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2話 口移しで飲ませますよ?
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グレイドに肩を貸しながら、透は自分の家に戻った。町の外れにある、山の緑に囲まれた小さな家。
「あそこが僕の家です」
飾り気のない質素な造りだが、綺麗に整理された棚には、透の几帳面な暮らしぶりがにじみ出ていた。薬草を入れた小瓶が規則正しく並び、玄関からはほのかな薬の匂いが混じった優しい香りが漂っていた。透はそっと家の中へとグレイドを誘導する。
透はグレイドをベッドまで連れていくと、そっと用意してあったコップの水を差し出した。
「騎士団長、痛みますか?」
透の問いかけに、グレイドは一瞬だけ考えるように眉を寄せたが、すぐに短く答えた。
「……痛みはない」
その声はいつもの低く落ち着いた声色で、透は胸を微かに撫で下ろした。水を飲み終えたグレイドの肩の傷口を注意深く消毒し、包帯を巻くためにそっと彼に近づいた。
「包帯を巻くので、失礼します」
手つきは無駄がなく、とても丁寧だ。グレイドは透の動きを、熱を帯びた瞳でじっと見つめ続けている。陽の光が二人の顔を淡く照らし、透はその視線の強さに胸が小さく騒いだ。
(なんでこんなに見てくるんだろう……)
その熱い視線に、透はわずかな違和感を覚えた。しかし透は考えを振り払う。これは毒の影響かもしれないと自分に言い聞かせて、彼は治療を続けた。
「……これでよし」
包帯を巻き終え、次は解毒剤を作ろうと立ち上がり、調薬室へ向かおうとしたその時、グレイドが透の手首を掴んだ。思わず透は動きを止める。
「どこへ行く?」
「解毒剤を作りに行きます」
「薬はいらない。ここにいてくれ」
その声があまりに静かで真剣だったため、透は困惑した。ほとんどの毒は吸い出したが、まだ完全に無くなったわけではない。毒が体に残ったままでは、命に関わるかもしれない。
「騎士団長、すぐに作りますから、待っていてください」
「……グレイドと呼んでほしい」
突然の要求に、透は目を丸くした。だが、拒否する理由も見つからず、素直に彼の名前を口にした。
「……グレイドさん」
その呼び名に、グレイドの顔がわずかに緩んだ。口元にかすかな笑みが浮かび、透はその表情にドキドキした。
「透、早く戻ってきてくれ」
そう言って、グレイドはしぶしぶ手を離した。しかし、彼の視線は依然として透から離れず、その熱の篭もった眼差しに、透は胸がくすぐったくなるような、不思議な感覚を覚えた。静かに頷き、調薬室へと向かう。
(冷酷って言われてるけど、グレイドさんって、本当は優しい人だよな……)
透はそんなことを考えながら、薬草や道具が整然と並べられた棚の前に立った。
あの白い蛇は元の世界でプレイしたゲームでも見たことがなかったが、ゲーム知識を持つ透は、万能解毒薬の作り方をしっかりと覚えていた。材料を手に取り、葉の香りを確認し、手際よく材料を調合し、煮詰めていく。
「……よし、完成だ」
淡い緑色の液体が、小さなガラス瓶の中で揺れていた。透はふぅっと短く息を吐くと、急いでグレイドのところへ戻った。部屋のドアを開けると、グレイドが荒々しい呼吸を繰り返しているのが見え、透は心臓を強く掴まれたような気がした。
「グレイドさん、大丈夫ですか?」
透が心配そうに声をかけると、グレイドはなんとか呼吸を整えようとしながら答えた。
「……はぁ……問題ない」
透が急いで額に手を当てると、その熱さに驚く。体温が高い、これは一刻の猶予もない。透はグレイドに解毒剤を飲ませようと瓶を差し出した。
「解毒剤を作りました。飲んでください」
グレイドは少し目を細め、唇を噛んだ。
「……飲みたくない」
その言葉に、透は思わず息を呑む。最強と名高い騎士団長が、まさか薬嫌いだなんて。しかし驚いている暇はない。命がかかっているのだ。
「このままだと、死んでしまいますよ」
「飲むくらいなら死んだほうがマシだ」
そんなにまで薬が嫌いなのかと呆れつつも、自分を庇って毒に侵されたのに、ここで死なれては困る。透は半ばやけになりながら、冗談めかして言った。
「……飲まないなら、口移しで飲ませますよ?」
透の言葉に、グレイドは目を見開いた。そして、見る見るうちに耳まで赤く染め、恥ずかしそうに目を伏せる。
