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推しとお泊り会 ①
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テストも終わって今日は成績表が返される日。朝早くから梔子は俺の机の前でソワソワしている。
「テスト、大丈夫かな…」
「大丈夫だよ。梔子は頑張ったんだから大丈夫! それに、テストの点数もほとんどが50点以上だったじゃん!」
「…そうだね。でも、科学が50点未満だったからな…」
「科学は先生が言ってた通り『今回のテストはみんな低かった。だから課題を多めに……』って。だから安心して! それに、俺も今回はいつもより低かったし」
「……気長に待ちます」
そういうのも俺の中では少し心配であった。もしダメだった時の梔子の落ち込みがすごかった場合、俺はちゃんと受け止められるのか。
朝のチャイムがなり、ゆっくりと前の扉が開き、「おはようございます」と先生の声が聞こえた。そしてその合図とともにクラスメイトたちは自分の席に戻り、先生の支度を待った。
「それじゃあ、成績表返すぞ~。誤りがあれば先生のもとまで来て言ってくれ」
先生が番号順に返しているなか、、俺は自分の点数より梔子の点数が心配だった。番号的に俺が二番目に返してもらって梔子が六番目だ。
「次、浅葱」
「はい」
無言で紙を渡されて見ずに席にそっと置き、梔子の番を待った。
「次…」
そして出番がやってきた。
「次、梔子」
「…はい!」
紙を貰うや否や列から外れて髪を凝視する。俺も静かに梔子のもとへ歩み寄り、梔子の言葉を聞くまで紙を見ないようにしていた。
「………‼ 浅葱! 全部、平均点以上!」
「すごいじゃん!」
ともに喜び合い、周りに迷惑がかからないように静かにハイタッチをした。
「浅葱はどうだった?」
「まだ見てない」
「見よ!」
言われた通り、席に置いてあった紙を取って眺める。
「国語科……学年五位⁉ すごいじゃん!」
「梔子もすごいよ。 だって国語科九位でしょ? めっちゃ上がってるね」
「でっしょ~!」
誇らしく笑顔になっている。
可愛い。
「じゃあ! お泊り会、休日にしよ!」
「分かった。用意しておく」
「とは、言ったものの」
推しとお泊りで、推しの家。この二つだけで心が耐えられない。勉強会で家に行ったけど、その時も緊張していた。今は、お泊りもオプションとして追加されている。
机に腕を組みながら、顔に影を作って考え込んでいると鞄の中にしまっていた携帯が音を鳴らして一度だけ揺れた。
画面に見えたのは通知が一件。
『梔子:今週の土日なら親もいないし、二人でゆっくり過ごせるよ!』
机上に置かれた小さなカレンダーを眺め、予定を確認する。
耐久配信。
カレンダーには、そう書かれていた。本来ならば、登録者80万人耐久配信をする予定であったが、リスナーにはまだ伝えていない。しかも、すでに俺の登録者はそれを超えている。だから、本当はしなくてもいい。
俺はもう一度、梔子の連絡を読み直し覚悟を決めた。トーク欄に移動し、推しに返信する。
朝早く、まだ日が昇らず、町は暗闇に包まれていたころ、あまり快適に寝られず目が覚めてしまう。
目をこすりながら携帯を覗き込む。そこには、二件の通知。
一つは、アプリの宣伝。もう一つは…。
『梔子:今日楽しみすぎて寝られなかった笑』
その通知に微笑み、「朝早いな」と小言を吐く。既読を付けたからには、責任を持って返信をする。
『浅葱:安心しろ。俺もだ』
返信して画面を切った瞬間、通知が再びやってきた。
『梔子:朝早くにごめんな。おはよう‼』
メッセージでも梔子は明るく、疲れを知らない。
