皆が優良物件をすすめてくる

砂山一座

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本編

流れ作業

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 それよりも、だ。
 この国には、あれだけ拒絶しておきながらまだバロッキーを利用しようとする輩がいるのか。
 ヒースなんか、手当したくらいで懐いてくれるような甘ちゃんだ。
 乙女に撫でられたらイチコロだろうに。
 あ、でも、今までにヒースに心もなく迫る女がいたわけか……あ、なんかそれは凄く心が重い。
「ちょっと待て、お前は……」
 私は昨日のイライラをまだ消化出来ずにいたし、アルノがわかり易く私をいびって来たのも悪かった。
 血が煮えたぎるのを感じた。
「……だいたい、この国の人は……!!
 バロッキーの血がなんだって言うんですか!
 触って死ぬならともかくっ、目とか爪の色がちょっと違うくらいであんなに避けますか?!
 ……子供を捨てますか?
 あんな事実無根の流言だけで民はどうしてバロッキーを忌み嫌うのですか。
 何故ですか!!」
 そんな事で傷つき続けていくなんて。
「……つまらない手袋なんかつけてっ!」
 思わずドンと拳で机を叩くとアルノが少し仰け反る。
 昨日のヒースを想うと堪らなくなる。
「落ち着け。悪かった。私が全面的に悪かったから。」
 額を覆ってアルノが項垂れる。
 しまった、興奮しすぎた。
 あわわわ、追い出されるのは困るのだ。
 ほんとに、ここの人達がお人好しで忘れそうになるけど、本当に借金だけはどうにかしないと。
 取り繕うように深く深呼吸して一歩退る。
「いいえ、私も八つ当たりでした。
 実は、昨日ヒースに市場に連れて行ってもらって、バロッキーと市井との隔たりを見てきた所で……。」
「ああ、なるほどな。
しかし、お前はバロッキーを知らずに来たのか。」
「カヤロナはシュロとは国交がありませんから。
 ここに来てからバロッキーについてイヴさんから色々ききましたが、ピンと来ていなかったというか……。」
「……なるほどな。それは、嫌な思いをさせたな。」
「いえ、嫌な思いをさせられたのはヒースで、私ではありません。
 私は、何も出来なかった。」
 昨日、今までとは違う無力感を嫌というほど味わった。
 どこに拳を向けていいのかわからない不安感も。
「改めて悪かった。
 その、さっきのは水に流してくれ。
 それと、これからもヒースと仲良くしてやってくれ。」
 言われなくても……。
「……仲はいいと思いますけど?」
 ヒースは私と同じ空間にいるのが苦ではなさそうだし、必要ない時にも世話を焼いてくれる。
 それに私はむしろヒースが好きだ。
「本当に悪かった。私の早とちりだったんだ。」
 一つ尋ねたいことがあった。
「あの……あのですね、ということは、本当に以前ヒースに色目を使うような娘がいたんですか?」
 アルノは思案するような顔をして、気になるのか、と尋ねてきた。
 気になる!
 気になるけど聞いてはいけない話だったら話す必要が無いと告げたら、知っていた方がいいと返された。
 ごめん、ヒース、いろんなヒース情報が家族からダダ漏れよ。

「バロッキーの血筋は表向きは忌み嫌われるが、商家にとっては金のなる木だ。
 おそらく、分家の誰かの命令で来たんだろうな。
 正式な記録もない娘だった。
 ヒースは特に竜の血が濃いし、外部から来たからバロッキー家に正式な籍もない。
 血を盗むなら都合がよかったんだろう。」
 婚姻が成立するとなるとバロッキーの姻戚とされ迷惑だが、金鉱まで掘り当てるバロッキーの血を持つ者を子飼いにするだけならリスクは低い。
「しつこくヒースにまとわりついてきてな。
 我々の瞳は我慢していたようだが、ヒースの爪を見て悲鳴を上げて逃げ帰った。」
「そんな……それで、ヒースはずっと手袋を?」
「さあな。」
 そんな事があればヒースに近づく者に対して厳しい目を向けるのも納得がいく。
「言葉を選ばずに言うなら、心底、胸糞悪い話です。」
「そうだろう。」

 アルノは話が終わると、仕事に戻っていった。
「この後はどうする?結婚についての話は済んだが。」
「今日半日はあなたの所で過ごすように言われています。
 皆さんお仕事があるようなので。」
「ああ、そうだな。ハウザーも別件で忙しくなったしな。
 自室に戻ってもらっても構わないのだが、生憎私は急ぎの仕事で手が離せないから本館まで送って行けそうにない。
 そこに机と茶道具がある。
 本は読めるか?読めるならその棚の物を読んでもかまわない。
 女子供が読むにはつまらない本ばかりだが。」
「充分です。」
「構ってやれずに済まないな。」
 アルノは律儀だな。
「ご心配なく。」

 地図、星座、経済、文化、歴史、半日時間を潰すには余りあるほどの本の内容だ。
 早速何冊か綺麗に管理された書架から抜き出して、読み始める。
 あっという間に何冊か読み切って、次の本に手を伸ばそうとすると、ちょうどアルノも区切りがよかったのか書類から視線を上げたところで目が合った。
「お茶でも入れましょうか?」
「ああ、頼む。」
 そう言ってまた次の書類を置きインク壺にペンを浸す。
「退屈ではないか?」
「いいえ、興味深い本ばかりです。」
「興味があるなら色々話してやってもいいのだが、これから算盤を弾かなければならないのでな。」
 見るからに忙しそうなので遠慮します。
 備え付けの茶器も無駄のないデザインで、アルノによく似合っている。
 ヒースのお茶をいれる手つきを思い出しながら、できるだけ丁寧にお茶をいれる。

