1 / 37
1話 服を脱いでください
しおりを挟む透がこのゲームの世界に転移してから、早くも一年が経とうとしていた。20歳になったばかりの彼は、魔法の適性がなかったため、ゲームで得た知識を活かして薬師として生計を立て、町の外れにある山の片隅でひっそりと暮らしている。
「今日はどんな薬を作ろうかな……」
水で顔を洗いながら、透はぼんやりと鏡に映る自分の顔を見つめた。黒髪に黒い瞳、色白でどこか頼りなく見えるその容姿は、転移前と変わらない。
身支度を終え、朝食をとっていると、静寂を破るかのように外から爆発音が聞こえてきた。
「モンスターの襲撃だろうか……?」
透はすぐに魔物撃退薬を片手に取り、不安を胸に外の様子を見に行った。しかし、そこにいたのは魔物ではなく、ぽっかりと開いた巨大な洞窟だった。
「昨日までこんな洞窟、なかったのに……」
透の好奇心が、危険を知らせる本能を上回る。これは何か珍しいものがあるに違いないと、彼は洞窟の暗がりへと足を踏み入れた。
洞窟の中は薄暗く、ひんやりとしていたが、壁には無数の水晶が埋め込まれており、その光が幻想的にキラキラと輝いている。
(もしかしたら、貴重な薬草が手に入るかもしれないな)
透は周囲を見回しながら奥へと進んでいく。しばらく歩くと、洞窟の先に人影を見つけた。
(あの人は……!)
プラチナブロンドの髪に澄んだ青い瞳を持つ、冷酷なまでに美しい男性、グレイドだった。彼は若くして騎士団長に上り詰めた王国随一の実力者であり、その威厳は私服姿であっても隠しきれない。
白いシャツに簡素なベルトを巻いただけの姿は、普段の厳格な騎士団服とは違い、どこか柔らかい印象を与えていた。透はすぐに声をかけた。
「……グレイド騎士団長?」
名を呼ばれたグレイドは、ゆっくりと透に目を向けた。
「君は……透じゃないか。なぜこんな場所に?」
「お久しぶりです。変な音がここの方から聞こえたので、気になって……」
グレイドは静かにうなずき、視線を洞窟の奥へと向けた。
「ここは君の住居の近くだからな……しかし、一人で来るなんて危険じゃないか?」
「魔物撃退薬を持ってきたので、大丈夫ですよ」
そう言って、透は少し得意げに薬瓶を取り出した。その様子を見て、グレイドは「君はすごいな」と言いながら、口元だけで優しく笑った。
透は彼のその表情を見て、一年前にこの世界へ転移したばかりの頃を思い出す。右も左も分からず困っていた自分を助けてくれたのが、このグレイドだった。
彼が役所に掛け合ってくれたおかげで、透は住む場所を得ることができ、こうして薬師として楽しく生活できている。
(僕が今、こうしていられるのは、騎士団長のおかげなんだよな……)
ずっとお礼を言いたかったが、グレイドは当時忙しく、なかなか会う機会がなかった。
「……! 透……!」
ぼんやりと昔のことを考えていると、グレイドの叫び声が響いた。次の瞬間、透は突然力強く抱きしめられる。驚きで体が固まった。すると、透を抱きしめたグレイドから苦しげな声が漏れた。
よく見ると、グレイドの肩に白い蛇が噛み付いているではないか。透は急いでその蛇を捕らえ、それが毒蛇かどうかを確認する。白い蛇は、真っ赤な斑点模様の、いかにも毒々しい見た目をしていた。
「これは……毒ですね」
透は白い蛇を遠くに放り投げると、急いでグレイドの噛まれた場所を処置しようと、座り込んだ彼の服を引き剥がそうとした。突然の行動に、グレイドは少し困惑している。
「騎士団長、服を脱いでください」
「……透、これくらい、大したことはない」
「早く毒を取り除かないと。僕が吸い出します」
透の強引な態度に、グレイドの顔はみるみるうちに赤らんでいく。そんなことに気づく様子もない透は、グレイドの服をはだけさせ、その広い肩に手を置いて、毒蛇に噛まれた部分を吸い出した。
「……っ」
グレイドは何かを堪えるかのように、声を押し殺した。透は何度か血を吸い出し、もう大丈夫だろうと、彼の様子を見るために顔を上げた。
「騎士団長、具合はどうですか?」
透の問いかけに、グレイドは自分の血で赤く汚れた彼の唇を見つめ、ドキドキしながらうなずいた。
「……ああ。透、ありがとう」
毒を吸い出す前よりも、顔が真っ赤になっているグレイドを見て、透は心配になった。
(僕の処置が悪かったのかな……家に帰って、急いで解毒剤を作らないと)
「騎士団長、僕の家に行きましょう」
グレイドは透の言葉に、ただうなずくことしかできなかった。
133
あなたにおすすめの小説
神様の手違いで死んだ俺、チート能力を授かり異世界転生してスローライフを送りたかったのに想像の斜め上をいく展開になりました。
篠崎笙
BL
保育園の調理師だった凛太郎は、ある日事故死する。しかしそれは神界のアクシデントだった。神様がお詫びに好きな加護を与えた上で異世界に転生させてくれるというので、定年後にやってみたいと憧れていたスローライフを送ることを願ったが……。
【本編完結】転生先で断罪された僕は冷酷な騎士団長に囚われる
ゆうきぼし/優輝星
BL
断罪された直後に前世の記憶がよみがえった主人公が、世界を無双するお話。