『浅葱:おはよう。買いたいものあるから少し早めの九時前に着くかも』
『梔子:了解!』
梔子の連絡がしばらく来ないのを確認し、履歴を眺める。単純な事しか話してないのに、なぜか見たくなる。推しだからとか、ガチ恋勢だからとか、背徳感だからではない。ただ、無意識に恋しくなってしまう。俺の心のどこかではそれを欲してしまう。
少し眺めてから、携帯の充電量を見て、充電し忘れたことに焦り、充電コードと繋げた。
準備が整い、部屋の時計では八時を過ぎたころ、流石に今から向かえば、早すぎてしまう。悩みながら充電コードを抜き取って鞄に入れる。「考えてもただ時間が過ぎるだけだな」と思い、鞄のチャックを閉め、部屋から出た。
コンビニに寄って二人分の飲み物を買った。あとは、もしものために……。
いつもよりゆっくり歩いていても着いた頃には集合時間の前に着いてしまった。緊張や妄想のあれこれを考えていると、「わっ‼」と声が聞こえ、びっくりした拍子に辺りを見回す。
「…梔子か。びっくりしたよ」
「遅くなってごめんね。服決めるのに長引いちゃって」
「全然いいよ」
トップスは白の無地のTシャツと黒の細身テーパードパンツ。靴は綺麗な白のローテクスニーカー。
「私服初めて見たかも…すごく似合っているよ」
「…‼ ありがとう! マジで私服迷った!」
明るめな印象を与え、少しだけ身長が高いと感じる。
俺が永遠に目を奪われていると、しびれを切らして「どうしたの?」と心配そうに顔を覗き込まれた。
「…そ、そうだな。あ、これあげる」
おどおどとした言い方になりつつ、さきほど購入した飲み物を渡した。
「え、いいの⁉ ありがとう!」
そういって背負っていたカバンから財布を出して、小銭を取り出そうとしていた。
「あ、いいよ! 俺が渡したかっただけだから、お金はいらない」
取り出そうとした手に触れて抵抗した。
改めてその状況を頭で整理した瞬間、「推しに触れてしまった」とファン心に変わり、焦って手を引っ込める。それが仇となり「え、ごめん⁉ 手、大丈夫?」と純粋な眼差しで不安を与えてしまった。
「いや、違う…。梔子の可愛さを俺で汚しちゃダメな気がして」
「なにそれ」
明るく小さな声で笑っている。
可愛くて写真に収めたい! 写真撮ったら怒るかな?
途端に梔子が手を優しく引っ張って慌てて足を踏み出す。
「とりあえず、行こ!」
風のせいで梔子の髪がたなびく。きっと俺も風のせいで髪が乱れているだろう。
梔子の後姿は男らしく、今だけは安心して任せられるような気がした。
家に到着してすぐ、玄関には再び香りが漂い、俺を家に誘っていく。そのまま二階まで直行し、梔子の部屋に鞄を置いて一階に降りる。
リビングらしき場所に入るとキッチンと合わさっていて反対側には、少し大きめな木で作られた長細い机にテレビ、そして青色のテーブルを囲むソファー。
とりあえず最初に目についたソファーに腰を下ろし、一息ついて心をリラックスさせる。
「お菓子食べる?」
梔子が差し出したのは、元々机の上に乗っかっていた木製の丸みを帯びた小さなボウル。中には種類が豊富な菓子がいっぱいだった。とりあえず、軽く何があるかを確認して俺の好きそうなキャラメル味の飴を一つ手に取る。
「ありがとう」
飴を食べた直後、口の中いっぱいにキャラメルが満ちて徐々に小さくなっていくのが分かり、頭の中では少し残念に思ってしまうほどに美味しい。
梔子の方を窺うと俺と製品は同じだが色が異なる飴を手に取る。
「…それは何味だ?」
反射的に聞いてしまい迷惑かと思ったが、無用だったみたいだ。
「えっとね、ミルクコーヒーって書いてある」
「飴にそんな味があるんだ」
「ほんとそれ! いま見てびっくりした」
