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南野の噂
しおりを挟む南野は人を殺している。
誰が言い出したのか誰が探り出したのか、このところ、事務所の中でちょっとした話題になっていた。
口さがない連中の話題になっているだけならばいいが、中には俺に真偽を確かめようとする強者もあり、「嘘だ」とも言えず、かとって真実を告げる気もなく誤魔化すだけで精一杯だった。
確かに南野は人を殺した。
それは事実だ。
嘘じゃない。
いつだったか、彼については必ず口が重くなると、歯に衣着せぬ大槻が笑ったことがあった。
「だいたい主任と南野さんていつからの知り合いなんです?」
勢いよく突き刺したフォークが揺れて、レタスが落ちた。俺は指先でフォークをくるくると回しながら質問を投げてきた三宅に目を向ける。
童顔で丸顔の三宅は人が良さそうに見えて、まったくその通り、時折、依頼人に騙されるほどのお人好しだった。
斉藤と大槻、三宅、それに堀内と水野さん。
珍しく俺のチームの面々が全員揃った昼食。
「なぁ、なんの話だ?」
雨がもう三日は続いている。
この雨はいつ止むのだろうと、そんなことを思いながらぼんやりと雨粒が窓ガラスに打ち付ける様子を見ていたので、さっぱり話の流れがわからなかった。横でコーヒーを飲んでいる南野に問うと、広いテーブルの向こうから斉藤が「南野さん、何も言わないのよ」と不機嫌そうな声で応えてくる。
あぁ、なるほど。
俺と南野、ねぇ……。
奥歯を噛む。
――言えるわけがねぇ。
シーザードレッシングを掛けたサラダをフォークでかき回し、一切れを口に入れた。
「家が近所だったってことにしてくれ。俺がコイツを見たのは大学生の時で、コイツはまだ中学生だった。……可愛げのねぇ奴だったぜ? 最初から」
「……山崎さん」
咎める南野に軽く肩を竦めて、水を飲んだ。
さりげなさを装おうとしても多く水を飲みすぎた。どきっとしながら斉藤を見るが、彼女はちょうど横にいる堀内に何かを囁いていて、気付いていない。思わず、安堵のため息が漏れる。
すると大槻が南野の後ろから身を乗り出してきた。
「じゃ、渡辺さんが言ってたのはウソってことっスか? ほら、南野さんが人を――」
「止めなさいよ。大槻くん、君だって探られたら嫌なことがあるでしょ?」
「ちょ、えり子さん、引っ掻かくなよ!」
「君が悪い。ついでに口も悪い」
事務所に何人の猛者が居ようと大槻の頭をひっぱたけるのは俺と斉藤だけだ。言い合っている二人を横目で見ながら少し笑い、南野の皿に残っていたチキンソテーの欠片をフォークで突き刺し、口の中に放り込む。
「ところで、なんでそんな話になったんだ?」
「切っ掛けは忘れましたが……」
それまで黙っていた堀内が顔を上げた。
食べ終えたチーズリゾットの皿を押しのけ、テーブルの上で左右に視線を走らせる。
「なんでこの事務所に勤めるようになったのかって話だったんです、始めは。斉藤さんは知り合いから紹介状をもらって事務所に来たんでしょう? そこから探偵暦の話になって、一番長いのはそりゃ水野さんですけど、山崎主任も長いなって」
よし、このまま行けば誤魔化せそうだ。
俺は少し背筋を伸ばし、背もたれに身体を預けた。
事務所から七分、落ち着いた雰囲気の静かなレストランには俺たち以外の客は居なかった。さすがに平日でも昼時にこれはないだろうと思いながら何となく後頭部を撫でる。
「長いって言ってもアルバイトの期間を入れたらの話だろ? 抜けば斉藤の方が長いし、俺が主任やってんのは事務所でも古株だからだ。斉藤、お前がやりたけりゃいつでも譲ってやるぜ? 主任の肩書き」
「いらない。ずっとデスクワークなんていやよ」
俺を横目で見、斉藤はふざけながらぷいっと顔を背ける。
残念、振られちまったな。
苦笑いをしながらコーヒーカップを引き寄せる。
「ねぇ水野さん、探偵を長くやってて一番大切なことって、なんだと思います?」
「いきなり何だ……」
大槻の隣に座っていた水野さんはゆっくりと俺を見る。
少し困ったように額の辺りを掻き、心なしか、背筋を伸ばした。
「考えるまでもない。どんな仕事でも手を抜かないこと、……だな。こいつはすべてについて言えることだ」
「……同感です。――さて、もう一時になるな。そろそろ戻らないと」
「それじゃァお先に!」
俺が説教モードに入ったと踏んだ大槻がいそいそと立ち上がる。わざとらしく財布を開きかけたので手を振って止めた。
「いい、今日はおごりだ。さっさと戻れ」
「ごちそうさまです」
にやっとガキのように笑った大槻はさっさと背を向ける。続いて三宅と堀内が立ち上がり、それぞれ千円札を置いた。どうせ止めても聞かないので軽く手を振る。水野さんは斉藤に声を掛けて大儀そうに腰を上げた。
「では俺は先に戻るぞ、山崎」
「えぇ。コーヒー飲んでから行きます」
「じゃぁね」
笑顔の斉藤には軽く手を振って応えた。
ほとんどの席が空になる。
店内が急に広くなったようだ。
コーヒーカップを手に取って、ちらりと横を見た。
「ンで南野、お前は戻らねぇのか?」
「まだコーヒーが残ってます」
カップを指差した手が近くの皿を取りまとめはじめる。
――ホントに細かいな、こいつ。
取り上げたフォークで南野の皿に残った鶏肉を口に運んだ。冷めちまったせいで少し脂っこいが、さっぱりとしたソースがうまい。
まとめた皿をテーブルの端に置いて、南野がこっちを見た。無表情のまま意味ありげに目を細める。
「山崎さん、オレは本当のことを言ってもらっても別にかまいませんよ。まぁ、事務所として問題があるのかも知れませんが。……人殺しを雇っているなんて」
「……いいんだよ。たぶんみんなわかってる」
取り出した煙草に火を付ける。
ライターを懐に入れた。
俺を見ている南野から顔を逸らし、口の中でそっとつぶやいた。
「俺はただ、忘れられないだけだ……」
そう、まだ忘れられていない。
南野の振るった剣がいとも容易く人間の身を引き裂いたのを。
夢にも見ない。
だが思い出すと、ひどく悲しくなる。
あんなことさえなければ、南野は探偵になどならず、幸せではなくとも背負う物のない人生を歩んでいたかも知れない。
俺はそれがひどく、悲しかった。
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