ある探偵の独り言

イケウタ

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急な調査

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 今日もまた暑い。 
 事務手続きの手違いで朝から急ぎの仕事――大手銀行の信用調査が入り、俺も忙しくて動けないため、仕方が無く補佐の南野に割り振ることにした。ちょうど手が空いていたのと信用調査において奴の調査は詳細を極めるからだ。 
 電話で呼び出した南野は不満そうだった。当たり前だろう、今日と明日は実質的には休みだったからだ。拝み倒すと奴はぶっきらぼうな声で了承した。 

 信用調査は主に銀行などが貸金の時などに行う。家族の素行調査から始まり、付き合いや学校での素行など様々な範囲に及ぶため、この調査を行える探偵事務所となると数が少なく、信用度も絡むため仕事をとってくるのは至難の業だ。 
 この銀行の仕事は俺の前任者である秋山さんがとってきたのだが、探偵の仕事が判ってきてようやく思うが、やはり秋山さんは一流の探偵だった。――人に疲れたと言って引退してしまったが。 
 やはり、あの事件が辛かったのだろうか。



 その一週間後、夜も九時過ぎに南野がひとりで俺の家にやってきた。どうやら調査のまとめを手伝えってことらしい。土産のアイスと調査資料を紙袋で持ち込んできて、勝手知ったる俺の部屋に上がり込んだかと思うと、無言でNECのノートパソコンを開いて部屋に居座ってくれた。
 なぁ南野。
 確かにお前に頼んだのは俺だが、そりゃないんじゃないか? 今日は持ち帰りの仕事もなくて、久々にゆっくり出来るかと思ったのに……。
 そんなことをぶつぶつと言えば、南野はフンっとあからさまに鼻で笑い、細かい文字がびっしりと書き込まれたメモ帳を押しつけてきた。たった一週間でよくもまぁ、こんなに調べ出せるもんだ。二人のバイトを付けてやったにしても異常に早い――。
 南野は若いくせに優秀だ。経験を積んだ探偵のような老練さは無いが、その分、真面目で実直な仕事をする。信用調査などにおいて最も手腕を発揮するタイプだろう。これほどの腕があればどこの探偵事務所でもやっていける。
 なんで俺の補佐なんかやってんだ、お前。
 とっとと独り立ちしろよ。
 しばし几帳面な字を眺めやって、パソコンのキーを叩く南野に目をやった。
「これをまとめろって……?」
「どうぞよろしく」
 わざとらしいため息を零しつつ、俺は土産のアイスを冷蔵庫に突っ込み、二人分のコーヒーをいれてローテーブルの脇に座った。
「あー、とりあえず三時間でいいか?」
 紙袋から取り出した小さな字のメモをローテーブルの上に積み上げ、なんとなく目を合わせる。南野は上着を脱ぎながらうんざりした顔でかぶりを振った。
「一時間にしてください。これでも疲れているんです」
「そうは見えねぇぞ?」
「食事の時間も削ったんですよ」
「そりゃご苦労さま。安心しろ、夜食くらいは取ってやるから」
「期待してますよ」
 それから俺たちは無言で作業を進め、まずメモ帳に書き出された情報を項目別に分けてゆくことに没頭した。音を絞ってテレビを点けていたが、それ以外は静かなもので、時折、パトカーや救急車のサイレンが遠くで響くだけだった。
 きっかり、一時間。
 俺は煙草の箱を取り上げて封を切り、気になった部分を南野の方に滑らせた。
「なぁこれ、姉と妹、どっちのことだ?」
 同じように一息入れて、煙草をくゆらせていた南野が無造作に一瞥する。
「えー、姉ですね。気になったので二重に確認を取ってあります。そう……、これです、この部分。赤線を引いてあるでしょう」
 こちらも字が小さい。
 いい加減に目が疲れてきて、俺は目をこすった。