口にものが入れば、口数も減ると言うが、本当のようだ。俺らは飴を食べている間は、無音に等しいほど静まり返っていた。
「……テレビつける?」
「あぁ、お願い」
机の端に置いてあったリモコンを取り、手馴れた手つきでチャンネルを切り替える。
「………あんまりいいのないね」
「そうだな」
画面が切り替わるごとに映るのはアクション映画のCMやニュース、評論家のインタビューなど俺らが絶対見ないだろうものばかり。多少チャンネルを切り替えても俺らは見ようという欲すら湧かないものばかりだった。
「…もういいや、ねぇ浅葱。俺の部屋の本読む?」
自分の部屋の方向を指さしながら、誘ってくる。
「いいよ。どういうのがあるの?」
「んとね…恋愛、純文学、ファンタジーとかいろいろ」
意外といろんなジャンルを好んでいるんだな。
「じゃあ、ちょっと見せてくれないか?」
「いいよ!」
部屋に着くなり、壁側に置かれた本棚が目に映る。
「知ってる本ある?」
「……あ、この本とか知っているよ」
「どれどれ?」
そんな他愛のない話をしたり、本を読んだり単純なことだけど、二人で没頭すると時間はあっという間に過ぎ、日が暮れる頃になっていた。
「…浅葱は飯何食べたい?」
「俺は…基本好き嫌いないからなんでも、といいたいところだけど、なんでもって言われると困るでしょ?」
「うん。すごく困ります」
「俺の得意料理を振る舞ってあげる!」
「本当‼ ありがとう!」
冷蔵庫の中には、『オムライス』が作れるだけの材料があった。「よし、作るか!」と気合を入れ、頭の中で慣れたレシピを思い出す。得意料理と言ったが、それほど上手いわけでも自信を持って言えるものでもない。だけど、梔子に食べてもらうなら『オムライス』がちょうどいい。
まな板での作業のときや米を炒めるときに何回か梔子が気になるとばかりに眼で覗き込んできた。全部「完成までのお楽しみ」と口元に人差し指でシーッと合図を出した。その時に目を見開いて顔全体が少しだけ赤くなっていたが、熱でも出たのだろうか。後で気にかけてみるか…。
「できた」
コトンっと机の上に二人分の皿を置いて、傍らには汁物と箸とスプーン。
「おぉ‼ 卵が綺麗! 写真撮ってもいい??」
「……一枚だけなら」
「やった~!」
鞄の中から急いで携帯を取り出すとすぐさま角度調整に移っていた。
「一枚だけだから…角度が大事‼」
作った本人の前で写真を撮るのに加えて上手に撮る方法まで…。恥ずかしさこの上なし。
でも俺が作ったものであれほど喜んでくれれば本望だ。
「よし! 撮ったから食べるね!」
「「いただきます」」
「美味しい‼ お肉がちょうどよく一口サイズだから食べやすいね」
「実はそこがポイントなんだ! 食べやすいサイズにしておけば味に集中できる。だから、食べやすいサイズと味にはこだわってる!」
俺の言葉を聞きながら、梔子のスプーンは皿から口へと同じ動きを繰り返す。
「「ごちそうさまでした」」
「本当に美味しかった! ありがとう‼」
推しが俺の手料理を食べて喜んでる! 今はそれだけで満足。喜んでる姿を眺めてついつい笑みがこぼれてしまう。
「どうかしたの?」
「……いや、梔子が純粋で可愛いって思っただけ」
「………⁉ あ、浅葱ってそういうとこだよ…。無自覚男子…」
「ん? ごめん聞こえなかった。なんて言った?」
「何でもない‼」
きっと何か言ったのは分かったが、その重要な部分が聞けなかった…。
「あ、浅葱~! ゲームでもする?」
「…する」
話題を変えられて、さきほどの聞き取れなかった言葉を探るタイミングを逃してしまった。少し不貞腐れたせいで多分、梔子を不機嫌にさせてしまったかもしれない…。
「浅葱! このゲームで勝ったら、勝った人の言うことを一つ聞くってのはどう?」