「……君が飲ませてくれるなら、飲む」
その一言で、透は驚いて薬瓶を落としそうになった。
「あそこが僕の家です」
飾り気のない質素な造りだが、綺麗に整理された棚には、透の几帳面な暮らしぶりがにじみ出ていた。薬草を入れた小瓶が規則正しく並び、玄関からはほのかな薬の匂いが混じった優しい香りが漂っていた。透はそっと家の中へとグレイドを誘導する。
透はグレイドをベッドまで連れていくと、そっと用意してあったコップの水を差し出した。
「騎士団長、痛みますか?」
透の問いかけに、グレイドは一瞬だけ考えるように眉を寄せたが、すぐに短く答えた。
「……痛みはない」
その声はいつもの低く落ち着いた声色で、透は胸を微かに撫で下ろした。水を飲み終えたグレイドの肩の傷口を注意深く消毒し、包帯を巻くためにそっと彼に近づいた。
「包帯を巻くので、失礼します」
手つきは無駄がなく、とても丁寧だ。グレイドは透の動きを、熱を帯びた瞳でじっと見つめ続けている。陽の光が二人の顔を淡く照らし、透はその視線の強さに胸が小さく騒いだ。
(なんでこんなに見てくるんだろう……)
その熱い視線に、透はわずかな違和感を覚えた。しかし透は考えを振り払う。これは毒の影響かもしれないと自分に言い聞かせて、彼は治療を続けた。
「……これでよし」
包帯を巻き終え、次は解毒剤を作ろうと立ち上がり、調薬室へ向かおうとしたその時、グレイドが透の手首を掴んだ。思わず透は動きを止める。
「どこへ行く?」
「解毒剤を作りに行きます」
「薬はいらない。ここにいてくれ」
その声があまりに静かで真剣だったため、透は困惑した。ほとんどの毒は吸い出したが、まだ完全に無くなったわけではない。毒が体に残ったままでは、命に関わるかもしれない。
「騎士団長、すぐに作りますから、待っていてください」
「……グレイドと呼んでほしい」
突然の要求に、透は目を丸くした。だが、拒否する理由も見つからず、素直に彼の名前を口にした。
「……グレイドさん」
その呼び名に、グレイドの顔がわずかに緩んだ。口元にかすかな笑みが浮かび、透はその表情にドキドキした。
「透、早く戻ってきてくれ」
そう言って、グレイドはしぶしぶ手を離した。しかし、彼の視線は依然として透から離れず、その熱の篭もった眼差しに、透は胸がくすぐったくなるような、不思議な感覚を覚えた。静かに頷き、調薬室へと向かう。
(冷酷って言われてるけど、グレイドさんって、本当は優しい人だよな……)
透はそんなことを考えながら、薬草や道具が整然と並べられた棚の前に立った。
あの白い蛇は元の世界でプレイしたゲームでも見たことがなかったが、ゲーム知識を持つ透は、万能解毒薬の作り方をしっかりと覚えていた。材料を手に取り、葉の香りを確認し、手際よく材料を調合し、煮詰めていく。
「……よし、完成だ」
淡い緑色の液体が、小さなガラス瓶の中で揺れていた。透はふぅっと短く息を吐くと、急いでグレイドのところへ戻った。部屋のドアを開けると、グレイドが荒々しい呼吸を繰り返しているのが見え、透は心臓を強く掴まれたような気がした。
「グレイドさん、大丈夫ですか?」
透が心配そうに声をかけると、グレイドはなんとか呼吸を整えようとしながら答えた。
「……はぁ……問題ない」
透が急いで額に手を当てると、その熱さに驚く。体温が高い、これは一刻の猶予もない。透はグレイドに解毒剤を飲ませようと瓶を差し出した。
「解毒剤を作りました。飲んでください」
グレイドは少し目を細め、唇を噛んだ。
「……飲みたくない」
その言葉に、透は思わず息を呑む。最強と名高い騎士団長が、まさか薬嫌いだなんて。しかし驚いている暇はない。命がかかっているのだ。
「このままだと、死んでしまいますよ」
「飲むくらいなら死んだほうがマシだ」
そんなにまで薬が嫌いなのかと呆れつつも、自分を庇って毒に侵されたのに、ここで死なれては困る。透は半ばやけになりながら、冗談めかして言った。
「……飲まないなら、口移しで飲ませますよ?」
透の言葉に、グレイドは目を見開いた。そして、見る見るうちに耳まで赤く染め、恥ずかしそうに目を伏せる。
「……君が飲ませてくれるなら、飲む」
その一言で、透は驚いて薬瓶を落としそうになった。
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