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27話 無事ならそれでいい
しおりを挟むアデルの転移魔法では行けない場所のため、透はグレイドと同じ馬に乗せられ、近郊の山へと向かっていた。
馬の上で、グレイドが手綱を引くたびに、彼の腕が透の身体をしっかりと抱き込む。背中越しに伝わる体温と、グレイド特有の爽やかな香りが、透の心をくすぐった。
(なんだか、落ち着かないな……)
透は馬の動きに身を任せながら、じんわりと広がる自身の頬の熱に気づいた。荒れた道を進むごとに、馬の蹄が石を蹴り、大きく揺れる。そのたびに、グレイドの鍛え上げられた逞しい胸が背中に当たり、その下の方にも妙に意識してしまう感触が伝わってきた。
「……っ」
気まずさに耐えきれず、透は少しだけ身をずらそうとする。だが、その瞬間、腰に回された腕がさらに強く締め付けた。耳元に、低く掠れた声が落ちてくる。
「……あまり動くな」
グレイドの声には、どこか熱を帯びた響きがあった。透の心臓は激しく跳ね上がり、声を返すこともできない。ただ、頬の火照りを隠すように俯くことしかできなかった。
馬の速度が上がり、透はグレイドの身体にぶつかった。後ろから伝わるぬくもりと息遣いに、テントで過ごした時の夜を思い出した。恥ずかしさに顔だけでなく、首まで赤みが広がる。
グレイドは、透のほんのり赤くなった項に気づいた。
(……可愛い)
抱きしめてキスをしたい衝動を、どうにか抑えようとする。しかし、理性が追いつくより早く、唇が項に触れていた。
「……!!」
一瞬、柔らかい感触が肌に押し付けられ、透の身体がびくりと震える。時間が止まったかのように、息をすることさえ忘れた。透は気持ちを必死に抑え、唇を噛みしめて静かに目を閉じた。
やがて馬の歩みが緩やかになり、目の前に荒々しい岩肌をさらした巨峰がそびえ立つ。木々の緑はすでに途絶え、夕闇に沈む灰色の岩壁が、空を切り裂くように続いていた。
「……着いたな」
グレイドの低い声に、透は無意識に背筋を伸ばした。山にはすでに討伐隊が集結しており、十数人の騎士たちが隊列を組んでいる。その先の崖の向こうには、暗い空を背景に、巨大な影がゆるりと姿を現した。
鋭い二つの瞳が炎のように赤く光り、全身を覆う鱗は、ぎらりと鈍い光を反射させていた。あまりの迫力に、透は思わず息を呑む。
「……あれが、ドラゴン……」
グレイドはすぐに馬から飛び降り、透を抱き下ろすと、そのまま背後にかばうように立った。剣先が青白い光を帯び、空気がわずかに震える。だがドラゴンは牙を剥くことも火を吹くこともなく、ただ大きく翼を広げた。
その瞬間、風が唸りを上げ、砂と枯葉が吹き荒れる。透は反射的に目を閉じたが、前方を温かな影が覆った。
「透、俺の後ろにいろ」
グレイドの広い背中が、荒れ狂う風を受け止めるように立ちはだかる。その姿に胸が高鳴り、透は言葉もなく見つめた。
やがて、ドラゴンの胸元が赤く輝き、そこから何かが弾かれるように放たれた。炎の粒を纏った赤い石が、真っ直ぐ透の方へ飛び、目の前でふわりと宙に浮かんだ。
「これは……?」
透は困惑したが、赤い石は触れることを促すように、輝きを増していく。透はこれが幻獣の宝珠だと、直感で理解した。
「これで、エリクサーが作れる……」
透が手を伸ばしたその瞬間、グレイドの切羽詰まった声が響く。
「……触れるな、透!」
グレイドが止めようと声を上げた。しかし、透の指先が宝珠に触れた瞬間、世界が白い光に包まれる。眩い閃光に呑み込まれ、透とグレイドの姿は、その場から跡形もなく消えた。
あまりの眩しさに、透は思わずぎゅっと目を瞑った。次の瞬間、何かに抱き寄せられる感触があった。硬く、そして逞しい腕が、透の身体をしっかりと抱き締め、守るように包み込んでいる。
「……っ」
恐る恐るまぶたを開けると、すぐ近くにグレイドの顔があった。彼の青い瞳が、透の無事を確認するように、真剣な眼差しで見つめている。
「……透、大丈夫か?」
「グレイドさん……!」
低く囁く声に、透の胸は安堵で満たされた。だがすぐに、自分が宝珠に触れてしまったせいで、グレイドまで巻き込んでしまったことに気づき、申し訳なさで俯いた。
「……すみません。僕のせいで……」
「透が無事なら、それでいい」
グレイドは短くそう答え、まだ強く抱き締めたまま透を見下ろした。その眼差しには、透が無事だったことへの心からの安堵と同時に、抑えきれないほどの愛おしさと、深い慈しみが宿っていた。
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