「……望むところだ」
でも、今の梔子を見るとまるで幼い男の子だ。可愛らしく、ゲームに没頭していて、無邪気で明るい。
夜はどうなるのか……。
「テスト、大丈夫かな…」
「大丈夫だよ。梔子は頑張ったんだから大丈夫! それに、テストの点数もほとんどが50点以上だったじゃん!」
「…そうだね。でも、科学が50点未満だったからな…」
「科学は先生が言ってた通り『今回のテストはみんな低かった。だから課題を多めに……』って。だから安心して! それに、俺も今回はいつもより低かったし」
「……気長に待ちます」
そういうのも俺の中では少し心配であった。もしダメだった時の梔子の落ち込みがすごかった場合、俺はちゃんと受け止められるのか。
朝のチャイムがなり、ゆっくりと前の扉が開き、「おはようございます」と先生の声が聞こえた。そしてその合図とともにクラスメイトたちは自分の席に戻り、先生の支度を待った。
「それじゃあ、成績表返すぞ~。誤りがあれば先生のもとまで来て言ってくれ」
先生が番号順に返しているなか、、俺は自分の点数より梔子の点数が心配だった。番号的に俺が二番目に返してもらって梔子が六番目だ。
「次、浅葱」
「はい」
無言で紙を渡されて見ずに席にそっと置き、梔子の番を待った。
「次…」
そして出番がやってきた。
「次、梔子」
「…はい!」
紙を貰うや否や列から外れて髪を凝視する。俺も静かに梔子のもとへ歩み寄り、梔子の言葉を聞くまで紙を見ないようにしていた。
「………‼ 浅葱! 全部、平均点以上!」
「すごいじゃん!」
ともに喜び合い、周りに迷惑がかからないように静かにハイタッチをした。
「浅葱はどうだった?」
「まだ見てない」
「見よ!」
言われた通り、席に置いてあった紙を取って眺める。
「国語科……学年五位⁉ すごいじゃん!」
「梔子もすごいよ。 だって国語科九位でしょ? めっちゃ上がってるね」
「でっしょ~!」
誇らしく笑顔になっている。
可愛い。
「じゃあ! お泊り会、休日にしよ!」
「分かった。用意しておく」
「とは、言ったものの」
推しとお泊りで、推しの家。この二つだけで心が耐えられない。勉強会で家に行ったけど、その時も緊張していた。今は、お泊りもオプションとして追加されている。
机に腕を組みながら、顔に影を作って考え込んでいると鞄の中にしまっていた携帯が音を鳴らして一度だけ揺れた。
画面に見えたのは通知が一件。
『梔子:今週の土日なら親もいないし、二人でゆっくり過ごせるよ!』
机上に置かれた小さなカレンダーを眺め、予定を確認する。
耐久配信。
カレンダーには、そう書かれていた。本来ならば、登録者80万人耐久配信をする予定であったが、リスナーにはまだ伝えていない。しかも、すでに俺の登録者はそれを超えている。だから、本当はしなくてもいい。
俺はもう一度、梔子の連絡を読み直し覚悟を決めた。トーク欄に移動し、推しに返信する。
朝早く、まだ日が昇らず、町は暗闇に包まれていたころ、あまり快適に寝られず目が覚めてしまう。
目をこすりながら携帯を覗き込む。そこには、二件の通知。
一つは、アプリの宣伝。もう一つは…。
『梔子:今日楽しみすぎて寝られなかった笑』
その通知に微笑み、「朝早いな」と小言を吐く。既読を付けたからには、責任を持って返信をする。
『浅葱:安心しろ。俺もだ』
返信して画面を切った瞬間、通知が再びやってきた。
『梔子:朝早くにごめんな。おはよう‼』
メッセージでも梔子は明るく、疲れを知らない。
『浅葱:おはよう。買いたいものあるから少し早めの九時前に着くかも』
『梔子:了解!』