・冤罪で断罪された元侯爵子息のルーン・ヴァルトゼーレは、処刑直前に、前世が日本のゲームプログラマーだった相沢唯人(あいざわゆいと)だったことを思い出す。ルーンは魔力を持たない「ノンコード」として家族や貴族社会から虐げられてきた。実は彼の魔力は覚醒前の「コードゼロ」で、世界を書き換えるほどの潜在能力を持つが、転生前の記憶が封印されていたため発現してなかったのだ。
・間一髪のところで魔力を発動させ騎士団長に救い出される。実は騎士団長は呪われた第三王子だった。ルーンは冤罪を晴らし、騎士団長の呪いを解くために奮闘することを決める。
・惹かれあう二人。互いの魔力の相性が良いことがわかり、抱き合う事で魔力が循環し活性化されることがわかるが……。
魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!
松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。
15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。
その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。
そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。
だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。
そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。
「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。
前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。
だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!?
「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」
初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!?
銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。
猫になった俺、王子様の飼い猫になる
あまみ
BL
車に轢かれそうになった猫を助けて死んでしまった少年、天音(あまね)は転生したら猫になっていた!?
猫の自分を受け入れるしかないと腹を括ったはいいが、人間とキスをすると人間に戻ってしまう特異体質になってしまった。
転生した先は平和なファンタジーの世界。人間の姿に戻るため方法を模索していくと決めたはいいがこの国の王子に捕まってしまい猫として可愛がられる日々。しかも王子は人間嫌いで──!?
*性描写は※ついています。
*いつも読んでくださりありがとうございます。お気に入り、しおり登録大変励みになっております。
これからも応援していただけると幸いです。
11/6完結しました。
助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!
夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。 ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公
この俺が正ヒロインとして殿方に求愛されるわけがない!
ゆずまめ鯉
BL
五歳の頃の授業中、頭に衝撃を受けたことから、自分が、前世の妹が遊んでいた乙女ゲームの世界にいることに気づいてしまったニエル・ガルフィオン。
ニエルの外見はどこからどう見ても金髪碧眼の美少年。しかもヒロインとはくっつかないモブキャラだったので、伯爵家次男として悠々自適に暮らそうとしていた。
これなら異性にもモテると信じて疑わなかった。
ところが、正ヒロインであるイリーナと結ばれるはずのチート級メインキャラであるユージン・アイアンズが熱心に構うのは、モブで攻略対象外のニエルで……!?
ユージン・アイアンズ(19)×ニエル・ガルフィオン(19)
公爵家嫡男と伯爵家次男の同い年BLです。
【本編完結】異世界で政略結婚したオレ?!
カヨワイさつき
BL
美少女の中身は32歳の元オトコ。
魔法と剣、そして魔物がいる世界で
年の差12歳の政略結婚?!
ある日突然目を覚ましたら前世の記憶が……。
冷酷非道と噂される王子との婚約、そして結婚。
人形のような美少女?になったオレの物語。
オレは何のために生まれたのだろうか?
もう一人のとある人物は……。
2022年3月9日の夕方、本編完結
番外編追加完結。
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる