しんだ。だから俺は、償いたい」
ライエルの言葉には、過去の過ちを真摯に受け止め、贖罪しようとする決意が込められていた。
ソウタが、かける言葉を見つけられずに迷っていると、ライエルの後ろから、小さな女の子が駆け寄ってきた。
「騎士のお兄ちゃん!」
ライエルが振り返ると、女の子は、はにかんだ笑顔で言った。
「騎士のお兄ちゃん、この前は、守ってくれてありがとう」
そう言いながら、女の子は、手に持っていた一輪のピンクの花を、ライエルに差し出した。
ライエルは、驚いたように目を見開いた。
そして、その花を、壊れ物でも扱うかのように大切そうに受け取った。
「……ありがとう」
ライエルの声は、かすかに震えていた。
ソウタは、その光景を見て、自分のことのように嬉しくなった。
「良かったな、ライエル!」
ソウタは、喜びを爆発させるように、ライエルの肩に手を回した。
ライエルもまた、照れくさそうに「ああ」とだけ返事をしたが、
その表情には、ほんの少しだけ、固かった氷が溶けたような、柔らかな笑みが浮かんでいた。
小さな花の持つ温かさが、彼らの心を優しく包み込んだ。
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