梔子の連絡がしばらく来ないのを確認し、履歴を眺める。単純な事しか話してないのに、なぜか見たくなる。推しだからとか、ガチ恋勢だからとか、背徳感だからではない。ただ、無意識に恋しくなってしまう。俺の心のどこかではそれを欲してしまう。
少し眺めてから、携帯の充電量を見て、充電し忘れたことに焦り、充電コードと繋げた。
準備が整い、部屋の時計では八時を過ぎたころ、流石に今から向かえば、早すぎてしまう。悩みながら充電コードを抜き取って鞄に入れる。「考えてもただ時間が過ぎるだけだな」と思い、鞄のチャックを閉め、部屋から出た。
コンビニに寄って二人分の飲み物を買った。あとは、もしものために……。
いつもよりゆっくり歩いていても着いた頃には集合時間の前に着いてしまった。緊張や妄想のあれこれを考えていると、「わっ‼」と声が聞こえ、びっくりした拍子に辺りを見回す。
「…梔子か。びっくりしたよ」
「遅くなってごめんね。服決めるのに長引いちゃって」
「全然いいよ」
トップスは白の無地のTシャツと黒の細身テーパードパンツ。靴は綺麗な白のローテクスニーカー。
「私服初めて見たかも…すごく似合っているよ」
「…‼ ありがとう! マジで私服迷った!」
明るめな印象を与え、少しだけ身長が高いと感じる。
俺が永遠に目を奪われていると、しびれを切らして「どうしたの?」と心配そうに顔を覗き込まれた。
「…そ、そうだな。あ、これあげる」
おどおどとした言い方になりつつ、さきほど購入した飲み物を渡した。
「え、いいの⁉ ありがとう!」
そういって背負っていたカバンから財布を出して、小銭を取り出そうとしていた。
「あ、いいよ! 俺が渡したかっただけだから、お金はいらない」
取り出そうとした手に触れて抵抗した。
改めてその状況を頭で整理した瞬間、「推しに触れてしまった」とファン心に変わり、焦って手を引っ込める。それが仇となり「え、ごめん⁉ 手、大丈夫?」と純粋な眼差しで不安を与えてしまった。
「いや、違う…。梔子の可愛さを俺で汚しちゃダメな気がして」
「なにそれ」
明るく小さな声で笑っている。
可愛くて写真に収めたい! 写真撮ったら怒るかな?
途端に梔子が手を優しく引っ張って慌てて足を踏み出す。
「とりあえず、行こ!」
風のせいで梔子の髪がたなびく。きっと俺も風のせいで髪が乱れているだろう。
梔子の後姿は男らしく、今だけは安心して任せられるような気がした。
家に到着してすぐ、玄関には再び香りが漂い、俺を家に誘っていく。そのまま二階まで直行し、梔子の部屋に鞄を置いて一階に降りる。
リビングらしき場所に入るとキッチンと合わさっていて反対側には、少し大きめな木で作られた長細い机にテレビ、そして青色のテーブルを囲むソファー。
とりあえず最初に目についたソファーに腰を下ろし、一息ついて心をリラックスさせる。
「お菓子食べる?」
梔子が差し出したのは、元々机の上に乗っかっていた木製の丸みを帯びた小さなボウル。中には種類が豊富な菓子がいっぱいだった。とりあえず、軽く何があるかを確認して俺の好きそうなキャラメル味の飴を一つ手に取る。
「ありがとう」
飴を食べた直後、口の中いっぱいにキャラメルが満ちて徐々に小さくなっていくのが分かり、頭の中では少し残念に思ってしまうほどに美味しい。
梔子の方を窺うと俺と製品は同じだが色が異なる飴を手に取る。
「…それは何味だ?」
反射的に聞いてしまい迷惑かと思ったが、無用だったみたいだ。
「えっとね、ミルクコーヒーって書いてある」
「飴にそんな味があるんだ」
「ほんとそれ! いま見てびっくりした」
口にものが入れば、口数も減ると言うが、本当のようだ。俺らは飴を食べている間は、無音に等しいほど静まり返っていた。
「……テレビつける?」
「あぁ、お願い」