「お前、ホントにマメだな。まぁ、信用調査ってのはこういう情報の積み重ねが大切なんだけどさ。項目別に指示された分を機械的に調べてもかまわんが、判断材料として考えるなら裏付け情報が一番重要になる。お前の調査は大したもんだ」
「オレを褒めてるんですか? 珍しいこともあったもんだ。明日は雨ですよ」
「明日は曇り、残念だったな」
 憎まれ口を叩く南野の顔を軽く押しやって、立ち上がる。二人分のカップを持ってキッチンまで歩いていき、インスタントコーヒーを入れた缶を引き寄せた。俺は薄めで奴は濃いめ、と……。
 そういや砂糖、どこだっけ。
「山崎さん」
 滅多に使わないから棚の奥に入り込んだらしい。手を突っ込んで缶を取り出し、冷蔵庫から取り出した牛乳のパックを盆の上に置き、二つのカップも乗せてローテーブルに戻る。南野は煙草を消し、俺が床の上に散らかしていた書類をぱらぱらとめくっていた。
「これ、ずいぶん前の調査報告書ですね。あなたと俺が組んだ奴ですか?」
「砂糖使うよな、お前」
「え? あぁ、……疲れた時に入れますが」
「じゃぁ使っとけ」
 砂糖の缶を押しやり、自分のカップにはたっぷりと牛乳を入れた。南野は熱いカップを持て余しながら砂糖の缶を開く。二杯目の砂糖を入れているところに俺のカップを押しやると、南野はイヤそうな顔をしながらも一杯だけ、入れてくれた。
「サンキュー。疲れた時は甘いもんだよな、やっぱ」
「太りますよ」
「お前なー、入れといて言うなよ」
 にやっと笑って毒舌を吐く部下を睨み、ぬるいカフェオレをすすった。
「それに中年太りするような歳じゃねぇよ。まだ三十路前だぞ、三十路前」
「食べたり飲んだりしている割には運動してないでしょう?」
 不躾な部下は眉を上げながら意味ありげな眼差しで人の身体をじろじろと眺めやった。ちょうど一人で寛いでいたので、格好はTシャツにジャージ、時計も外してベッド際に放り出してある。
「体重、増えてるんじゃないですか?」
 しれっと言った南野は背広の上着だけを脱いだ格好で、なんだかこちらの薄着が無防備に思えてくる。何とはなしにシャツの襟ぐりを引っ張った。
「……お前がわざわざ心配する事じゃないだろ」
「ちょっとだけなら心配してあげますよ、一応。あなたはオレの恩人ですからね。まぁそれはいいとして、頼りにしてきたんだから真面目にやってください。一人じゃ絶対に間に合いませんから」
 なんか色々と言ってやりたかったが、全部横に置いた。思わず関係書類を引き寄せて日付を確かめる。――なんだ、俺の勘違いじゃないぞ。
「おいこれ、明後日が締め切りだぜ。まだ一日あるから十分に間に合うだろう」
「今日中にやったら明日は休めるじゃないですか」
「は?」
「あなたのことですよ、山崎さん」
 まったく話が見えなくて、俺は煙草をくわえたまま動きを止めた。なんで今日中に仕事が終わると俺が休めるんだ? 明日は南野の振り替え休日で、俺の休みは当分先のはずだし……。
 煙草に火を付けてローテーブルに肘を突く。
「明日の休みはお前だろ?」
「オレがあなたに休みを替わるんです」
 またもにこっと笑った南野は砂糖の缶をこちらに押しやって、無表情で仕事を再開する。俺はますますわからなくなって眉を寄せた。煙草の灰を灰皿に落とす。
「俺、お前に休みを替われなんて言ったっけ?」
「たぶん言うと思いますよ。それよりもほら、早くやってしまいましょう。喋っていたらいつまでも終わりません」
「まぁ、……そうだけどさ」
 腑に落ちないまま南野が手渡してきたメモ帳を引き寄せ、仕事を再開した。
 南野の思惑を理解したのは四時間後。
 真後ろから抱きつかれて、左手首の内側にそっと唇を押し当てられた瞬間だった。


 十ヶ月ほど前から俺と南野の関係は変わった。
 何の言葉もなく、時には俺の意志さえ無視して、南野は俺を抱くようになった。
 なんで南野がそんなことをするのか、俺にはまったくわかりゃしねぇ。
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