「お茶をいれました。」
「ああ、そこに置いてくれ。」
 ものすごい数の見積書が積み重ねてある。
 これを一人でやるのは時間がかかりそうだ。
 アルノが書き上げた紙を手にして目を通す。
 あ、これなら出来るかも。
 断られたら読書に戻ればいいかな。
「差し出がましい申し出かも知れませんが、見積書の作成でしたらお手伝い出来るかと思います。」
「お前がか?」
 ハイハイ、何も出来なさそうな小娘ですいませんね。
 読み書き算盤は商家の嗜みとはいえ、女子が手習いが出来るとは限らない。
 私の国では商家の娘達は社交を学び交渉を助ける役割を担うことが多い。
 政略結婚しかり。
「父の仕事をよく手伝っていましたから。」
 主に父の書類の改竄をしていました。
 あとは、えーと、発注の数字を書き換えて出費を抑えたり、不必要な財産を貸したり売ったりしてました。
「計算はどうだ?」
「はい、その位の計算なら間違えずに出来ると思います。」
 間違えを見つけて、差額を着服する位には計算出来ますからね。
「本来私が全て手掛ける仕事なのだが、急に取引先が物要りでな。書類が追いつかんのだ。」
「一枚お借りできますか。」
 この程度なら算盤なしでも間違えないかな。
 とりあえず別紙に計算した数字を書き付けアルノに渡す。
 アルノが算盤で、確認して頷く。
「暗算も出来るのか。」
「それなりには。」
 
 ……そして流れ作業が始まった。
 アルノが書類を作り、私が計算して書類を仕上げる。
 書類が出来上がってからはそれを封筒に詰め封をする。
 地道な作業になってからは少し余裕が出来て、手を動かしながら話ができるようになった。
「アルノさんはどうして結婚するつもりがないのですか?」
「アルノでいい。つもりがあっても相手がいないのがバロッキーだが。」
「子孫も残したくないんですよね。」
「そうだ。親族内での結婚があたりまえに行われてきたことは聞いたか?」
「はい、子孫を残すために必要に迫られて、と。」
「もちろんそれもあるが、一部のバロッキーには純血を尊ぶ者もいた。
 竜の血が濃くなることを望み親族間での結婚を重ねていった。
 血が濃くなればなるほど、竜の習性は強くなる。
 金属の匂いに敏感になったり、美しい物を好んだり、番に対する執着が強かったり。
 そんなのは竜の眼を持つ者なら誰でも持っている習性だが、それが強く凶悪に現れるようになった。
 眼だけに現れる形質も血が濃ければ手や背中にも現れてくる。」
 そんな習性があったのか。
 美しいものを好む、ね……もちろん異性に対してもよね。
 道理で皆、異様に端正な顔立ちが多い筈だ。
 まぁ、どの習性でも程度によってはおかしな行動をとるようになってしまうのだろう。
「普通に生活するのが難しくなるのはわかるな?」
「普通の人達の目には異質に映りますね。」
「そうだ。ある時事故が起きた。
 特に濃い血を受け継いだバロッキーの分家の一人が市井の女性を娶った。
 周囲の反対を押し切って、攫うように娶ったのだそうだ。
 その女性に想い人がいることも知らずにな。
 嫉妬に狂ったバロッキーは妻も想い人も竜の爪で切り裂いたのだという逸話だ。
 爪で引き裂くなど到底無理な話だがまぁ、すべてが作り話だというわけでもあるまい。」
「それがバロッキーが避けられる原因ですか?」
「いや、それ以前からバロッキーは鼻つまみ者だ。
 そちらの理由はこの国の国王のみぞ知る、だ。
 俺たちに責はない。」
「この話はなぜ親族婚をしなくなったか、の話だ。
 そして私が子孫を残すつもりがないのもこれに起因する。」
「アルノのご両親も血が近い、ということですか?」
「そうだ。いとこ同士の結婚だ。」
 まぁ、普通はいとこ同士くらいならそんなに問題にはならないだろうが、バロッキーではだめなのかな。
「それでなくとも血が近い中でのいとこ同士だ。
 私には幸い普通のバロッキーの形質しか現れなかったが、次の代でどうなるのかはわからないのでな。」
「そうですか。」
次の代がどうなるかなんて、誰にも保証がない、それはよくわかる。
自分にどんな血が流れているのかわからないのなら余計に。
「ヒースのように両親が特に竜の形質が現れなくても、何かの要因で強く形質が現れるということもあるかもしれないしな。」
 ヒースの長い指に光る黒曜石のような爪を思い出す。
 あれはちっとも禍々しくなんかない。
 あれは陽の光のもとで輝くものだ。
「ヒースの爪、綺麗なのに……隠しておくのは惜しいです。」
 封筒に封をする手を止めて、驚いた顔で私を見る。
「サリ、ヒースにそれを言ってやってくれ。」
「え、もう言いましたけど?」
 アルノはなんとも言えないような表情で眼鏡を押し上げる。
 変なこと言ってないわよね?
 思った事はその時に言わないと。
 次があるかどうかわからないんだし。
「もう、何も言わん。手を動かせ。」
「動かしてますよ。アルノの方が止まってたんじゃないですか。」
 私はアルノも好ましい人間だと思う。
 なんだか一緒に仕事をするのが楽しいし。
「ヒースは皆に愛されているのですね。
 生い立ちの割には影がない……ここに来てからの溺愛されっぷりがよくわかります。」
「当然だ。バロッキーでヒースの幸せを願わない奴なんて一人もいない。」
「私もそう願います。」
「何を言っているんだ?
 お前は願うのではなく幸せにする側だからな。」
 
 ははは、それはどうだろう。

 私はそれには答えずに算盤を弾き始めた。
 
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