机の端に置いてあったリモコンを取り、手馴れた手つきでチャンネルを切り替える。
「………あんまりいいのないね」
「そうだな」
画面が切り替わるごとに映るのはアクション映画のCMやニュース、評論家のインタビューなど俺らが絶対見ないだろうものばかり。多少チャンネルを切り替えても俺らは見ようという欲すら湧かないものばかりだった。
「…もういいや、ねぇ浅葱。俺の部屋の本読む?」
自分の部屋の方向を指さしながら、誘ってくる。
「いいよ。どういうのがあるの?」
「んとね…恋愛、純文学、ファンタジーとかいろいろ」
意外といろんなジャンルを好んでいるんだな。
「じゃあ、ちょっと見せてくれないか?」
「いいよ!」
部屋に着くなり、壁側に置かれた本棚が目に映る。
「知ってる本ある?」
「……あ、この本とか知っているよ」
「どれどれ?」
そんな他愛のない話をしたり、本を読んだり単純なことだけど、二人で没頭すると時間はあっという間に過ぎ、日が暮れる頃になっていた。
「…浅葱は飯何食べたい?」
「俺は…基本好き嫌いないからなんでも、といいたいところだけど、なんでもって言われると困るでしょ?」
「うん。すごく困ります」
「俺の得意料理を振る舞ってあげる!」
「本当‼ ありがとう!」
冷蔵庫の中には、『オムライス』が作れるだけの材料があった。「よし、作るか!」と気合を入れ、頭の中で慣れたレシピを思い出す。得意料理と言ったが、それほど上手いわけでも自信を持って言えるものでもない。だけど、梔子に食べてもらうなら『オムライス』がちょうどいい。
まな板での作業のときや米を炒めるときに何回か梔子が気になるとばかりに眼で覗き込んできた。全部「完成までのお楽しみ」と口元に人差し指でシーッと合図を出した。その時に目を見開いて顔全体が少しだけ赤くなっていたが、熱でも出たのだろうか。後で気にかけてみるか…。
「できた」
コトンっと机の上に二人分の皿を置いて、傍らには汁物と箸とスプーン。
「おぉ‼ 卵が綺麗! 写真撮ってもいい??」
「……一枚だけなら」
「やった~!」
鞄の中から急いで携帯を取り出すとすぐさま角度調整に移っていた。
「一枚だけだから…角度が大事‼」
作った本人の前で写真を撮るのに加えて上手に撮る方法まで…。恥ずかしさこの上なし。
でも俺が作ったものであれほど喜んでくれれば本望だ。
「よし! 撮ったから食べるね!」
「「いただきます」」
「美味しい‼ お肉がちょうどよく一口サイズだから食べやすいね」
「実はそこがポイントなんだ! 食べやすいサイズにしておけば味に集中できる。だから、食べやすいサイズと味にはこだわってる!」
俺の言葉を聞きながら、梔子のスプーンは皿から口へと同じ動きを繰り返す。
「「ごちそうさまでした」」
「本当に美味しかった! ありがとう‼」
推しが俺の手料理を食べて喜んでる! 今はそれだけで満足。喜んでる姿を眺めてついつい笑みがこぼれてしまう。
「どうかしたの?」
「……いや、梔子が純粋で可愛いって思っただけ」
「………⁉ あ、浅葱ってそういうとこだよ…。無自覚男子…」
「ん? ごめん聞こえなかった。なんて言った?」
「何でもない‼」
きっと何か言ったのは分かったが、その重要な部分が聞けなかった…。
「あ、浅葱~! ゲームでもする?」
「…する」
話題を変えられて、さきほどの聞き取れなかった言葉を探るタイミングを逃してしまった。少し不貞腐れたせいで多分、梔子を不機嫌にさせてしまったかもしれない…。
「浅葱! このゲームで勝ったら、勝った人の言うことを一つ聞くってのはどう?」
「……望むところだ」
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